バイト
「ふ…うぁあ、はぁ。体がっ、あー」
民宿「しろすな」2階。
自室に籠ってパソコンをいじいじする咲希。
長時間同じ態勢なため、体が固まったらしく、大きく伸びを入れる。
趣味も仕事の一部もパソコンを使っているためそりゃ体も固まる。
特に掃除を終えた後は基本ずっとこれなので猶更である。
「うぁー仕事ないのはいいけどそれはそれで暇やな」
つい最近までなんだかんだ結構忙しい日々が続いていたので、お客がおらず、完全に気が緩み切った昼間は案外久しぶりなのである。
お客がいる時は一応呼び出されないか気にしないといけないので思いっきりだらけられないのである。
「美船も今日は多分来ないしな。やっぱ誰もいないとここ静かだな」
美船も今日は来ない確信がある咲希。
連日勝手に家に上がり込まれているが、実際毎日ではなく、一応周期性はある。
本人は全く何も言っていないが、やって来る日は理由が無い限り大体週に3日ほどである。
曜日もある程度決まっているので、その曜日でない今日は違うと言い切れるわけである。
まあ、偶に関係なくいたりするので確実ではないようだが。
「あーやるゲームももうねえしどうしよっかなぁ。外出る?いや、用ないしなぁ…」
一人で椅子の上でぶつぶつ呟く咲希。
やることない日はゲームやってるのだが、そんな生活を続けているせいで消化スピードは早いのだ。
目を閉じてやることを探している咲希。
まとまらない思考のまま、意識がまどろみ始めたとき、民宿のインターホンが鳴った音がした。
「…うぁ?客ぅ?いや、今日は違うはずだが」
意識を覚醒させて下へと向かう咲希。
渚の宅配とかの可能性もあるため、とりあえずインターホンが鳴ったら全部出ることにしてはいる。
「はーいどちら様ー」
がらりと扉を開ければ見覚えはあるがあんまり咲希には馴染みではない顔がいた。
「どうも、この間ぶりです」
「おや、神谷君。久しぶり?」
明人が突っ立っていた。
多分学校帰りとかそんな感じなのだろう。
制服である。
「どうしたのわざわざここまで。渚なら丁度今さっき出ちゃっていないけど」
「ああ、今日は咲希さんに方に用があって来たんです」
「ん、私?」
「この間渚づてで聞いたお手伝いの件なんですけど」
「ああ、ああはいはい!あれね!」
言い出しっぺだったが、渚から神谷君いいって言ってたと聞いていたので、ああならオッケーだったんだな、くらいで思考が止まっていた咲希である。
「ありがとね受けてくれて。人手全然足りてないからさ」
「いや大丈夫です。むしろ俺でいいのかなって渚にも言ってたぐらいなんで」
「神谷君ならノープロブレムって渚からは聞いてる。まあお手伝いも渚の手伝いメインだから渚さえよければ、まあ私は何にも言わないスタンスだから。それで、どうしたの。何か聞きたいことでもあった?」
「ああえっと、一応今後継続的にお世話になるので、挨拶に」
「あ、ああ。いや、いいのにそんな。こっちからお願いしてるくらいだし」
「礼儀かなと」
「わざわざありがとね。あ、上がってきなよ。どうせだし。丁度暇してたし」
「え、悪いですよ。ほんと、挨拶来ただけなんで」
「あ、もしかしてこの後忙しかったりする?それなら無理強いする気はないからいいけど」
「そういうわけじゃないです。いいんですか?」
「どーぞどーぞ」
「じゃあお邪魔します」
というわけで「しろすな」に足を踏み入れた明人。
咲希が人を自ら招き入れることは珍しい。
そもそも用がない人は招き入れたくないタイプの人なので。
「いや、なんかこの前カニ初めて持ってきた日から、ちょこっと喋った気はするけど、まともにちゃんと落ち着いて顔合わせるのは初か?なんか最近バタバタしてたからさ」
「渚がここに帰ってきてからは初めてだと思います」
「あ、あー。そうだね」
