増加
「ふぁあー…ああ、客全く来ねえなあ」
パソコン前で伸びとあくびを同時にしながらつぶやく咲希。
まあ言いたくなるのも仕方がない。
最後に客が来てから既に3週間。
咲希と渚の収入源である以上、あまりにも来る人が少ないと困るのである。
「もうちょっとまともに宣伝するべきなんかねえ…何したらいいのか知らんけど」
一応以前雅彦の手を借りつつ、ネット上に情報自体は公開しているが、果たして効果があったのかはよく分からないというところである。
「まあ今まで大して宣伝もしてないのに客来てたのが異常なのかもしれんけど…」
一応5件くらいは既にここまでにお客が来ているのは運がよかったと言えるだろう。
ワンチャン口コミとかもあるかもしれない。
望み薄だが。
と、そんなところで、咲希のスマホがなった。
電話である。
「はいもしもし」
とりあえず電話に出る咲希。
かかってくる電話で一番多いのは渚、次点でお客である。
あとは迷惑電話くらいなものである。
要するにほとんどないが、大事な内容を聞きそびれても困るので、とりあえず出るようにしている。
「…ああ、はい。はい。ええ、大丈夫です。…何時頃でしょうか?…はい、では3日後…昼頃ですね。3名様で、はい、はい。…一泊一人あたり1万ですがよろしいですか?…ええ、ではお待ちしております。失礼します」
噂すればなんとやらなのか、どうやら相手はお客であったようで、予約の取り決めであるようであった。
電話口なのに無駄に頷きとかしてるのは咲希の癖である。
今のところ抜ける気がしない癖である。
「…おっし、久々の客確保っと」
電話を切って右手でガッツポーズする咲希。
客の相手すると思うと少々気が滅入るが、ぶっちゃけ咲希自身が何か対応するシーンは非常に少ないので、まあ耐えられる。
「しかし3人か。そこそこ多いな。今度は全員大人っぽいし」
今のところ来ている客は2人が一番パターンとしては多い。
一番多かった3人も子供込みだったので、大人オンリーで3人は初である。
「あーお客来る前に呼び鈴かなんか注文するべきか。いちいち階段上に叫ばれても聞こえないことあるしな」
そう言いながらネットのページをあさり始める咲希。
流石に声で呼んでもらうのは聞こえないことが何度もあったので、分かりやすい何かが欲しかったようである。
もっと早くやるべきな気もするが、そんなとこまで気が回ってないので仕方ない。
「お、ワイヤレスの呼び鈴とかあるじゃん。これでいいかな」
お買い物ページで最初に見かけたものをカートに放り込む咲希。
この辺の決断は早い。
というか大体直感で最初に見たものを放り込む。
そのまま支払いページに進もうとしたときに、再びスマホが音を鳴らした。
電話である。
「え、また?何だ今度は」
1日に2回以上携帯が鳴ることが咲希にとっては珍しい。
とりあえず電話に出る咲希。
「…ああ、え、はい。…ああ、いえ、お気になさらず。あ、はい。大丈夫です。えっと、何時頃…3日後、夕方頃ですね。ええ、はい。一人あたり一泊一万、ええはい。食事は朝晩です。…ええ、2名様ですね。…はい、ではお待ちしてますね」
電話を切る咲希。
「え、マジ、二件目?」
ちょっと信じられないな顔である。
今までのペース的に、次の客は早くても2週間は後だろとか思ってたのである。
こんな短期間に、なんなら日付被って来るとか思ってなかった。
「…どうしよ、回るかな」
そしてそこで出てくるのが回せるのか問題である。
どちらかというと頭によぎるのは咲希自身以上に渚。
咲希の仕事が事務が多く、基本人数が増えたところでそこまで変わらないのに対して、渚は料理に洗濯にと、お客の数によって仕事の内容がどんどん増える。
現状1人なのでお客が増えると負担がやばい。
「…まあまだ、5人だしまだやれるよな。多分」
完全に咲希の適当な憶測だが、まだぎりぎりいけそうとか考える咲希。
いや、きついかもしれないので、ヤバくなったら手伝う気は普通にあるが、2人ならまだやれるのではないかと思う。
が、その考えは甘かったと、もう一度鳴ったスマホによって気づかされた。
知らない番号である。
「…え」
□□□□□□
「渚、ヤバいヤバい」
「え、どうしたの咲希姉。何がやばいの」
大慌てで渚のもとにやってきた咲希。
ヤバいしか言わない咲希に対して当然の疑問を返す渚。
「客、めっちゃ予約来た」
「お客さん来るの?やったね」
いいことである。
いいことなんだが今回はそうも言ってられない。
「いやいいことなんだけど、予約がね、被った」
「被った?」
「3日後に3セット来るぞ」
「3セット…何人」
「全部で8人」
2・3・3で8人。
過去最高であることは言うまでもない。
「えーっと…私でしょ、咲希姉でしょ、8人でしょ。どうしよう。人がいっぱいいるー」
「うんそう。でお前がやばくないかと思って」
ヤバい。
当然ヤバい。
そもそも家事担当1人なのに10人分も受け持てるわけがない。
「咲希姉、洗濯やめよ?料理もさあ任意性にしよ?」
「いやしてもいいんだけど、仮に全員から求められたらどうすんのそれ。嫌とは言えんぞ」
それ自体は咲希の権限でどうにでもなる。
が、頼まれれば嫌とは言えない。
「じゅ、10人も作ったことない…」
「そりゃ来たことないし…」
「うちの鍋じゃ10人分もきっと作れないよ」
鍋の心配を始める渚。
まあ鍋も当然足りない。
「鍋くらいならネットで何とか…なるかなぁ3日しかないし」
「そうだね、鍋があれば幸いコンロはいっぱいあるし…でも私はそんなにいっぱいコンロ使えないよ」
1人でコンロ何個も使えるかと言われれば無理である。
かといって咲希にやれるかと言われればかなり怪しい。
「…手伝えそうな奴…俺無理だし」
「どうしよう…」
「…ちょっと美船に頼んでみる。そっちも誰か手伝ってくれそうな人いないか探してみて」
「うんわかった」
手伝ってくれる相手を探しに行かねばならなくなった2人であった。




