強制
「たのもー!咲希ー!」
「はいはい。いるって目の前に」
「よしよし、ちゃんと待ってたみたいね」
「まあ今日は行くって事前に言われてたからな」
クリスマス当日の民宿「しろすな」にて。
美船がいつものように押し掛ける。
が、今日はどこかに行く予定があるらしい。
咲希も連れ去られることについては事前に了承済みである。
「それじゃ行こう行こう!兄貴待たせてるし!」
「そうだな。渚ー行ってくるー」
2階にいるであろう渚に声だけ飛ばして、外に出る咲希と美船。
家の前には雅彦が車の中で待機中である。
「あ、おはようございます。前でも後ろでもどっちでもどうぞ」
「あ、おはようございます。お久しぶりです。…現実では」
「そうですね、毎日のように向こうだと会ってますもんね」
「結局昨日もやってましたしね…あ、じゃあ前失礼します」
車の中の雅彦と声を交わす咲希。
実際に会うことはそこまで多くないものの、毎日のようにオンゲやってる関係で、雅彦と会話すること自体はそこまで珍しいことでもなくなっている。
「すいません、今日はよろしくお願いします。運転」
「お願いされました。まあ、どうせ毎年のように妹に連れられてるんで、大丈夫です」
「兄貴居ないと、あそこまで行くの大変なんだもん。いいよね?」
そう言いながら咲希の後ろに乗り込んでくる美船。
「お前なぁ…毎回言ってるけど足代わりじゃないか」
「その通り!このあたしを連れていくのだから、構わないよね!」
「どういう理屈だ!」
吠える雅彦を笑顔で受け流す美船。
いつものことのようである。
「まあまあ、なんだかんだ言いながら引き受けてくれる兄貴好きだよ?」
「相変わらず調子のいいこと言うなぁ全く。じゃあ行きますか」
「しゅっぱーつ!」
美船の声を合図に、雅彦の車が走り始めた。
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「そういえば、結局行き先は知ってるけど、何するか聞いてないんだけども。そもそも何あるのあそこ?」
車に揺られながら、咲希が後ろの美船に疑問をぶつける。
以前送られてきた連絡では、クリスマスの予定を開けといて欲しいということと、その日行く場所くらいしか飛んできていなかったからである。
「んー?色々あるよ!神社とかー中華街とかー美術館とかー歴史的建造物とかねー」
「美船、その中だと中華街くらいしか行かないだろ?」
「もー何あるか聞かれたから言ってるだけじゃんかっ!」
まあ行かないけどほとんどと続ける美船。
「普段はどんなとこ行ってるの?」
「あたしはお買い物がメインだよね!買い物するところなら結構いっぱいあるし!あ、あとこの時期だと毎年イルミネーションすっごいからそれは見に行くよね!」
「あとはほとんど食べるだけですね。買い物して食べて買い物して食べてイルミネーション見て帰るみたいな感じですね」
「あーそういう感じなんですね。…買い物か」
「どうせ大きい町行くんだし買い物しないとね!普段は買う場所すら近くに無いし!」
楽しそうな美船の声をちょっと憂鬱そうに聞いてる咲希がいた。
その顔を横目で不思議そうに見る雅彦がいた。
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「よっしゃついたー!」
「テンションたけえな」
「そりゃね?来るの自体ひっさびさだし!」
というわけでたどり着いた目的地。
元々この周辺が観光地であることと、そもそも今日がクリスマスであることも相まって、人は多い。
「というか目的地ここなの?」
「まずここ!なんかいっつもとりあえずここ!」
「なんか毎年恒例なんですよねここ。ショッピングモールなんですけどただの」
着いた場所は大型ショッピングモール。
ある意味何の変哲もない場所である。
「とりあえずお昼食べる前はここみたいな?お昼過ぎにまたどっか行くか考える感じー」
「いやまあどこ行くでもいいけどもさ私は」
そう言いながらとりあえずと言った感じでショッピングモールに入っていく3名。
「うっわ人やば」
「すごいですねー人」
「まあ時期が時期だしねー」
咲希が若干引き気味である。
人多いところが元々駄目なので、こういうのかなり無理である。
「とりあえずーそうだなー。まずは咲希の格好何とかしたいなー」
「え?私?」
しばらく色々な店を出たり入ったりしてうろうろしていると、美船がそう呟いた。
突然のことできょとんとする咲希。
「だって咲希洒落っ気全然ないじゃん!いつもの格好とほとんど変わらないじゃんそれ!」
現在の咲希の格好はというと、Tシャツ一枚にダウンジャケット、下はいつものジーパンである。
流石に外に来るのでタンクトップスタイルではなかったようだが、ほとんど普段と変わりない。
「というか咲希、お洒落してるとこ見たことないもん!そもそも今日呼んだのもそれを何とかしたかったのもあるんだからね!」
「ええ…?えぇ…?あの私本人の自由意思は?」
「無い!だって咲希に任せてたら絶対そのまんまだもん!」
鼻息荒くそう言い切る美船。
実際事実ほっといたらそのまんまである。
「う、ばれてる」
