寝坊
「たのもー!」
がらりと玄関口が開け放たれ、美船が当然のように民宿「しろすな」に入って来た。
もはや最近はいつもの光景である。
「今日は掃除してないのかな?まあいいや」
1階に咲希の姿が確認できないことを確認すると、そのまま2階のリビングへと直行した。
遠慮は無い。
「あれ…渚ちゃんいるのかなと思ったけど…」
リビングはもぬけの殻である。
普段なら誰かしらいるので珍しい。
「咲希ー!いないのー!…あれ、本当にいない。普段引きこもってるのに」
そのままダイレクトに咲希の部屋へと向かってみるが、やっぱり誰もいない。
珍しく本当に家の中にいないらしい。
「あれ、2人揃ってお出かけ中とかかな?渚ちゃんに引っ張られたか?あれ、でも鍵開いてたような…」
そもそも当たり前のように入ってきてるが、鍵は持ってないので、鍵かかってたら入れない。
つまり誰かはいるはずである。
「渚ちゃーん!いるー?」
咲希の部屋は速攻で開けた割に、律儀にノックする美船。
ただし反応は無い。
「あれ、本当に誰もいない…?不用心過ぎない?あたしみたいなの入って来るよ?」
自覚はあったらしい。
とりあえず確認のために渚の部屋を開いた。
「渚ちゃーん…?おっと」
部屋に入って見えたのは、膨らんでいるベッド上である。
当然渚の部屋なので渚しかいない。
「…寝てたかぁ。そーっとそーっと…」
何故か渚の方へと接近する美船。
「うん…寝顔初めて見た。寝ててもやっぱかわいいよねこの子」
じーっと渚を見つめながらそんなことを言う美船。
何しに部屋に来たのか。
「…起こすの悪いし、リビングで待ってようかなぁ」
渚から反応は無い。
熟睡である。
仕方ないのでリビングに戻る美船。
いつものように勝手にテレビをつけ始める。
「でも珍しいな。渚ちゃんいっつも起きてるのになあこの時間。…病気とかじゃないよねえ」
ただ寝顔を見る限りどう考えてもただ寝てるだけだったのでその線は無さそうである。
「…まあ、いっか。そのうち起きてくるっしょ」
そのまま勝手にテレビで映画をみること数十分、渚の部屋の扉が開いた。
「咲希姉、出かけるって言ってたけど、まだいたんだ…あれ?」
「やっほーお邪魔してまーす」
「えっと、あれ、美船ちゃん?」
「美船ちゃんだよー」
その言葉を聞くと何故かそそくさと部屋へと戻る渚。
「え、ちょっと、何で帰るの!?」
かと思ったらすぐに戻ってくる渚。
「え、家だよね?」
「渚ちゃんの家だよ?あたしいるけど」
「えっと、おはよう?」
「おはよう!よく寝てたね」
「うん、眠かったから」
「渚ちゃんがこんな時間まで寝てるとか珍しいね。なんかあった?」
「昨日の片づけが大変で、疲れてたからかもしれない、ですね」
どこかぼーっとした感じの渚。
多分まだ寝ぼけてる。
「それ寝間着?ネグリジェ着て寝てるんだね!」
「え、ああ、そうです。しまった」
「しまってないしまってない。可愛いし似合ってるから大丈夫だよ!」
「ありがとうございます。いや、そうじゃなくて、あの、着替えてくるんでちょっと待っててください」
「気にしなくて大丈夫だよ?あたし気にしないから」
「うーーーん、やっぱり着替えてきます」
「あれ、そう?まあ、どうせあたしここにいるからゆっくり行ってきて」
「すぐ戻るんで」
そう言って再び部屋へと消える渚。
しばらく経つと、一応着替えた渚が部屋から再び出てきた。
ただし髪はそのまんまである。
「すみません、お茶出してきますね」
「いってらっしゃーい」
「すぐ戻ります」
「気にしなくていいよって」
しばらくして、お茶持って戻ってくる渚。
「どうぞ」
「あ、あたしの分!?気にしなくていいのにー」
「お客さんが来たら出さなきゃいけない気がして」
「もー勝手に入ってるだけだし気にしなくていいんだからね!」
「自覚はあったんですね」
「そりゃもうバリバリに。でもなんかそっちのが咲希の反応が楽しい」
「確かに咲希姉は滅茶苦茶反応しますよね」
そのままソファに座り込む渚。
目線は映画に向いている。
見る気満々である。
ご丁寧にポップコーンもセット済みである。
映画館か。
「そー、なんか普段反応淡白だからあっちのがいいんだよねあたし」
「でも美船さんが来てくれないと咲希姉誰とも会わないから丁度いいです。助かってます」
「そうかーあたししか友達いないのか…仕方ない、毎日来よう」
「たぶんそれがいいと思います」
勝手に毎日来ることになる美船。
当事者の咲希は知らない。
知ったら絶対文句言う。
「あ、美船さんポップコーン食べますか?」
