重い
民宿「しろすな」にて、咲希と美船が掃除でアタフタしてる頃。
渚は、本日の夕飯で使う予定のカニを買って帰る帰りであった。
「うーさっきは持って帰れるって言っちゃったけど、思ったより重いなぁ」
本日の客は2組。
なので、カニは2匹である。
まあカニ本体の重さはそこまで大したことないのだが、箱だの氷だのの分が加算されているため、総じてそこそこな重さになっている。
「でもなぁ…持ちやすいようにすると前見えなくなっちゃうんだよなあ」
カニは大型のが2匹。
なので箱も2つである。
そもそも箱自体のサイズが結構大きいため、
目の前で抱えると前が見えなくなるのである。
結果として低い位置で箱を持って、顎で押さえながらの帰り道になっている。
「ちょっと休憩しようかな」
橋を通って川を越えたあたりで、箱を下ろして、体を伸ばす渚。
そりゃここまで変な体勢で来てるのだ。
身体も固まる。
「んーやっぱ変な体勢は良くないよね…」
ビジュアル的にも結構問題である。
「はぁ、また持つのかと思うとやる気無くすなぁ…車乗りたい…」
当たり前だが、渚は免許を持っていない。
厳密には、ここに来る前は持っていた。
が、現在の渚の年齢は16。
持つ持たない以前に取れないのである。
以前は車で移動をしていた身としては結構キツイ。
「しばらく…休憩。大丈夫、まだ、間に合う」
一応時刻的にはまだ余裕ではある。
が、最終的にどれくらい時間かかるか不明なので早めに帰りたい感はある。
「買い物も一緒にやろうと思ってたけど、朝行っといて良かったなぁ」
箱2つで既にこの状況である。
ここに買い物袋まで追加されたら間違いなく1回で持って帰るのは不可能である。
「…よし、じゃあそろそろ行こうかな」
ここで止まってても、箱は残念ながら家に向かってはくれないので、諦めて持ち直す渚。
「前見えないけど…こっちの持ち方で行こ」
体勢とビジュアル重視の正面スタイルに持ち替える渚。
当然正面に抱える形なので、箱で視界が全て埋め尽くされている。
左右しか見えない。
「横向きに歩こっかな」
横歩きに切り替える渚。
若干見づらいがまあ、さっきよりは体への負担は少ない。
というわけでそのまま帰りの道を歩く渚であった。
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「無理、もてない、何この身体」
再び休憩しながら、体への不平を漏らす渚。
「鍛えるのめんどくさいけど鍛えた方がいいのかな…流石に、体力無さすぎるよ」
以前の体と比べれば当然力は落ちている。
持久力も落ちている。
全体的に非力になっているのである。
「こういう時になると、変わったんだなぁって感じるよね」
以前は成人過ぎの男の体。
現在は成人前の女の体。
差は歴然である。
違和感がない方がおかしい。
「この身体も嫌いじゃ無いけど、偶に前に戻りたくなるなぁ…」
力がないのは不便である。
背が低いのも不便である。
色々と。
「ちょっと休憩したら、行こう」
そんな感じで休んでいると声がかかった。
聞いたことのある声である。
「あれ、渚?」
「うぉわ!ああ、神谷君か」
「おっす、今そっちに向かおうと思ってたとこだ」
「あ、うん、ありがとう。先に待ってるねって言いたいとこだけど、神谷君の方が先につきそうだね」
「それは?なんか重そうだけど」
「ん?これ?カニだよ」
「あーカニか。今日やるんだな」
「そうそうだから、神谷君にお願いしたいんだよね」
「そっちは任せろ。…それで、ここで何してたんだ?」
「休憩だよ。もうちょっとしたら行くから先行ってていいよ」
「んーでも渚いない状態で俺だけ行ってもな…一緒に行くよ」
「分かった。じゃあちょっと待って。まだ持てる気しないから」
「これか?持ってこうか?」
カニの箱を指す明人。
「ううん。いいよ。神谷君も重そうじゃん」
神谷も学校帰りらしく、荷物はいっぱいである。
流石に頼むのも忍びない。
「いいっていいって。あ、でも2箱は流石にきついか…うお、結構重っ」
2箱持とうとしてちょっとふらつく明人。
想像より重かったらしい。
「危ない!危ないよ!降ろした方がいいよ!」
「あっぶね…すまん2箱は無理だ。1箱ならいける」
そう言って箱を1箱だけ下ろす明人。
「無理しなくても私頑張って運べるよ。だから先行ってていいよ」
「流石にこれそのままはいそうですかって任せらんねえって。1箱は持ってくから」
「ありがと。じゃあ行こっか」
「おう」
1箱づつ持って帰ることにした。
視界良好である。
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そんなこんなで民宿「しろすな」にたどり着いた2名。
「とりあえず冷蔵庫に入れよ」
「そうだな。氷解けるとやばいし」
「ああ、そっか。冷凍庫だ」
「あ、確かに。冷蔵庫じゃ溶けるわ」
「あれ、でもチルド室かな、あれ?」
「…えーっと、ちょっと待って思い出す。…あー冷蔵庫だ。冷蔵庫に入れてる普段」
「だよねだよね。冷蔵庫だよね」
「うんそうそう。冷蔵庫。冷凍庫駄目だ。凍る」
「すぐ使うからね。冷蔵庫だね」
わちゃわちゃしながらとりあえずカニを運ぶ2名。
カニは無事冷蔵庫に押し込まれた。
「とりあえず手を洗いに行こう」
「そうだな。まあ今から汚れるけどさ」
「普段ならここで洗っちゃうけど、お客さんいて洗えないから、2階に行くよ」
「おっけ…俺2階上がって大丈夫なの?」
ちょっと戸惑う明人。
前回普通にカニ食って帰った気がするが、2階に行くのは躊躇があるらしい。
「ま、いいんじゃない?知らないけど」
「渚の家じゃないのか…?」
「私は全然誰が上がってきてもいいと思ってるけど、咲希姉気にするみたいだから」
「ああ、咲希さんか。渚はいいんだ?」
「起きてる時間だったら別に気にしない。夜中に知らない人がいたら流石に怖いけど」
「それ怖いじゃなくて警察沙汰だと思うぞ」
夜中に知らない人が部屋にいたらだれでも発狂ものである。
気になるとかそういう話ではない。
「確かに、でもまあそもそも民宿だし、ある程度は気にしてたら負けだと思うんだよね」
「民宿も大変だな」
「だからこそ今日神谷君に来てもらったんだよね」
「そういえば、仕事ってほんとにカニ剥くだけなのか?」
「カニ、剥く以外もやってくれるなら、やってほしい、かな?」
「まあ、やれることなら」
「神谷君が良い人で本当によかったよ」
「褒めても何にも出ないぞ」
「手が増えるから大丈夫」
「それは褒めなくても出すけどな」
そうして来るべきカニ料理のために、2階で手洗いする2人であった。




