縁の下
「お待たせー稜子ちゃん」
「あ、おはよ。渚」
クリスマスから3日後の昼頃。
駅のホームの稜子のもとに渚がやってきた。
「うんうん、おはよおはよ。流石というかなんというか、いいね!」
「あ、ありがと。ちょっと気合入れてきた」
そういう稜子は少しダボっとしたセーターにミニスカという格好である。
どちらかというと普段はあまりしない感じの可愛い系の格好である。
「褒めてもらえるといいね。それで、今日、どこ行くかちゃんと話し合った?」
「う、うん、一応。メッセージでだけど」
「十分十分、で、どこ行くの?」
「えーっと、映画見に行くから、とりあえず映画館ある街に…」
「えっと、あそこだよね。13駅向こうの」
この周辺で大きい街というと、そこともう一つくらいなものである。
自然と街に行くとなるとその辺になるのである。
「ああうんそうそこ。電車で合流するつもり」
「おっけー。じゃあ乗る前に啓介君がどこに乗るか聞いといてね。じゃないと鉢合わせしちゃうかもしれないから」
「あ、そうね。聞いとくわ」
「で、それでそれで、映画見たらどこ行くの?」
「考えてない…けど一応買い物とかご飯食べれるところはある…かな」
「映画行くことに集中しすぎて他何にも考えてなかったんだね」
「し、仕方ないでしょ!こういうこと初めてなんだから!」
顔を赤くして叫ぶ稜子。
実際デート自体は初めてらしい。
「大丈夫!任せて!稜子ちゃんが映画見てる間に私が探してきてあげるよ!」
「う、ありがとう。お願いするわ」
「じゃあそういうことで!頑張ってね!映画館出る時はちゃんと教えてね!」
「ええ、分かったわ。はぁーもうここまで来たら当たって砕けてくる!」
そう決意表明する稜子を渚が慌てて止める。
「待って、砕けちゃだめだからね!そのために私がちゃんと後ろで見てるんだから!」
「あ、そうね」
「そうだよ!全然砕けないと思うから頑張ってきて!」
「うん、頑張る。ありがとね渚」
「まあ半分私のせいみたいなものだしぃ?むしろ存分にこき使ってくださいというかぁ?上手くいってほしいって、思うんですよね。というわけで楽しんできてね。応援してるよ」
というわけでやってきた電車に乗り込んだ。
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啓介が乗ってくる車両を聞いた渚が、稜子と別車両へと移動した。
それからしばらく揺られた後。
「うぅあと一駅…あと一駅で啓介くるぅ…」
啓介の乗ってくる駅まであと一駅。
恥ずかしさからか俯きまくっている稜子にむかってスマホから通知音が呼びかける。
『稜子ちゃん背筋曲がってるよシャキッとして!』
隣の車両で待機中の渚からのメッセージであった。
それに対して体勢を少しだけ戻して、返信する稜子。
『無茶言わないでよ』
『いつも通りにして。あんまり意識しすぎると上がっちゃうんでしょ稜子ちゃん』
『もう上がりまくってるわ』
『深呼吸して深呼吸。あと、腕を上に伸ばして。リラックスだよリラックス』
「こういうの見ると余計緊張してきた…うぅー」
それを見て気恥ずかしさが増したのか、余計うめく稜子。
一応言われたことはやった。
覚悟は決まったらしく、背筋はぴんとした。
そうしてたどり着く次の駅。
「ん、あ、おはよ。稜子」
「え、あ、うん、おはよ、啓介」
啓介が乗り込んでくる。
お互いに言葉のつまりが明らかに多い。
「急に映画行きたいなんて珍しいじゃん」
「急に見たくなったんだからしょうがないでしょ」
「でもなんで俺誘ってくれたんだ?」
「い、いや、なんか一人嫌じゃない。あんたくらいがちょうどいいかなって」
「なんだそりゃ。それ、わざわざ俺じゃなくても良かったんじゃないの?」
「いや、今回はあんたが良かったの。それだけ」
「そ、そう」
「…」
「…」
沈黙。
空気に耐えかねたのか、すぐに啓介が話を振りなおす。
「そ、そういや稜子。今日やけに格好気合入ってんな」
「べ、別にあんたに見せたくてしてるわけじゃないわよ」
「いやでも似合ってんなって」
「普段が似合ってないとでも言いたいわけ?」
