事後
「「ありがとうございました」」
ガラリと玄関口を開けて、3名のお客が民宿「しろすな」を出て行った。
数日ぶりに咲希と渚の2人だけが「しろすな」に残される。
「…あぁー終わったぁ」
「お疲れ咲希姉」
初日は5名、次の日からは8名。
閑古鳥が鳴いていたころから見ると、考えられないほどの繁盛っぷりであったが、それと引き換えに、待っていたのは今までとは比べ物にならない忙しさであった。
咲希は咲希で、掃除を筆頭にして、仕事に追われ、渚は、普段と比べると明らかに物量が違う料理を作るために走り回ることになった。
「クッソ疲れた。やっぱ知らない人いっぱいはやばい疲れる。でもどっちかって言うと渚のがお疲れ。いくら手伝いが来てくれてたって言っても大変だっただろ」
「そうだね、やっぱり大変だったかなぁ。まあ一番大変だったのは、買い物だったけどね」
「え、それは量的な意味で?」
「そう。重すぎて途中で心が折れそうになったよ」
「それ考えてなかったや。そりゃそうだよな何人前だよなって話よな」
「自分の体力を見誤ったよね」
「その体体力無さそうだもんな」
「そうなんだよ!体力無いんだよ!だって聞いてよ!この身体でね、全力で走るとね、100m走ったらもう倒れそうになるんだよ!肺活量が足りない!」
「100m走ってそれってどんだけ体力無いんだその体」
「そう。それにね、重いものが全然動かせなくて、日常生活にすら支障きたしそうになるんだよ」
「まあ、筋肉の感じ0だもんな」
見た目上の筋肉は全く無い。
「買い物はその両方にダメージが来るからもうどうしようもないよね」
「だから明人とかいうのに手伝ってもらってたんね」
「そうそう。昔の体がこういう時だけは恋しくなるよね」
「俺そういう意味でも今のがいいからなあ…動きやすいし」
「痩せたもんね」
「胸に全部来た」
「それにしても消えた量が多いと思うよ」
「いろんな意味で感謝よな」
「まあ私は感謝半分、恋しさ半分かな」
「満喫してるように見えるけど」
「もちろん満喫もしてるよ。ただ、偶に恋しくなるだけ」
「ある日突然戻ったり」
「それはそれでどうやって生きていけばいいか分からない」
「確かに」
既にここでなんとか生活始めて半年ほど。
今更いきなり元の生活に戻れと言われてもそれはそれで困る。
「あぁ、ここから片づけだよ。大変だね」
「ほんそれ。どうせ部屋荒れてるだろうしなぁ」
「洗濯面倒くさいなぁ…」
「正直やらずに寝たい」
「でもさぼったら絶対に酷いことになるよ」
「間違いなく2度とやらないね。分かる」
基本面倒くさがりな咲希なので、やれるときにやっておかないとやらなくなること間違いなしである。
「片付けまで手伝ってほしいな。美船ちゃん来ないかな」
「流石に来ないと思う。いや案外来るかもしれないけど」
「確かに、来そうではあるけど。流石に現金過ぎるよね」
「それ言うなら明人とかいうの呼べば来そうだけど」
「まだお昼だし流石に何度も呼び出すのは悪いでしょ」
「そういや学校あるのか」
「そうです私はニートしてるけど、本来なら高校生だから」
「…通わせなくて大丈夫なんだよね?」
「通ったところで将来が分からないし、それに、民宿やってるんだったら将来働く先なんてここだろうし、だったら通う必要ないかなって」
「まあ、仕事決まってるんだしそうなるよな。食ってけるかわからんけど」
「それに女の子の体だったら、嫁げばなんとでもなる」
「発想がゲスい」
「そのために、女子力磨いてるんだもん。使わなきゃ損だよ」
「動機不純すぎる」
「生きるための知恵って言ってほしいかな。でも、大丈夫。後悔はさせないつもりだよ」
「何に対してだ」
「誠意に対して」
そんなトークをかましながら、ため息を吐く咲希。
お疲れである。
「でもやっぱさ、今回やってて思ったけど、部屋がフルで埋まるとどう考えても、2人じゃ足りんね。最大12人くらい入るのにここ」
1階の客室は合計で3部屋ある。
それぞれの部屋に対して、約4人ほどお客が入ることができるので、最大値としては12人だが、そんなに一斉に来られたら間違いなく2人では回せない。
しかも数日とかならまだしも、1週間とか超え始めたら絶対に無理である。
「今回みたいなことが続いたら多分駄目だろうね」
「正直突然こんな風になったからあってもおかしく無さそうって言うね」
「本当になんで今回こんなにいっぱい来たんだろう」
「カニのせいじゃね」
「カニブログに乗せてた?」
「コース作ったし乗せるわな」
「カニ効果凄いね」
「みんな食べたいんだろ」
「カニがぁ?」
「カニが」
物凄い何とも言えない顔になる渚。
カニ嫌いなので仕方ない。
「分からないやその気持ち」
「完全に好みの問題じゃねえか」
「でもご飯のためだけに旅行できるなんて楽しそうだね」
「言い方。楽しそうだけどさ」
「疲れたんだよ、恨みの一言だって言っていいでしょ?」
「まあ今回はマジでお疲れ。でも次も頼むわ」
「大丈夫ちゃんとやるよ。お客さんが来ないと生きてけないからね。それに楽しさもあるから」
「ならええんやけど。俺は正直会わなくていいなら人会いたくないし。疲れた」
「疲れたねぇ…今日はゆっくり寝れるかなあ」
「まあ今日来る予定は無いから」
「ゆっくり寝れるね」
「1週間後に来るけど」
死刑宣告である。
今言うなよ感が強い。
「今言われるとちょっと辛い」
「しかもまた人数が多い」
「どうしよう」
「やっぱ人いるよね」
「流石に2人じゃ無理だよ」
「だよね。…人増やすか」
「増やせるの?」
「まあ増やそうと思えば増やせるっしょ。どうせ管理してんの俺やし」
適当に言い出す咲希。
まあ咲希がいいと言えばいいので、間違いではない。
「それはそうだけど、咲希姉どこで集めるの?」
「明人ってのとからへん正式に雇えば?」
「神谷君?部活で忙しそうだけど大丈夫かな?」
「まあ無理強いする気無いけど。駄目だったらまあ、美船に無理やりやってもらうか」
「美船ちゃんにだって自由の権利はあるんだよ!」
「ここでその権利散らしてるから知らんな」
「美船ちゃんなーむーだね」
「まあやるからにはちゃんと払うもんは払うから」
「来てくれるといいね」
「明人に関してはお前から言っといてね」
「うへぇ、頑張る」
「じゃ、ま、後片付けしますか」
「はーい」
そうしてちまちまと後片付けをし始める2名であった。