「食べる食べるー。というかさっきみたいに美船ちゃんでいいよ?」
「え、言ってました?」
「言ってた言ってた。そっちの方がなんかくすぐったくないかなって」
「え、じゃあ、美船、ちゃん」
「あーもうかわいい!」
抱き着かれた。
ぎゅうぎゅうされる。
「美船、ちゃん、苦しい」
「あ、ごめんごめん」
解放された。
「年上の人ちゃん付けで呼ぶの恥ずかしいですね」
「そう?そっちのが親しみあってあたし好きなんだけどな」
「口調がなんかおかしくなりそう、です」
「別に敬語もいらないって」
「敬語は、え、うーん」
悩ましい顔になる渚。
「まあ、無理にとは言わないけどねー」
「無理じゃない…ぅー」
「ほらほら、無理矢理になってるって。大丈夫だよあたしどっちでも」
「じゃあ敬語で行きます。私駄目なんですよね。年上の人に敬語使わないで話すのがどうしてもできなくて。親戚の人にすら敬語なんですよ」
「そーなんだ?あたし敬語使う場面の方が少ないからわっかんないや」
「咲希姉とかそういうとこないからちょっと羨ましいです」
「咲希、むしろ親戚に会うことあるんだ?」
「あると…ありますよ」
現在の姿になってからは無い。
そもそも親戚がいるかも不明であるので適当である。
「うーん、でもみんな知らないうちに敬語になっちゃうんだよね。昔は美船ちゃん美船ちゃん言ってくれたのにー」
「時間がたつと、こうしなきゃいけないっていうのが出てくるんですよね」
「あたしはむしろ気にせず呼んで欲しいのになー。明人とかもそうなんだもん」
「この間すごかったですよね。あんなに嫌がってる神谷君初めて見ました」
「あれ酷いよね!?せっかく久々に会ったのに!」
「あれはちょっと酷かったかもしれないですね」
「ちょっと昔話しようと思っただけなのに」
「昔話をしようとしてたテンションには見えなかったです」
「まあ昔話っていうか暴露だけど」
「また聞きたいです」
「いいよ、何聞く何聞く?」
「うーん、昔はいつも何してたのかとか?」
「ここで遊んでたね、みんな」
「何して遊んでたんですか?」
「晴れてる時はここで集まって外行ってたっけなぁ…雨の日はここのおばあちゃんに隠れてかくれんぼやってたよね」
「ふんふん、確かに隠れるところはいっぱいありますね」
「うーん懐かしい、そういえば渚ちゃんが気が付いたら外行ってたってこともあったなぁ」
「え、そんなことありましたっけ?」
「あったよ覚えてないの?家の中でかくれんぼのはずが外行っちゃってるんだもん。大慌てだよみんな」
「え、あ、へー、へー」
「そうか、意外と本人は覚えてないもんなんだねぇ…」
「覚えて、無いですね」
「そっか、残念。結局どこにいたのか教えてくれなかったから今聞きたかったんだけどなー」
「うーん…分からないですね」
渚も知らない。
過去の自分が何やってるのかむしろ理解できない。
まあ今の渚と過去の渚はイコールではないので仕方ないのだが。
「それにしても…咲希と比べると、渚ちゃんってなんというか…ゆるキャラ?」
「ゆるキャラ?」
「咲希なら絶対そろそろ蹴りくらい来るかなみたいな」
「ええええ!しないですよ!しないですよ!」
「昔も思ってたけど姉妹って割に似てないよね」
「むしろ姉妹だから似ないじゃないですかね。え、咲希姉蹴ってるんですか?」
「いや、蹴り飛ばすぞって言われるだけ」
「あ、ああ、そうですよね。蹴らないですよね流石に」
「うん、物理的には優しいよ咲希」
「むしろ蹴ってたら大問題です」
「まーああは言うけど蹴らないとは思ってるから安心してる」
「それもそれでどうかと思いますけどね。でもゆるキャラですか。緩いですか?」
「なんか自然に隣いるし、普通になんかうん、緩い雰囲気あるよね」
「緩いのかぁー…え、緩いんだ」
「咲希との比較でそう見えるだけかもしれないけど」
「うーん、美船ちゃんは美船ちゃんだからなあ。気にする必要ないと思うんですよね」
「もー咲希もこれくらい受け入れてくれればいいのに。せめて渚ちゃんの半分くらいそういう感じ欲しい」
「咲希姉こういうところは何故かやたら真面目なので。難しいですね」
「まああの子昔っからだからね。今更だよね」
「今更ですね」
「誰が今更だって?」
「あ」
「あ」
横に咲希が立っていた。
帰ってきていたらしい。
「悪かったな真面目で。不法侵入してる奴放置してるだけマシと思えや」
「あ!咲希おかえり!」
「おかえり咲希姉」
「ただいま。いやただいまだけど、話の流れ的に反応おかしいだろ!」
思わず突っ込まずにはいられない咲希であった。




