ハロウィン
「今日ハロウィンだな」
「そうだね。ハロウィンだね」
民宿「しろすな」にて。
咲希が渚にぽつりとそう漏らす。
本日は10月31日、ハロウィンである。
「…何かする?」
「私は特に考えてないけど…咲希姉何かするの?」
「逆にすると思う?」
「思わないかな…」
「だよね」
が、「しろすな」在住の2名は完全にやる気喪失中である。
そもそも2人ともハロウィンだからって何かやることあるっけ…状態である。
やる気以前にすべきことも見つからない。
「じゃあまあ、掃除してくるわ」
「うん、分かった」
そして特にやることないなら何をするかというと、いつものである。
現在はお客こそいないものの、掃除や洗濯といった日常業務はあるので、それらをやるまでである。
それが終わったらあとは普通に過ごすだけである。
「うーん…やっすいオブジェくらい置いとくべきだったか?まあ、今日誰も来ないなら意味ないからいいか」
掃除用具を持って1階に降りた後にカウンターを見ながらひとり呟く咲希。
普段と何も変えていないのでイベント感は0である。
まあ今日誰かが来る予定もないのだが。
「ま、世間がどうだろうと掃除掃除」
というわけで掃除を始める咲希。
頭の中は終わったら何しようかなである。
ハロウィンのことは頭から消えかかっていた。
「トリックオアトリーーート!お菓子くれー!」
「ちょ、美船」
「あれ、咲希1階にいるなんて珍しいね。私が来ること察知した?」
「ちげえわ!掃除してたの!」
「なんだぁ」
そんなこと考えてたらそれを吹き飛ばす大声が「しろすな」に響く。
美船であった。
「てか美船、そのかっこでここまで来たの?」
「うん、ハロウィンだし平気平気!」
「ようやるわ」
美船の格好は魔女コスである。
まあ本日はハロウィンなのでこれくらいやってても特に問題ないのかもしれない。
「というかこの辺ハロウィンでなんかやってるとこあるの?そういう格好する系のイベントみたいなの」
「無いよ!勝手に私がやってるだけ!」
「無いのかよ」
「まあでも文句は言わせない。ハロウィンだもの」
「いや、文句は言わないけどさあ」
ここまで走ってきたのなら相当浮いてたんでは無かろうかという感じがする咲希。
本人が気にして無さそうなのでわざわざ言いはしないが。
「で、咲希。トリックオアトリートだよ!ほらほら」
「え、何、お菓子よこせって?」
「そうそう、トリートトリート」
「えぇ…なんかあったっけ…」
「何もくれないならトリックだよ!」
「いきなり押しかけといて酷くない?」
「ハロウィンですから」
「この家関係ねえから」
何にもやる気が無かったので何にも準備してない咲希。
「あ、くれるなら甘い物を要求する!できれば美味しい奴!」
「要求多いな!ちょっと待ってろ、何か探してくる」
一旦掃除道具をその場に置いて台所へと向かう咲希。
とは言え基本的に買い物は渚に任せているので何があったかあまり把握はしていない。
「うーん…甘い物って言うかツマミみたいなのしかないな…」
出てくるお菓子は大体お酒に合いそうなおつまみたちである。
渚が食べるために買ってきているのだろう。
もともと渚はこういう類が好きなので。
なお、肉体年齢的にお酒はまだ駄目である。
「ねえ」
「えー!なんかあるんじゃないの?女の子2人で住んでるんだから甘い物の1つや2つくらい…」
「酒のつまみくらいしか置いてねえ」
「ええ?咲希おっさんすぎない?」
「買ってるの俺じゃないからな?」
「またまた、お酒飲むの咲希しかいないじゃん」
「いやそうだけど…そもそもあんま飲まんし、つまみは単体でも食えるだろうに」
咲希はお酒は強い。
強いが飲まない。
驚くほど飲まない。
たまーに深夜に一本だけ弱いの開けてるくらいなもんである。
