後日
「ありがとうございましたー…ふぅ」
カウンター内で息を吐く稜子。
民宿「しろすな」からそう離れていないところにある本屋で、今日も彼女は店番をしていた。
まあ店番と言いつつもお客はそうそう来ないので結構好きにやっている。
「普通のお客さんの相手したの久しぶりね…」
頭によぎるのは、最近付き合いが復活した1人の少女と、腐れ縁の1人の男。
お客がいないのをいいことになんかたまり場になってる気がするこの場所。
特に男の方は頻繁に来る割には、今のところ本を買っていったことは無い。
少しは渚を見習ってほしいものだと心でつぶやく。
「稜子ーいるかー」
「いないわ」
「いるじゃないか」
そんなことを考えていたせいか、本人が顔を出す。
別に心で思っただけで噂をしたわけではないのだが。
「あ、この前文化祭ありがとな。楽しかった」
「別に、呼んだ記憶無いんだけど。勝手に来ただけじゃない」
「まあ、そうなんだけど。そっちの文化祭は純粋に楽しめたからな。行ってよかった」
「ああ…あれね?」
稜子の脳裏によぎる例の文化祭で流れた映画。
稜子本人は学校の都合により参加できなかった明人サイドの文化祭であったが、渚から聞いた話が面白過ぎたので、無理矢理本人からデータを借り受けて、中身は拝見済みである。
「あんたよくあんな歯の浮くようなセリフ吐けるわね?悶死しないの?」
「あれについては渚にも言ったけど、俺がやりたくてやったわけじゃないからな!俺はむしろやりたくなかったんだよ」
「ノリノリだったじゃない。俺にはお前しかいない…、お前は俺だけを見てればいい…、ふふ、うっとりしちゃうわね?」
「がああああ!言うなあぁ!」
「あははっ!」
耳をふさいで絶叫する明人。
苦い記憶である。
間違いなく黒歴史入りだろう。
「ふふ…まあなまじ顔はいいから見てられたのが不幸中の幸いね?俺様系、実際でもやってみれば?新しい女の子寄って来るかもよ?」
「これ以上寄ってこられたら困るんだって!新しく女子の囲み増やしてどうすんだよ!稜子も知ってるだろ!」
「それ、聞いた人によっては刺されそうね?あんた」
明人の人生は女子と共にあると言っても過言ではない。
顔がよくて、文武両道な明人であるため、昔から非常にモテた。
ありえないほどモテた。
小中高と周辺に女子がいなかったことが無いのである。
「というか実際にあれ以降女子の目線が変わってる気がして怖いんだよ!」
「そりゃまあ、あれ見たら顔は知られるわよねー。これで名実ともに学校の王子様ってわけね」
「嫌だよそれ!」
「日頃の行いでしょうに。そもそもあれを撮影する羽目になったのもそのせいでしょ」
「うぐっ…」
実際女子からの押しを止めきれなかったというのが敗因である。
そこまで気合の入っていなかった1テイク目で終わらせることだってできたはずなのだ。
それをしないあたり、人がいいのかヘタレか。
「そういえば、あんた渚にまたなんかやってないでしょうね。文化祭2人きりだったでしょうし」
「え、な、なんでだよ」
「ただの勘よ。今の動揺で確信に変わったけど」
「うげっ」
「うげっじゃないわよ。女子に下手に勘違い起こされたくないとか言っときながら、相変わらずそういうことは止まらないのね?」
「こ、今回は本当に不可抗力だったんだって!」
電車のお姫様抱っこ事案である。
やらなきゃ恐らく1駅以上先に行っていたので不可抗力と言えば不可抗力か。
「あんた何回それを言い訳にしたのよ。たぶらかすのもいい加減にしなさいよ」
「たぶらかしてなんか…」
「たぶらかされたけど。私」
「う…」
「全く…その辺いい加減なんとかしなさいよね。渚が私みたいになっちゃ困るのよ」
「努力します…」
相変わらずこれを言われると弱い。
かつて振った相手であるため、罪悪感は当然あるのだ。
逆らえる気がしない。
なお一応今回は渚に非があるので、明人のみが悪いわけではない。
ただ流石に内容を稜子に伝えるのは恥ずかしすぎて無理だった。
「ま、まあそれはともかく、そっちの文化祭楽しかったぞ」
「そう、ならよかったけど」
「啓介のあれはちょっと笑っちまった」
「まあ、無理矢理着せたからね。面白そうって理由だけで」
あの時クラスにいたメンツは全員メイド服を着せられていた。
ノリノリなやつから、とてつもなく嫌がってるやつまで全員である。
啓介は後者であった。
「それに…俺ああいう感じのとこ入ったこと無いから新しくて面白かったぞ」
「まあメイド喫茶とか行くタイプじゃないわよね。行く必要ないくらい女子いるし周辺に」
「そ、それは関係ないから」
「どーだか」
「あ、あと、稜子の…」
「あれは忘れて」
「え?」
「忘れなさい」
「いや、無理だろ」
「嘘でもいいから忘れるって言って。…はぁ、なんであの時暴走しちゃったのかしら私」
「そんなに気にしてたのか?気にしてないと思ってたんだが…」
「あの時はね。まあその、何よ、やってる最中は謎の高揚感だけだったわよ。後よ、後。ああいうのって後から来るのよ。…思い出したら顔熱くなってきたわ」
その場の雰囲気というものがある。
普段は流されるタイプではないのだが、相手が渚と明人であったことと、文化祭という状況が稜子を暴走させた。
その時はともかく、いざやっちゃった後、冷静さを取り戻した頭では、だいぶこう羞恥に響くものがあったようである。
「あれは、その、男気を感じた。力強さを感じたよ」
「それ褒めてんの?ねえ?」
「褒めてるって」
「はぁ…あの後クラスの子からも散々いじられたのよ。あんな大きな声でやるもんじゃないわね」
まあ周りが羞恥なのか意図的なのか、割と蚊の鳴くような声で対応してるのが多い中のあれである。
そりゃ目立つ。
「でも稜子のあんなのなかなか見れないからな。驚いちまった」
「もうそれ以上言わないでよね。記憶から削除して。見なかったことにして」
「無茶言うなって。俺のあのクソ恥ずかしい映画も見せたんだからおあいこってことで」
お互いに黒歴史を生み出した文化祭であった。
できれば積み重ねたくはないものである。




