変わり
「今日は…あー客予定日だな」
スマホの予定帳を確認する咲希。
かなり長い間閑古鳥が鳴き続けていたこの民宿「しろすな」であるが、カニの力か否か、最近はやたらめったら客が多い。
「ふぅ。前回の大群さばいてそこまで時間経ってないのに早くない次来るの」
客が増えること自体はいいことである。
客が来ないと生計成り立たなくなるので必須である。
が、今までスッカスカだったのにも関わらずここまで急に忙しさマックスになられるのもそれはそれで困る。
「まあ、この辺夏冬が混むみたいだから仕方ないのかもしれんけどさ」
まあ大月兄妹やら渚づてに明人やらに話を聞く限りでは、周辺の別の民宿の混む時期もこんな感じらしいので、地域的な問題もあるようである。
それにしても咲希からしてみれば急すぎるだろ感は否めない。
「とりあえず渚は手伝い確保したから大丈夫そうだから何とかなるか。まあ最悪俺はどうとでもなるし別にいいからな」
とは言いつつ、応援はきっちり頼んではいる咲希ではある。
美船にも話は通してあるので。
とは言え渚と比べると客に比例して増えるタイプの仕事内容があまりないので、正直1人でもなんとかなるかなという状態ではある。
「咲希姉、買い出し行ってくるね」
咲希の部屋の扉が開いて渚が顔を出す。
今から買い物のようである。
客が来るならば買い出しは必須である。
「ん、ああ、そうか行ってら。荷物持ちいるか?」
「今日は神谷君と合流する予定だから多分大丈夫」
「んあ、そうか。今日休日だもんな」
先日正式に「しろすな」の手伝いに任命された明人であるが、平日は流石に学校の問題で早くからは無理である。
が、今日は休日。
時刻的にはまだ早いが、手を借りることができたのである。
「休日出勤になっちまうな。ちょっとお給金に色付けてあげよ」
「そうしてあげて。じゃあちょっと行ってくるね」
「ああ、予定時刻的には大丈夫だと思うけど、客来たら連絡するわ一応」
「あいあい」
「じゃ、いてら」
というわけで渚を送り出した咲希。
とりあえず自分も掃除やるかということで自室前のロッカーから掃除用具を引っ張り出して1階へと向かう。
「毎日この広さを掃除しないといけないと思うべきか、客が増えても掃除量が変わらないことを喜ぶべきか…」
ぶつくさ言いながら1階に降りるととりあえず掃除を始める咲希。
まずは玄関口から始める。
いつものスタイルである。
効率がいいのか悪いのかは本人もあまり考えていない。
どうせ文句言う人もいないので。
そうこうして数分。
チャイムが鳴った。
「え、あ!?もう来た!?はーい!」
とりあえずカウンター裏の見えない位置に掃除用具一式を放り込んで、玄関口へと向かう咲希。
予定されている時刻に比べるとずいぶん早い。
故の慌てである。
玄関扉を開けてみれば、そこにいたのはお客ではなく見知った顔であった。
「あ、どうもです咲希さん」
「え?雅彦さん、どうしたんです?」
そこにいたのは大月雅彦。
大月兄妹の兄の方である。
なんだかんだ通話での会話はよくしているのだが、実際に会うのは久々である。
「ああ、えっとですね。美船に言われて、ここの手伝いを」
「え!?あ、お手伝いってあれ?」
「なんか美船の奴、今日になってやっば予定入ってた!とか言い出して、代わりに行ってきてよ、と」
「え、それ大丈夫なんですか?」
「まあ今日は自分も何かあったわけじゃ無いんで。お邪魔じゃ無ければお手伝いさせてもらおうかなと」
「いや、物凄い助かりますけど、いいんですか?」
「自分でいいなら」
「いやもう全然いいですいいです。あ、入ってくださいどうぞどうぞ」
拍子抜けである。
いや、別の意味で驚くことにはなったが。
と、そのタイミングで咲希のスマホに通知が届く。
美船からのメッセージであった。
『ごめーん!今日行けなくなった!代わりに兄貴送りこんどいたからよろしく!』
『もう雅彦さん来たわ!報告遅い!』
げんなりした顔で返信を打ち込む咲希。
『あ、着いた?じゃあよかった!というわけでよろしく!』
回答は能天気であった。
「ああ、えっと、今美船から連絡ありました。早く言ってくれマジで…」
「俺も今朝起きてすぐに突然言われたんで驚いちゃいましたよ。これ、俺が駄目だったらあいつどうするつもりだったんだ…?」
まあ来れなかったら大丈夫ともあらかじめ咲希から言ってはいるのだが。
「…えっと、じゃあとりあえず手伝いお願いしていいですか?そこまで時間あるわけじゃ無いので」
「ええ。そのために来たので。何すればいいですか?」
「掃除」
「え」
「掃除。とにかく掃除です。それだけです」
「それだけですか」
「それだけなんですけど。1階、広いもので」
「ああ、そうですよね。この広さじゃぁそりゃ大変ですよね…」
雅彦もなんだかんだ結構この「しろすな」自体には来ているので、その広さは熟知している。
1人で掃除が大変なことはまあ想像に難くない。
「まあ時間かかるだけなんで普段は1人でやってるんですけど、お客来る日は早めにやっときたいので…とりあえず廊下の掃き掃除お願いしていいです?」
「普通に掃くだけで大丈夫ですか?」
「ええ、とりあえずそれで。終わったらまた次のことお願いしますね。私はそこの3部屋のどこかいるので、終わったら呼んでもらっていいですか」
「分かりました。じゃあとりあえずやっていきますね。あ、スイマセン用具はどこに」
「あ、ここです」
「え」
さっき掃除用具を放り込んだカウンター裏から一式を引っ張り出す咲希。
「あ、普段ここに置いてるわけじゃ無いですよ。最初お客さん来たのかと思って慌てて隠してただけです」
「あ、ですよね。びっくりした」
驚かれた。
まあそんなとこに置いてあると思ったら当然か。
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「あとは…風呂場かな」
「お風呂ですか」
「そう、無駄に広いので大変なんですよね。手前の脱衣所もやらないといけないし」
「じゃあ自分が中やりますね」
「あ、ほんとですか。じゃあお願いします」
「あ、でも濡れると不味いかな…すいません、ズボン脱いだ状態でやってもいいですかね」
「大丈夫ですよ。あ、その辺の籠適当に使ってください。なんかあったら私ここいるんで中から呼んでもらえれば」
「分かりました」
そういうと、さささっと掃除を始める咲希。
咲希からしてみればいつものことであるが、真横に雅彦がいる。
「…えっと、咲希さん」
「え、あはい、なんでしょう?」
「…失礼なんですけども、ちょっとその、近くにいられると…その、すっごい脱ぎづらいです…」
「…あ、ごめんなさい!棚裏いるんで!」
「スイマセン…」
大慌てで雅彦に見られない位置まで移動する。
自分が女として見られてることを忘れ去っていた咲希であった。




