おかわり
昼前。
民宿「しろすな」のインターホンが鳴った。
その音に反応した渚が扉を開ける。
「おはよう、神谷君。あけましておめでとう。今年もよろしく」
「うお!もう来たのかびっくりした…あけましておめでとう。今年もよろしく」
「扉前で待ってたよね」
「ああ、そういう…大丈夫か準備」
「携帯持ったでしょ、お財布持ったでしょ、戸締りはしっかりしたから大丈夫」
「そうか。じゃあとりあえず稜子迎えに行くか」
「よし、行こう」
そう言って稜子の家の方へと歩き出そうとした瞬間、明人が渚を呼び止めた。
「渚渚。玄関鍵いいのか?」
渚は扉を開けてそのまんまである。
鍵をかけ忘れていた。
「え?あ!ちょっと待って閉めるから」
「ちょ、戸締り駄目じゃないか」
「ち、違うの、家の中は大丈夫だから」
「心配だなぁ…一回見て回る?」
「そうする…」
一応その言葉を受けて家の中を見て回った渚。
幸い、玄関を除けば他の箇所は全て閉まっていたので問題なかった。
「お待たせ」
「大丈夫だった?ほんとに」
「私が見た限りでは大丈夫」
「オッケー。今度は玄関閉めたよな」
「あ、待って、閉めてくる」
「おいっ」
思わず突っ込む明人。
流石に2度目は突っ込まずにはいられなかったようである。
「違うの!喋ってたら忘れちゃうの!」
「短期記憶が致命的に…」
ぼそりと呟く明人。
「う、うるさいな!偶々だよ偶々!」
「はいはい。じゃあいいな今度こそ」
そう言って歩き出そうとした明人を渚が引き留める。
「あ、ごめん待って携帯家の中」
「…渚ふざけてる?」
思わず明人が渚に問いかける。
流石に何かの冗談かと思ったらしい。
「ち、違う!ほんとにふざけてないんです!寝起きでぼけてるのかもしれない」
「とりあえずとってきなよ。待ってるから」
「ほんとにごめんね!すぐ戻るから!」
それで結局もうしばらく待って渚が戻ってきた。
「もう玄関のかぎも閉めたから今度こそ大丈夫!」
「財布忘れたとか言うなよ?」
流石に3度目なので一応確認する明人。
それに対して渚がどや顔で宣言する。
「あれ?と言いたいとこだけど、ちゃんと持ってるんだなーこれが、えらいでしょ」
「言わなくていいから。えらくないから」
「もう大丈夫だから大丈夫だよ」
「朝っぱらからこんなで大丈夫かなほんとに…」
「朝だからこんなになるんです…」
実際寝起きは弱いので間違いではない。
「じゃあ稜子迎えに行くぞ。時間にそこまで余裕あるわけじゃ無いしな」
「すみません。ほんとにすみませんでした」
「そんな謝らなくていいから。電車に遅れさえしなければ大丈夫だから」
「じゃ、じゃあ頑張って走るから」
「余裕は見てるから問題ないって。走られてすっころばれても困るし」
「流石だね神谷君。私が遅れることを予測してたんだね」
「まあ誰かが何かで遅れる可能性はあるし」
「流石だね。じゃあ稜子ちゃんのところに行こう」
「おう」
そうしてようやく稜子の元へと向かう2人。
いつもの本屋の裏手へと回り、そこにあった玄関口へとやってきた。
「あ、ちゃんとこっちにちゃんとした家の玄関があった」
「まあ正面店だしな。あそこからだと色々やりにくいこともあるだろ」
「確かに。じゃあインターホン鳴らしまーす」
「はい頼んだ」
「あのー稜子ちゃんいますか。約束してたので呼びに来たんですけど」
「稜子かい?ちょっと待っててね」
ちらっと稜子のおばあちゃんらしき声が聞こえて、しばらく経って、稜子が顔を出した。
「おはよう稜子ちゃん。あけましておめでとう。今年もよろしく」
「おっす稜子。あけおめ。今年もよろしくな」
「あ、ああ2人とも、あけましておめでとう。今年もよろしく」
「ん?なんか元気ないけど大丈夫?」
「元気はあるわ元気は」
元気ではないところが足りないようである。
「ああ、そういうこと。諦めた方がいいよ」
「うぅー…」
「…えーっと、ああ、うん」
明人が察して何か微妙な反応を返す。
「ちょっと何よその反応!」
「いや稜子がなんかそう言う感じの反応するの珍しいなと」
「したくてやってるわけじゃないから!」
「はいはい、稜子ちゃん、まだいないからねーそういう反応後にしようねー」
「ちょ、なぎ…言わないでよっ!」
またもや顔が赤くなる稜子。
やっぱり頭の中では啓介のことが回っているようである。
「もうね、ここまで来るとね、見てるこっちが恥ずかしいんだよね」
「まあうん、そうだな」
「肯定しないでよ!うー恥ずかしいの私なんだからもう…」
「恒例行事なんでしょ。諦めた方がいいよ」
「もうなんでこんなにすぐにもう一回会う羽目に…」
「むしろ丁度いい機会だと思うんだよね私は」
「今から既にどういう顔したらいいか分かんなくなってきたわ…」
「じゃあ歩きながら考えようね。ほら行くよ」
「ちょ、ちょっと待って心の準備がぁ!」
「いや、普通にそろそろ電車来るから行かないとまずいぞ」
「ということだから行こうね」
ということで実際に電車に乗って啓介待ちをする3人。
スマホにメッセージが届いたらしい明人がそれを確認する。
「んー。お、ああ、ちゃんと啓介も間に合ったみたいだ。駅にいるってさ」
「よかったよかった。みんな起きてるんだね」
「寝坊するタイプの人は多分いないはずだしな」
「そ、そうだね」
実際はタイマー3重がけにした上で結構起きれるか怪しかった渚であるが内緒である。
元々朝は弱い。
「お、おはよーみんな。揃ってる?」
「おはよ啓介君。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「おっす。あけおめ。ことよろ」
「おう、よろしく。…稜子も、あけおめ」
「あ、あけおめ。こ、ことよろ」
「ことよろ…えっと、行き先、いつもの?」
「ん、一応そのつもりだけど。他どっか行きたい神社とか無ければ。まあ変に違うとこ行くよりも行き慣れたとこのがいいだろ?」
「まあそうだな。変に気張らなくて済むし」
「特に今の2人の状態じゃな…」
「え?」
「ああいや何でもない。とりあえず座れよ。稜子の横空いてるぞ」
「あ、ああ。横、座るぞ」
「え、ああ、うん。勝手にどうぞ」
「お、おう」
やっぱり何かぎこちない2名を何とも言えない目線で見る明人と渚であった。