飲めるがアルコールの味が好きではないというやつである。
「えー…じゃあトリックだね、致し方無し!」
「嬉しそうなのなんなん」
「え、だって実質これ咲希を好きにしていいってことでしょ?」
「絶対違う」
手をわきわきさせてる美船。
一歩引く咲希。
「あー…まあいいけど、ちょっと先に掃除させろ。終わった後ならトリックされたるわ」
「え、いいの?やった!え、ああでも掃除後かあ」
「仕事サボりはしたくないの。2階行って待ってろって」
「わかったー終わったら来てね!」
そこらへんはなんか律儀な美船。
頼むから連絡してから来てほしいと切に思う咲希。
「はぁ…何されるのやら」
□□□□□□
「終わったぞ」
「お、来た来た、待ってたよ」
数十分から1時間くらい経った後。
掃除を終えて2階に戻れば美船がリビングで待ち構えていた。
「で、今から何をされるわけこれは」
「いやー色々考えたんだけどね。ひたすらジャックオランタン作らせるとか、今からこの宿をハロウィン仕様にするとか」
「さらっとえげつないこと言うのやめてもらっていい?」
「うん、えげつないかなと思ってやめた」
「正常な感性持ちで助かる」
流石にどちらもやりたいとは思わない。
「でもなんかこう嫌がることさせないといたずらにならないじゃんね?」
「その言い方はどうかと思う」
「というわけでこちらです。お納めください」
「嫌な予感しかしないんだけど」
差し出されたのは明らかに何かの衣装。
少なくとも普通の服ではないのだろう。
「いや、いま私が来てるのあるじゃんね。これとは別にもう一着買っちゃったんだけど、どうしようかなと思ってたから、咲希にあげようかなって」
「…流れ的に、着ろってやつでしょうか」
「おお話が早い!そういうこと!」
「これいたずらになるのか…?」
「いいじゃんいいじゃん、コスプレした咲希とかなかなか見れるもんじゃないし!ほらほら着てみてよ!」
「まあ、いいけど…」
「あれ、意外とすんなり?」
「何が?」
「咲希のことだし、もっと抵抗されるかなーって」
「別に抵抗なんざしませんが」
「あれ、案外乗り気?」
「…まあ、そこそこ」
「意外ー普段その格好ばっかりだから絶対着ない!くらい言われるかなって思ってた」
「思ってるなら持ってくるなよ」
「その時は無理矢理着せようかなって」
「私の意思は無視なんですかねぇ…」
というわけで衣装連れて自室に引っ込む咲希。
なお、案外乗り気なのは間違いではない。
お洒落しようとかはあんまり思わないものの、こういうのちょっとやってみたさくらいはあった。
なので、せっかくである。
□□□□□□
「…着てみたよー」
「お、帰って来た来た」
「おー似合ってるね咲希姉!」
「あのさ、いつの間に渚部屋から出てきたん」
「さっき美船さんに呼ばれて」
「呼ぶなよ」
「えー見せなきゃ勿体ないじゃんね?」
「ねぇ?」
「…まあ、いいけど、変じゃない?」
「大丈夫!咲希結構こういうのいけるね!」
微妙な表情を浮かべる咲希。
なんというか苦笑いである。
素直に喜ぶべきか悩んでる顔である。
まあ恥ずかしい気持ちもあるので。
「というか、結構遅かったね?手間取った?」
「それもある」
「もってことは何かしてたの?」
「ちょっと鏡前で遊んでた」
「咲希なんかそういうとこ可愛いよね」
「うるせっ」
自分で見ても意外と似合ってたので、鏡の前で遊んでた咲希である。
普段やらないので、いざやるとちょっと楽しかった。
少なくとも魔女コス美女を好きにできるのは残った男心的にはくるものがあったようである。
自分だが。
「というか同じ魔女モチーフにしては明らかに私のが露出多くね?」
「だから咲希にあげたの!なんかあたしが着るの微妙に嫌だったから!」
「自分が嫌な方押し付けんなよっ」
リビングで言い合いする魔女2名であった。




