捌く
カニの話が飛び出たので、買う場所の下見に行ったところ、流れでなんか丸ごと一匹カニを貰ってしまった渚。
「やったあ、貰っちゃったよ」
純粋にもらえたことは嬉しい。
そして嬉しさ反面頭によぎるのは顔すら知らない今の己のおばあちゃんの存在である。
「でも、おばあちゃんって知り合いいっぱいいるんだなぁ」
いろんな人の話で結構出てくるので、それなりに交流関係は広かったようだ。
「まあ一回もあったこと無いけどね」
当然記憶に無ければ、姿形も知りはしない。
少なくとも今の家に亡き祖母のことについて分かりそうなものはあまりない。
「でも、まあこうなってしまった以上、私は白砂渚だからなー」
もうここはある種割り切りである。
もはや数か月白砂渚として生活してきて、今更もとに戻るのもあんまり考えていない。
それはそれで困るのが見えるので。
「でも、どうしよっかなカニ。さばけないし、長時間置いとけないし、生じゃ食べれないよね」
そして現実に戻る渚。
問題はそこである。
渚はカニのさばき方は知らない。
というか魚介類全般が駄目である。
なので貰ったはいいのだが、これどうしようなのである。
そんな時に渚を呼ぶ声が近くから聞こえた。
「あれ、おーい!渚!」
道の向こうから声がかかる。
どうやら明人が偶々いたようであった。
「あ、神谷君だ。こんにちは」
とりあえずいつもの挨拶をかます渚。
それを聞いた明人は不思議そうな顔で箱を見つめていた。
「おう、どうしたんだその箱」
「あ、これ?カニ」
「え、カニ?ということは今日カニやるんだ?いいよなぁカニ」
「神谷君、カニ食べれるの?」
「おう、大好物だぜ。ほとんど食えないけどな!」
年に一回家で出ればいい方だからな、と吐き捨てる明人。
カニが好きではない渚にとってはよく分からない感覚である。
「そうなんだ。うちってさ、民宿でしょ?それで、出すためのカニを下見に行ってたの」
「そっか、この辺カニだらけだもんな」
「うん、だから咲希姉に頼まれて行ったんだけど、色々あってカニを持って帰ることになったから、持ってるの」
「あ、じゃあ今日はお客さんに出すわけじゃ無いんだな」
「うん、全然違うよ。お客さんいないしね」
「いないのか…お客、来ないのか?」
「残念ながらあんまり…おかげさまで来月のお小遣いがピンチです」
しばらく食べて生きていく分には問題ないくらいの蓄えはあることは確認している。
確認はしているが、一生それに頼りきりで生活できるほどあるわけではないのも確認している。
なので、収入源たる民宿をちゃんと動かさないと、色々やばいわけである。
そして一番最初に削られるのは間違いなく小遣いになるわけである。
「お、おう。頑張れ。でも、カニいいよな。はー家でも出ないかな。話聞いたら食いたくなっちまった」
「うーん、でもね。さばけないんだよね。カニ」
「え?そうなのか?」
「うん、そもそも魚介類苦手だから…そういう練習してこなかったんだよね。だから魚もさばけないんだよね」
「そうなのか…なんか意外だな」
「そう?」
「民宿の台所担当してるくらいだし、全部やれるのかって思ってたからなー」
「私もできることなら完璧な料理人になりたかった…でも、現実は〇ックパッドとにらめっこしてるんだよね」
「じゃあ、さばくの担当は咲希さんとか?」
「咲希姉にさばけるわけないよ」
即答である。
あれにやらせるくらいなら自分でやった方がまだましである。
「あ、そうなのか…え、じゃあそれどうするんだ?」
「どうしよう、貰った時は嬉しかったから忘れちゃってたけど、これじゃあ好き嫌い以前に食べれないよ」
結構問題である。
一応家につくくらいまでは大丈夫だろうが、日持ちがするとは思えない。
出来れば今日中に料理にしてしまいたいのである。
が、肝心のスタートラインが切れないのである。
「…やろうか?」
「ん?やるってさばけるの?カニ?」
「おう、何度かやらされたからできなくは無いぞ。と言ってもそんな料理人みたいにできるわけじゃないけどな」
