とりあえず掃除
「たの…おっと」
民宿「しろすな」1階。
がらりと扉を開けかけてそっと閉じる人影1名。
美船である。
入ろうと思ったらロビーに明らかに咲希でも渚でもない人影が見えたので一旦入るのをやめた。
「そういえば昼間には来るっていってたよーな…もうちょっと早く来るべきだったかなー」
いつもは勝手にやってきて勝手に上がりこんで好きにくつろいでる美船であるが、本日はそうではない。
むしろ咲希に直接呼ばれている。
「とりあえず咲希の手が空くまで待ってようかなぁ」
ちらりと扉を少し開けて、中の様子を観察する美船。
外から見ると完全に怪しい人だが美船に気付く様子は無い。
「…ではこちらが鍵になります。ごゆっくりどうぞ」
「おう、ありがとなねーちゃん!」
中を見つめてみればどうやらお客の対応が終わったようである。
お客の姿がロビーから消えるのを確認しつつ、入るタイミングを伺う美船。
その時、中にいた咲希が玄関扉の方に声をかけた。
「おい、美船。何やってんの」
「え、あ、ばれてた?」
「ばれるも何も、一回完全に扉開けたよね?」
「ばれてるならいいや、たのもー」
「もう開けた状態でそれ言う必要ある?まあ、上がれよ」
というわけでロビーに入ってくる美船。
ある意味正しく「しろすな」に上げてもらうのは初めてな気がしなくもない。
いつもは勝手に入っているので。
「今さっきのお客さん?」
「そう。今日の一番早い組」
階段を上りながら会話する2名。
「今日何人来るの?」
「さっきの人たち含めて5人かな。明日また追加で3人来るかなという感じ」
「うわーすごいね。うっはうはだね!」
「いやうっはうはって。いやまあ収入はいるけども。言い方」
そのまま咲希の部屋の前の廊下へと進んでいく。
「まあとりあえず、数日間頼むわ。とりあえず掃除の手伝いを頼む。あ、荷物その辺でいいよ」
「分かったー。他の家事はいいの?一応できなくはないよ?」
「とりあえずは。渚の方も一緒に手伝ってくれる相手見つけたらしいから。美船は私の手伝いを頼む」
「へーお友達とか?」
「そんなとこだと思うわ」
「まさか彼氏とか…」
「ではないと思う」
現状の渚と明人の関係性はお友達である。
最近カニ剥きの師弟関係にもなった。
「そういえば渚ちゃんは?」
「ああ、渚は現在進行形で買い物中。今日の夕飯材料かき集めてると思う」
「ああそっか。そんなに人くるなら買い出し行かないと料理するための食材がそもそも無いよねえ」
「まあなんかだいたい毎日買い出し行ってる気がするけどな。お客いる時は」
買い出し自体はお客いる時は割と毎日行っている渚である。
お客が1組だけの時は、その日の夕飯を3択くらい出して、選んでもらったものを作れるように買い出しに行っている。
流石に今回はそんなこと言ってられなさそうだが。
「というわけではい」
箒を引っ張り出して突き出す咲希。
「あ、もうやる?」
「人が多いから何あるか分からんしやることはやっちまおうと思って」
「じゃあ廊下とかの掃除?」
「いや、廊下とかはもうやってあるんだわ」
「あれ、そうなの?」
「まあ日課だからあれは…」
朝飯終わって一息ついたらそっちはもうやってしまう。
今日は客が来ることが分かっていたので猶更である。
「じゃあどこやればいいのー?」
「ずばり風呂場」
「うぇ、水場か」
「そう、残りはそこだけ。4時には終わってたいから早めに掃除をね」
1人だとなんだかんだ結構かかるもんでと呟く咲希。
基本的に料理と洗濯を渚に任せた関係、掃除周りは基本ほぼ全て咲希が担当しているわけだが、やはり無駄に広い風呂場、及び脱衣所なので、1人では手に余るのである。
「まあ、やるって言っちゃったからやる!」
「お、じゃあ風呂場頼む」
「そこでよりによって水場押し付けるのひどい!」
「やるって言うから…まあ、脱衣所でいいよ」
「なんかその言い方癪だからお風呂やる!」
「え、いや、まあやるなら任せるけど」
そう言いながら1階の風呂場へと向かっていった。
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「じゃあとりあえず脱ぐね。流石に風呂場やるのに、服着てられないし、この際もう下着でいいや」
「ああ。ああ…そうか」
「あれ。どうかした?」
「いや、着てる奴そこの籠好きなやつに入れといてくれ」
「はーい」
そんなやり取りをしながら掃除を開始する咲希。
さっきからあからさまに目線が美船を避けている。
「ねえ咲希、箒は脱衣所用でしょ?中の掃除用具ってどこ?」
そんな咲希の前に半裸同然で立つ美船。
同性なら羞恥をあまり感じないタイプのようである。
「え、あーえっと、そこ。中」
目線をそらしたまま、近くの掃除用具入れを指さす咲希。
「ん、咲希、どうした?」
「どうしたって何が」
「いや、さっきから明後日の方に向いてるなって」
流石に目線が明後日の方向に行っていれば嫌でもわかる。
「その格好でお前が目の前立ってるからだよ」
「…あ、気にするタイプだった?ごめんごめん!すぐお風呂場入るからもうちょっと待って!」
ある意味慌てながら掃除に必要だと思われるものを引っ掴んで風呂場の中に入っていく美船。
それを見ないようにに目線をそらしたままの咲希。
「…いや、自分のは慣れたけど他人のって慣れないな意外と」
突然過ぎてだいぶうろたえた咲希であった。
中身の男は健在である。
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「ちょっと、ちょっと、あのさあ!やるとは言ったよ!やるとは言ったけど!こんなに広いとか聞いてないんですけどぉ!」
「言ってないからな!」
「どっから掃除すればいいのこれ!」
「端の方からちょっとづつ!」
「終わりが見えない!」
「やって!」
脱衣所と風呂場で声が飛び交う。
風呂場方面には来たこと無かったらしい美船が中に入って混乱していた。
「もう、咲希も水場やらせるなら言ってよね!それ用の格好持ってきたのに!」
「ごめんて。てかマジでそんなに無理して中やらなくても脱衣所でも…」
「でもなんかやり始めちゃったから途中やりで終わるのやだ!」
謎の意地をはる美船であった。
なおおかげで普段の時間の半分くらいで掃除は終わったらしい。