「そういう意味じゃないって!いや、あの、普段もいいけど、今日のが、その、何、俺好み…だなと」
滅茶苦茶後半を言いよどむ啓介。
ほとんど言葉になっていない。
が、稜子には聞こえたようである。
「ちょ、俺好みってっ…あんたのために着てるわけじゃ無いってば」
「知ってる。知ってるけども。いや、言いたくなった」
「もう…何それ」
そしてそんな光景を隣の車両の窓越しから渚が見ていた。
が、何やら様子がおかしい。
「何あれ、何あれ!ねぇ、なんで!なんであんなもういい雰囲気なの!私いらなくないですか!?ていうか、ていうかさぁ!私もああいう恋してみたかったよ!なんなんだよぉー!」
2人の光景を見て一人悶える渚であった。
□□□□□□
『渚、渚、この後どうしよ』
そして場所は映画館。
ロビーにまでたどり着いた二名を追って、渚もまたロビーにいた。
啓介の隙を見て稜子が渚にメッセージを飛ばす。
『とりあえず、ポップコーンのカップルセットを買いな』
『え、あれ?』
『そう。同じポップコーンを食べるんだから、そこでちょっと手が触れたりとかそういうイベントがあるかもしれないでしょ。あと、単純にカップルセットを買うことで相手にも意識させるの。でも、あれだよ!さりげなく言うんだよさりげなく!』
『分かった。買ってくる』
『一緒に買いに行くんだよ!』
『分かってる!』
そんなメッセージのやり取りを終えたところで、啓介が稜子に声をかける。
「あ、稜子。何買う?」
「え、あ、うーん。あ、あれ?」
指を指した先にはポップコーンのカップルセット。
思考する余裕がないのか、もう渚に言われた通りである。
さりげなくかどうかは置いといて。
「えっと、え、あれ!?」
「そ、そう!あれならお得でしょ!」
「そ、そうだな。じゃああれ買うか」
「そう、それでいいのよ」
「お、おう」
どう考えてもごり押し気味に押し通す稜子。
それを見ていた渚が再び悶える。
「ねぇさりげなくって言ったじゃん!もうあれさりげなくも何ともないよ!ていうかさぁ!めっちゃいい雰囲気じゃん!やっぱ私いらなくないですか!?」
二人から離れたところで壁をドンドンする渚。
当然周辺の人たちが何かいけないものを見た目で離れていく。
と、そんな渚に声をかける人物がいた。
「…あれ、渚?」
「え…?」
「え?え?なんでここいるんだ?」
そこにいたのは、今日いるはずのない明人であった。
少なくともここにいるという話は聞いていない。
「あれ、神谷君?」
「おう、おっす」
「お、おはよ。何してるのこんなとこで」
「渚こそ何してるんだ?壁叩いて」
ごもっともな疑問を返されて慌てる渚。
まさかいい感じの二人を見て悶えていたなんて言えるわけもない。
「え、あ、えっと、ほら、なんかここ叩くと音するんだよね。工事が甘いのかなぁー」
「え、そうなのか?というかなんか叫んでるように聞こえたけど」
「え、こ、工事甘くないですかぁ!?って、こ、こ、こ、こう?」
滅茶苦茶な言い訳をかます渚。
明人が冷静に突っ込む。
「…渚、引かれてるからやめた方がいいぞ」
「うん…知ってる」
「というか映画見に来たんじゃないのか?ここいるってことは」
「じゃあそういう神谷君も映画見に来たの?」
「ん?いや、今何やってんのか見に来ただけだけど」
最近何やってるか知らなかったしな、と明人が続ける。
「あ、奇遇だね。私もそういう感じだよ」
「あ、そうなのか。じゃあ別に映画見に来たわけじゃ無いんだな」
「どちらかと言えば、どういう映画館なのかなぁって気になって来ただけかな」
「そうなのか。いやでも、休日に出かけた先で出会うとか世の中狭いな」
「そうだねーほんと偶然だねー」
物凄い棒読みになる渚。
来てる理由が理由なので猶更である。
「じゃ、俺そろそろ行くわ。またな、渚」
「うん。またね」
明人がそのまま人混みへと消えていく。
その姿を見送った渚が呟いた。
「はぁあ…びっくりしたぁ…なんでいるの…?荒ぶってるとこ見られちゃったじゃん。ていうか、工事甘くないですかって何。私は何しに来たんだよほんとに」