「ほんと?じゃあ教えてください!」
「じゃあ代わりにカニを少しくれるか?話してたらさっきから本当に食べたくなって…」
「いいよ全然、カニならあげるよ!教えてください!」
「お、マジでいいの?なら全力でやらせてもらうからな!」
天恵ここにあり。
WIN-WINである。
□□□□□□
「ただいまー」
「お、お邪魔しまーす」
意気揚々と帰宅する渚。
それに続いて声を上げる明人。
話に聞く限りでは、昔は何度か来たことがあるようだが、流石に家の中まで入るのは久々とかいうレベルではないのだろうか。
若干様子を伺う感じである。
「おかえりー…っと、どちら様?」
「あ、咲希姉。神谷君だよ」
「どうも、渚の友達の神谷です」
「神谷…ああ、ああ!はい神谷君ね!へー…実物はこんな感じか」
ボソッと明人に聞こえない声でつぶやく咲希。
何気に明人と実際に会うのは初めてなので、ちょっとその見た目に驚いている咲希。
男としてみてもこれはイケメンだわ、と内心思っていた。
「急にどうしたの?」
「うん、あのね、カニを貰ったんだけどね」
「え、ちょっと待って、カニ貰ったって何?」
明人のことを聞きたかったのだろうが、カニを貰ったというワードのせいで思わず聞き返す咲希。
そりゃカニを貰うシーンとかそうそうあるまい。
「え、魚屋さんに行ったらくれた」
「いや、くれたって何があった」
「なんか、うちがひいきにしてたらしくて、また買いに来るって言ったらサービスって言ってくれた」
「ああそういう。…うちのばあ様顔広すぎでは?」
定期的に出てくるここのおばあちゃん。
やっぱり咲希も顔すら知らないものの、存在感がすごい。
「うん、それでね。喜んで持って帰ろうとしたのはよかったんだけど、さばけないことに途中で気づいて、どうしよっかなって思ってたら、神谷君に会ったの。で、神谷君がさばけるって言うから教えてもらおうと思って」
「ああ、そういう感じ。あ、神谷君ごめんなさいね、突っ立たせちゃって。どーぞ入って入って」
「あ、気にしないでください。突然ですけど、お邪魔します」
「じゃあキッチンこっちだから」
そう言って渚は明人をキッチンへと誘導していった。
「しかしカニをさばけるイケメンか…レベル高えな」
思わずつぶやく咲希であった。
□□□□□□
「神谷君、喉乾いてない?」
「あー乾いてる。ほんとはあの後家に帰ったらすぐ飲む予定だったからな」
「お茶飲めるよね?」
そう言いながら既にお茶を注いでいる渚。
回答待ちはしなかった。
「そりゃもちろん飲めるぞ。え、飲めない人いるの?」
「一応聞いておこうと思って」
「俺って渚にどう見られてるんだ…?」
「別に特に考えてないよ今のは」
「あ、お茶サンキューな」
というわけで一服し終わったので、いよいよやるべきことをする時である。
「じゃあ、お願いします」
「おう。じゃあいよいよカニとご対面だな」
というわけで箱を開けてカニを取り出す準備をする2名。
「ん、ちなみに何作るのか考えてたりするか?」
「うーん…何作れるんだろう」
「鍋とかカニしゃぶとかただの茹でカニとか?あーカニフライとかでもいいかもな」
さらさらっと何個か候補をあげる明人。
「じゃあ鍋にしよう。鍋なら簡単だよ」
「簡単さで選ぶなら茹でカニとかのが簡単じゃね?」
「え、あ、そっか。でもなんか鍋だったら労力かかってるように見えない?」
「見栄えの問題か?まあ民宿だもんな、気にするか」
勝手に納得する明人。
まああながち間違いでもない。
「茹でカニとかに何を添えればいいか分からないから」
「まあ、確かに。それに単体で食べれるしな、あれ」
「茹でカニなら一緒に何食べたりする?」
「俺?まあなんというかカニだけじゃ量が足りないって理由で白飯と味噌汁とか一緒に食べたりはするな。あ、あくまでも俺の家の話ね」
「ご飯かぁ。炊き込めばいいかなぁ」
「お、カニご飯も作る?」
「作れるの?」
「作ったことは無いことは無いかなって感じだな」
「え」