「大丈夫!たとえ咲希のお洒落センスが壊滅的だったとしてもあたしがなんとかしたげるから!」
どや顔でそう言い放つ美船。
対する咲希は頭を押さえながら、既に全身からめんどくさいオーラを放ちまくっている。
隠す気すら無さそうである。
そんな咲希の様子を完全に無視して、美船はずんずん先に進んでいく。
美船を無視もできないので、足は律儀に美船を追っていく咲希。
「…あの、咲希さん」
「なんですか…?」
「その、なんというかショッピング苦手だったりします?」
「…分かります?」
雅彦の方に向いた咲希の顔は死んでいた。
元々、ショッピング嫌いな咲希にとって、ファッションだなんだはある種の拷問である。
「分かります分かります。普段の自分と似たような反応してたので」
「あれ、雅彦さんもそんな感じなんですか?」
「まあ、はい。こうやってよく美船の足はやりますけど、待ってる時間にどうすればいいのか分からなくなるので…あんまり得意じゃないです」
「あはは…そうなんですね。私も得意じゃなくてこういうの。まして自分のファッションとか…なぁ」
「ただ、咲希さん。あの美船は多分止まらないです」
「ですよねぇ…うぐぅ」
死んだ目で雅彦と会話していると、美船が足を止める。
「よし、とりあえずここで咲希の服なんとかしよ!」
「ねぇ、マジで見るの?」
「そりゃやるに決まってるでしょ?ほらほら早く早く」
腕を引っ張られて店の中に引きずり込まれる咲希。
「俺はここにいるからね」
引きずり込まれる咲希を哀れむ視線を送りつつ、そう言って外に残る雅彦。
「うんうん、咲希の試着終わったら見せるからその時呼ぶね」
「え?」
「ちょっと待って雅彦さんに見せるの!?」
「だって男の評価もいるでしょやっぱ?どうせその後今日1日はそれ着てるんだし一緒だって」
「ちょっとまって後半初めて聞くんですけど!?」
「言ってないもーん。咲希逃げそうだし」
そう言って本格的に咲希を店内に引きずり込んだ美船。
後には雅彦だけが残された。
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「…うーん、これ、いや、これか?」
「いや、あの、何でもいいんですけど」
「よくないって。咲希、普段の格好はともかく見た目はいいんだから。ちゃんと似合うやつ着せればすっごい良くなると思うんだよね?ほんと普段の格好は女捨ててるんだから…お、これとかどうよこれとか」
「え、マジ?肩露出やばくないこれ」
「気にしなーい気にしなーい。最悪合わなきゃやめればいいんだしーあとそれに合わせるなら下はやっぱスカートだよねぇ」
「え、これじゃ駄目ですか」
ジーパン引っ張る咲希。
いつものである。
「駄目に決まってるでしょ。当然スカート一択。あと咲希のスカートちょっと見てみたいだけ。あんた昔からスカートじゃなかったから一回も見たこと無いんだもん」
「ええぇ…」
どうやら過去の咲希も今と似たようなスタイルの人だったらしい。
「よし、じゃあこれだ。はい、試着試着。ごーごー」
「えー…」
嫌そうにしながらもどうせ後戻りとか許されないので仕方なく試着室へと向かう咲希。
店員に一言声をかけて中に入った。
「さーきー。終わったら教えてね。見るから。あと兄貴連れてくるから」
「兄貴持ってくる必要なくないかほんと」
「なんでよ。どうせだし咲希のお洒落姿見せたいじゃん?いいからいいいから」
そのまま試着室に押し込められる咲希。
嫌でも鏡で自分の姿を見る羽目になる。
「…いやもうなんかこの状況で着替えることがすでに恥ずかしいんだけど」
咲希にとって自分の今の体は割と問題である。
既に2桁月ほどたつくらいには今の体でいるにも拘わらず、自分の体に反応することも未だ少なくない。
慣れはしたが慣れただけである。
なので、鏡の前で自分の姿を見ながら着替えるのは結構難易度高いわけである。
「…あれ、てかこれ肩出るんだよね多分」
美船に押し付けられた服を確認する咲希。
肩のラインががっつり露出するそれは、少なくとも咲希が今まで着なかったタイプのものではある。
そしてそれを見た咲希の中に疑問が一つ。
「…ブラ紐出ね?これ」
今、咲希はTシャツ下は直でブラである。
見えねえしいいだろ精神だったので、Tシャツ脱いだら嫌でもブラ紐が出るわけである。
ちょっと考え込んだが、解決策が思いつかなかったのでとりあえず外で待っている女歴が長い美船に助けを求めることにした。
「美船ー」
「お、咲希、終わった?終わった?」
「いや、その、そうじゃなくてさ」
「え?何?どうしたの?」
「あのさ、これ多分ブラ紐見えると思うんだけど、どうすんの?」
「え?」
「え?」
「え、ちょっと待って、咲希、あんたその下何にもないの?ブラだけ?」
「無いよ?」
「キャミは?」
「無い。Tシャツなら見えんしいいだろっていう」
「…咲希ぃ」
「…いやあの、そんな目で見られましても」
「オッケーあたしが悪かった。先そっちだな。おっけーおっけー。…流石に下なんか着た方がいいと思うよ!?あたしは!」
その後大慌てで、キャミソール買いに走る羽目になった咲希と美船であった。