昔は会っていたようではあるが、すっかり忘れていた。
不審がられていないのでセーフである。
「じゃあ、そこ座ってて、お茶でも入れてくるから」
「ありがとうございます」
明人を椅子に座っとくように言って一旦離れる咲希。
しばらくしてお茶持って戻ってくる。
「はいお待た。あ、冷たいのだけどいい?」
「あ、お構いなく」
「ならよし」
対面に座る咲希。
ソファではないのは、対面が存在しないからである。
この家のリビングのソファは一つしかないので、あそこだと確実に相席になるので。
「いや、とりあえずこの間はありがとね。多分来てくれなかったら渚が死んでた」
「いやそんなお礼言われるほどじゃ…どこまで助けになったんだかって感じですし」
「そもカニ剥きまともにできる人間、現状この家いないからそれだけでも大助かり。私なんかやったら確実に事故るだろうし」
「ならよかったんですけど。あの、俺学校の関係で多分5時過ぎくらいからしか手伝えないと思うんで、小回り利かないと思うんですけど、大丈夫ですか?一応渚にも聞いたんですけど、確認しときたくて」
「あー無問題。とりあえず神谷君には渚の手伝い…まあ、ほとんど夕飯の手伝いがメインだと思うけど、それしてもらう感じにはなるかな。で、渚が一番現状人手的にやばいのがまさしくそこだから、その時間に間に合うなら何ら問題は無いって感じ。あ、もっと色々やってくれるなら多少はこれに色付けるから安心してよ」
手で銭を作る咲希。
言わんとすることは多分伝わるだろう。
「それならよっぽど何かない限りは間に合うんで大丈夫です」
「ならオッケー。まああとなんだ、夕飯食ってくなら食ってくで私としては問題ないし、風呂入るならご自由に。あ、ただ風呂は8時までに入ってもらわないと女湯になるからやばいけど」
「あ、それは前回来た時に渚に聞いてるんで大丈夫です」
「ああそっか、そういや入ってたっけ?じゃあいいか」
「あとは…あ、来る日とかはどうすればいいんでしょう?連絡飛ばすからって渚からは聞いてますけど」
「ん、それは文字通りで。日取りが分かった段階で渚から連絡そっちに飛ばしてもらうからそれでまあ、来る日指定するから。来てもらって、さっき言った感じのこと手伝ってもらえればそれでよし」
「あ、なら大丈夫です。ありがとうございます」
「ん、あとなんか聞いとくことある?まあ後から聞いてくれてもいいけど」
「今はとりあえず、これくらいで大丈夫です」
「そう、じゃあまあ仕事の話はこんなもんでいいか。あ、そうそう、渚のことありがとね。最近よく一緒に遊んでる話聞くから」
「あ、いや、むしろなんか遊んでもらってる感じなんで。俺のが感謝してるっていうか」
ぼそりと最初忘れてたけど遊んでくれたし…と呟く明人。
「そうなん?まあ、仲良くしてやってください。今のところ友達っぽいの神谷君ともう一人しか聞かないからさ。いかんせん、民宿手伝いやらせちゃってる関係で同年代の友達少なくてね」
「幼馴染なんで、大丈夫です。昔から仲はいいんで」
忘れられてたけど…と呟く明人。
やっぱり結構堪えたらしい。
「ま、とりあえずいろんな意味でよろしく。あ、あと一応連絡先交換しといていい?なんかあった時のために」
「あ、はい。えっと、これでいいですか?」
「ああおっけ、メールよりそっちのが楽でいい」
「じゃあ…はい。これです」
「アイコン自撮り画像なのか…」
イケメンなので絵になるなとか思う咲希。
「え、なんか言いました?」
「いや特に。じゃあま、よろしく。渚とも今後ともよろしくやってくれ。なんかあったら連絡くれな」
「はい。また、よろしくお願いします咲希さん」
美船と違って過去をいじられないから楽だなとか思う明人であった。
なお咲希にその過去の記憶が無いことは当然知らない。




