旧知
「ああ、いい湯だった。にしてもここ広いなぁ風呂。流石宿ってことなんだろうか?」
脱衣所で一人呟く明人。
先ほどまで本日分の料理の手伝いをしていたのだが、とりあえず一通り終わったので、渚に促されて休憩タイムであった。
風呂場を貸してもらって入っていた。
民宿なので、1人や2人入る人物が増える程度問題ないだろう。
どのみち住んでいる2人がいいと言えばいいのである。
「えーっと、後はとりあえず2階で待ってればいいんだよな確か」
渚はというと、夕飯を続けて作っている最中であるが、そっちの方は手伝わなくても大丈夫と言われてしまったので、しばらく暇である。
着替えて2階へと向かう明人。
「しかし、広いなこの家。昔から民宿だったしそのせいかもしれないけど」
家の廊下としてはかなり長い廊下を通り、2階への階段へと向かう明人。
階段を上がって2階へ行けばすぐにリビングである。
「…あれ、誰かいる?咲希さんかな?」
2階まで上がったところでリビングに誰かがいるのを確認する明人。
まあ普段であれば基本的に「しろすな」2階にいるのは咲希か渚であるため、渚が下にいる以上、そう考えるのが自然であろう。
が、今日は違った。
「渚ちゃん?…おや、あれ?どちら様ー?」
「え?あれ、咲希さんじゃ、ない?」
リビングのソファーに座りながら目だけを明人の方に向ける女性。
少なくとも渚、咲希ではない。
余りにも見た目が違う。
少なくとも記憶にはない女性である。
「えーっと…ああ!分かった、渚ちゃんの方のお手伝いの人か!」
「あ、はい。そうです」
パッとソファーから体を起こす女性。
そして明人の方を真っすぐ見つめた。
「…あれ、明人?」
「え?」
美船の目つきが変わる。
目が輝く。
「おお!明人じゃん!久しぶり!元気してた!?元気だよね!いやー相変わらずのイケメンで安心した!」
「ちょ!?」
何故か手をつかまれてぶんぶんされる明人。
こんなことをしてくる人物に明人は盛大に心当たりがあった。
「まさかっ、美船さんっ!?」
「おお覚えててくれた?」
「行動で思い出したよっ!どっか行ってたはずじゃ…」
「最近帰ってきたんだよー!いやー咲希には忘れ去られたから忘れ去られてるかなって思ってたけど案外そうでもないんだね?よかったよかった!」
テンションが上がっている美船。
それに対して振り回されている明人はどこかげんなりしている。
「しかし、今ここにいるってことは渚ちゃんのお手伝いやってる明人ってことだよね?お、できてんだ?2人?」
「違います!勘違いはやめてください!」
いきなり話が吹っ飛ぶ。
突然過ぎて明らかにうろたえる明人。
「え、だって男女2人いたら致すもんじゃないの?特に2人も幼馴染だし再会していくとこまでいってるでしょやっぱ?」
「いってませんから!普通の友達です!」
もう既に明人と渚はそういう関係であると思っているらしい美船。
少なくとも現在はそういう関係ではないのだが、思い込みが激しい。
「ふぇ?そういうもんなの?なんだー」
「なんだってなんですか。今回だって手が足りないからって言われたから手伝いに来ただけですから」
「いやーいい感じだと思うんだけどなー?美男美女カップル!最高だよね!」
「押し付けないでもらえます?」
いい笑顔でそういう美船。
げんなり顔で返す明人。
明人は、少なくとも嫌いではないものの、美船のこと自体は苦手であった。
「あ、イケメンとかは否定しないんだー。どう、相変わらず女子食ってる?」
「食ってません!かつては食い物にしてたみたいな言い方やめてもらっていいですか!?」
「えー?でもでもどうせ女子に囲まれてるんでしょ?」
「それはそれで結構困ることあるんです!」
「うわー女の子に囲まれて困るとかイケメン流石だわーうわー」
美船のペースに巻き込まれる明人。
テンションに巻き込まれて、明人もヒートアップしていく。
「というかなんでここにいるんですか。少なくとも美船さんの家じゃないでしょう」
「え?あたし?そりゃもう決まってるじゃん?お手伝いよお手伝い」
「どう見ても何か手伝ってるようには見えませんけど」
少なくとも明人が見た姿は、リビングのソファーで完全に力が抜けきれている美船である。
まあよく見て客人、お手伝いだとしたらサボりにしか見えない。
「あたしは咲希の手伝いだからね。咲希が働いてる時は働くけど、今日はもうおしまいってわけ」
「おしまいなら帰ればいいのでは…」
ある種当然の疑問を口にする明人。
「咲希と同じこと言うんだ?」
「え?咲希さんと?」
「いや、咲希にもさっき、今日仕事終わったから帰ったらって言われたんだよね」
「じゃあその通りにすれば…」
「夕飯食べてからじゃないと帰れないでしょやっぱ。働いたらやっぱ対価がいるじゃない?ご飯くらいは奢られて当然じゃない?ってどや顔してやった」
そうしたらなんか諦めた顔になってはいはいって適当に返された、と言いながら笑う美船。
少なくとも帰る気はなさそうである。
そもそも定期的に勝手に来ては夕飯まで食べてく人間にそれを言っても無駄というものである。
「え、夕飯来るの!?」
「お、その反応は明人も誘われてるんだ?いいねー昔遊んでた人が揃ってる感じ。懐かしいわー」
「そうですね、懐かしいですね…はぁ」
明人の頭に駆け巡るのは古い時代の記憶。
かつて咲希と美船、渚と明人は一緒に遊ぶ仲であったわけだが、結構な頻度で4人まとめて遊んだりもしていたのである。
なので明人は当然、咲希と美船と面識があるのである。
「というか明人やけに他人行儀だね?昔はもっと可愛くお姉ちゃーんって」
「やってない!記憶ねつ造しないでもらえます!?」
ただ美船との関係性は昔からこんな感じである。
基本的に美船のペースに乗せられるため、明人はすっごい疲れるのである。
でも対応するのは律儀と見るべきか否か。
「あれ、そうだっけ?まあでもでも、昔みたいに美船ちゃんでいいんだよ?」
「勘弁してください」
「遠慮しなくていいのにー」
「遠慮とかじゃないんですけど…」
「まあ、いいや。でもまあ変わって無くて安心したよ。どうせしばらくここいると思うからまたよろしくね!」
「美船さんも変わってないですね。…また、よろしくお願いします」
「もーやっぱり他人行儀ー!」
「ちょ、叩かないでもらえます!?」
肩をぶったたかれた明人であった。