「え、何、その反応。なんか言ったか俺?」
「神谷君のスペックが高すぎて恨めしい」
「いやそんな、やらされてたら覚える羽目になっただけだから」
「そんな格好いい言葉を私も言ってみたいよ」
少なくとも文武両道な明人であるが、どうやら料理もいけるようである。
ちょっと恨めしくなるのも仕方ないか。
「じゃあ、とりあえずやるか」
「お願いします」
□□□□□□
「ふんふん、いい匂いがする。カニだね。カニだな」
料理をしていると裏の扉が開いてちょろっと咲希が顔を出す。
「咲希姉。匂いにつられてきたね」
「いやカニの匂いとかひっさびさだし。思わず?」
「まだあげないからね」
「はいはい。よくなったら教えてくれよ」
「うん分かった。だから待ってて」
「言われんでもつまみ食いとかしねえから」
そう言いながら扉を閉めて撤退する咲希。
腹減ったという声が聞こえた気がする。
「え、咲希さんいっつもあんな感じなの?」
なんか驚いた感じで目を見開く明人。
どうやら咲希の想像上のイメージと実際の雰囲気が合わなかったらしい。
まあ見た目だけなら咲希も間違いなく大和撫子であるので、なんというかある種腹ペコキャラは想像できまい。
「いつもはもっと、呼ぶまで来ないよ。でも、カニ好きみたいだから。匂いに釣られたんだよ」
「へー咲希さんもカニ好きなんだな。渚嫌いなのに、姉妹なのに違うんだなそういうとこ」
まあ急造姉妹なので仕方ない気もするが。
「でも匂い嗅いでたらちょっと美味しそうだなって思ったかもしれない」
「お、渚も食ってみるか?案外美味いかもしれないぞ」
「そうだね」
そうしてちょっと渚の気が変わり始めたあたりで、料理の工程が終了した。
「よし、じゃあこれで終わりだな」
「おぉー」
「拍手するほどか?」
「うん、だって私出来ないもん。すごいよ、神谷君」
「お、おう。ありがとう」
褒められると思ってなかったのかちょっとうろたえる感じの明人。
「でも、あれだね。一回じゃ全然分かんないね」
「まあ、慣れないとな…数やれば覚えるさ」
「うーん、あのさぁ。私がちゃんと覚えられるまでカニさばきに来てくれないかな?」
「え、カニさばきにか?うーん…まあ時間ある時ならいいけど」
「カニあげるから!」
「よし、それなら来るぞ!」
「やった!」
カニでつられた明人であった。
□□□□□□
「咲希姉!もういいよ!」
「あ、いい?」
裏の扉を開けて2階に呼びかける渚。
すぐ近くのソファーから起き上がる咲希。
どうやら1階にいたようである。
「うわ、2階じゃなかったんだ」
「腹減ってるもん1階いたよ」
「妖怪腹ペコ虫め…」
「なんか妖怪認定されたんですけど」
とかなんとか言いながら食卓へ向かう。
明人も咲希にオッケーを出されたのでそのまま食卓を囲む。
流石にやらせるだけやらせて帰らせるほど咲希も非道ではない。
「「「いただきます」」」
全員で手を合わせる。
「カニとか超お久なんですが…うん、美味い。いいね。今度また買ってきてもらお」
一口食べて感想を漏らす咲希。
早速会話を放棄して食べる方に集中しだす。
「…美味いっ!いややった甲斐あったな。ありがとな渚」
渚への感謝を言いながら、カニを味わう明人。
「うん…ご飯美味しい」
そして1人カニに対しての感想じゃない渚。
それに思わず咲希が突っ込む。
「なんだよご飯だけ?」
「え、あ、美味しいよ?」
「無理はしなくて大丈夫だぞ?」
明人が渚にそういう。
「ご飯がおいしい。カニは…食べれる、かな」
「いらねえなら貰うが」
その一言を聞いて、即渚にそう言う咲希。
妖怪腹ペコ虫も案外嘘ではないかもしれない。
「あげる」
「じゃあ貰う。…あ、でも神谷君も食べたいよね?」
「え、あ、お気遣いなく」
「遠慮しないしない。ほらじゃあ、半分そっちね」
「あ、ありがとございます!」
やっぱ食べたかったようである。
「まあ私のじゃないし関係ナイナイ」
結果としてその日中にカニは全て消費されることになったのであった。




