後日その2
民宿「しろすな」から少し離れたところの本屋。
稜子は今日もそこで店番をしていた。
まあ店番と言いつつ、適当にラノベ読んでる時間の方が長いのだが。
「こんにちはー」
「あら、渚。いらっしゃい」
いつものように扉が開き、何やら見知った顔がやってきた。
渚である。
もはや定期的に訪れる場所になりつつある。
「この間ぶりだね」
「そうね。この間は来てくれてありがと。嬉しかったわ」
「うん、こちらこそありがとう。楽しかったよ」
「今日はどうしたの?ラノベ買いに来た?」
「あははー流石にまだ読み切って無いかなー。単純に、稜子ちゃんに会いに来ただけだよ」
「そうなの?昨日もあった気がするわね…」
頭によぎる明人の顔。
本屋なのに話に来る相手が多い。
別に嫌いではないが。
「ほら、だって本屋に行けば会えるじゃない。そしたらもうなんか、行くよね」
「一応私店番なんだけどねこれ」
「うんうん。だからお客さんが来たらとっとと帰るよ。あ、でもすぐ来て帰るのもあれだから邪魔にならないところにいようかな」
「まあほとんどお客なんてこないからいいけどね。あれならカウンター内いてもらっても別にいいし」
「流石にそれはどうなんだろう」
「私がいいって言うんだからいいのよ」
「稜子ちゃんって割と適当だよね」
「こういうところ真面目にやっても仕方ないしね。どうせ何か言う人もいないから」
どうせ店番してるのは稜子である。
そして稜子に任されているのは、お客さんが何かを買う時のレジだけである。
なのでそれさえやればあとは自由である。
あと渚を信用しているのもある。
「そういえば、明人のあれ、見たわよ」
「ああ、花の季節?面白かったでしょ!」
「うん、あれは面白かったわ。無理矢理明人からデータ貰って正解だったわ」
「無理矢理もらったのかぁ…まあ嫌がるよね」
「ものすごい嫌がられたわね。押し切ったけど」
「でも、あれは見ないと勿体ないよね。いろんな意味で」
明人の色々なものが詰め込まれているのは間違いない。
明人からしてみれば消し去りたいものである。
「ほんとに。見てて爆笑しちゃった」
「ば、爆笑は可哀そう。でも、気持ちは分かる」
「いや、演技が下手とか、合ってないとかならまだいいのよ。あいつはまり役すぎて…」
「なんていうか、なんだろうね。逆に恥ずかしいというか、なんというか。とりあえず来るものがあったよね」
「なんだろう。直視しづらい」
「そう、そんな感じ」
明人ははまっていた。
間違いなく完璧な人材であった。
そしてそれが完璧に演技をし過ぎた結果がこれである。
なんというか良すぎて笑えてきたとかそういう感じである。
「この前明人に言ったら悶絶してたわ」
「本人にあれのこと言うと、いつもげんなりするからね。相当な黒歴史だよあれは」
「定期的に言ってやらないと…」
黒い笑顔になる稜子。
いじれるネタは覚えておくに限る。
「あ、黒歴史と言えば、稜子ちゃんも可愛かったよね」
「あれかぁ…できれば忘れてほしいわね…」
「えぇー?あんなに可愛かったのに」
「いや、正直服装はまあ、もう一回着る気は無いけど、別にいいわ最悪。問題はあれよ、あれ」
「萌え萌え―のやつだよね」
「本当に、当日の私を殴りたいわね…はぁーなんであそこで乗っちゃったんだろ…」
顔を手にうずめる稜子。
明人のあれと負けず劣らず十分黒歴史である。
「それが文化祭の魔力…あーでも動画撮ってなかったなぁ」
「いや、撮らなくていいから」
「だって、二度とないじゃん?」
「二度もあったらたまらないわよ」
「だからこそ撮るべきだったなぁって」
「それこそ本当に黒歴史じゃない」
「でも、私の中にはまだあるよ?」
「ちょ、やめて。忘れなさい」
「あんなに可愛いの忘れないよ。それに、決断した時の表情はかっこよかったしね」
「カッコいいメイドって何よ…」
「稜子ちゃんでしょ」
「はぁあ…」
実際かっこよかったらしい。
吹っ切れるのも物は言いようか。
後の反動はでかかったようだが。
「あ、そうえいば、渚、明人になんかやられなかった?」
「ん?なんかって何が?」
「帰りの電車で。なんか明人に聞いたらすっごい動揺しやがったのよねあいつ。でも詳細教えてくれないし…」
「え、えっと、んーなんだったかなぁ…」
明らかに目が泳ぐ渚。
分かりやすかった。
「ごまかし下手糞か。何、そんなに隠したいようなことされたわけ?」
「隠したいわけって言うか…なんというか、恥ずかしいというか…」
「はぁ…もう、あいつ何やったのよ…」
「でもね、明人君は悪くないの。あれは、私のせいだから責めないであげて」
「あいつと関わった女は大体そうやっていうのよね…まあ、渚はそういうのじゃないと思うから素直に受け取っとくけど…」
今までは大体そんな感じだった。
いやまあ明人自身も特に何か思うところあって勘違いを起こされそうなことをやっているのではないので、半分くらいは悪くない。
「いや、というか話したら怒られそうで、怖い」
「誰によ」
「稜子ちゃんに」
「私は何だと?」
渚的に、無防備な様子を見せたことを言ったら怒られるというのが稜子に対する認識である。
「じゃ、じゃあさ。で、電車でずっと寝てたら、降りないといけない駅についても永遠と眠ってたことについてどう思う?」
「都会の方の気分抜けてないんじゃない?」
「全く持ってその通りです」
「あと危機感持ちなさいよ。一応明人隣にいたんでしょ?」
「え、神谷君って、危ない人?」
「いやそうじゃないけど、例えよ例え」
「うーん、でも、神谷君だしいいかなって…」
「いや…よくはないでしょ。万が一何かあっても困るし…」
「うーん、まあそっかあ。この間は困らせたしね。気を付けるよ」
お互いに滅茶苦茶困ったのは間違いない。
「それに…そのまま寝てたらどこ行くか分かんないわよ?終点遥か先だし…」
「そうなんだよね…気を付けないといけないよね…」
「本当に気を付けてよ。一本逃したら1時間はいないといけなくなるんだから」
「うん、本当に気を付けるよ。色々気まずかったしね」
「…まあ、なんかお互いに恥ずかしいことがあったみたいだから聞くのはやめといたげるわ。明人も明人だけど、渚も大概ね…」
「危機感を持って、生きてきます」
なんか説教食らった渚であった。




