もう一人のお祭り
夕方ごろ。
民宿「しろすな」を出発した渚が、この町唯一の駅へとたどり着いていた。
「あ、渚ーこっちー」
「おはよー。お待たせー」
「もう夕方だぞ」
「その日初めての人にはとりあえずおはよって言ってるだけだよ」
「そうなのか?ま、おはよ。渚」
「おはよおはよ。まあ癖だから気にしないで」
適当に挨拶をかましたところで渚の目が稜子達の服装へと向けられた。
2人とも本日は夏祭りということで浴衣である。
なお渚は普段通りである。
それでもお洒落なだけ咲希より遥かにマシだが。
「そういえば稜子ちゃん浴衣なんだね。可愛い。それに神谷君も浴衣だね」
「そう?ありがと。まあ私毎年だから普通になっちゃってるけど」
「え、俺ついで?ちょっと凹むわ」
「え、まあ似合ってると思うよ」
「すっごいついでね?」
「なんというかフォローになってないんだが…」
「まあまあ、とりあえず3人揃ったってことで行かない?」
「華麗なるスルーね。まあそうね。行きましょ」
「そうだな。乗り遅れるとまずいし。待ってるあいつも困るだろ」
「えーっと、啓介君だったっけ?どんな人だろー」
「え?ああ、啓介も忘れてるのか」
「悲しいことに私は何も覚えてないよ」
「それホントならちょっと病院行った方が…」
「まあ、またそのうち余裕ができたら」
「いや、冗談だから、本気にしないで」
「それでもね、罪悪感はあるから、色々と」
「…まあ、会えば分かるでしょ」
ある意味3人とも渚の記憶の扱いが手慣れてきていた。
□□□□□□
電車に揺られて数分。
1本向こうに行ったところで、一人の少年が乗車してきた。
「あら、啓介。数日ぶりね」
「よう、3人とも。1人すっごい久しぶりだけど」
今日稜子が連れてきてもいいかと聞いていた、立花啓介である。
稜子と同じ高校に通っている。
一応3人との幼馴染でもある。
「えっと、啓介君だよね?」
「えーっと、そういう君は白砂さん…でいいんだよね?いや、久しぶりすぎてなんか本人かどうかの実感が…」
「お久しぶりです。と言っても、私は全然覚えてないんだけど、ごめん」
「ああ、こう言っちゃあれなんだけど…正直俺もそこまで覚えてなくて…えっと、じゃあまたよろしく」
どうやら今回は渚だけではなく相手もそこまでしっかり覚えていなかったようである。
数年の歳月おそるべし。
「よろしくね、えーっと。啓介…君?」
「よろしく、白砂さん」
「すっごい他人行儀ね…」
「まあ、お互い忘れてるみたいだしいいんじゃないのか…?」
実際お互いに初対面みたいなもんである。
こう感覚としては友達の友達に会ったあれに近い。
つまりちょっと困る。
「うーでもなんて呼べばいいか分からないんだよぉ」
「んー俺も白砂さんだとちょっと他人行儀すぎか…?かといって昔みたいにちゃん付けもどうかと思うしなぁ…」
「そーだねぇ…啓介君は普段友達からなんて呼ばれてるの?」
「俺?俺は…一番多いのが啓介呼びで、次が苗字の立花かなぁ…」
「じゃ、啓介君で」
「逆に、そっちは、どう呼ばれてる?」
「そうだね、2人からは渚って呼ばれてるよ」
「んー…白砂さんさえよければそれで呼んでも?」
「うん、全然いいよ」
「じゃあ、渚って呼ぶことにするわ」
「じゃあ改めてよろしく啓介君」
「よろしく、渚」
渚は、渚呼びが安定した。
□□□□□□
普段より明らかに人が多い電車に揺られて数十分。
車内で会話して多少なりとも打ち解けたあたりで目的地へと停車した。
「あとはこっから少し歩けば会場よ」
稜子がさりげなくナビゲートしつつそのまま会場へとたどり着いた。
「思ったより人いるねー」
「この周辺に夏祭りって言えそうなのここくらいしかないからな。お祭り好きな近所の人はみんな来るんだここ」
「成程ねー」
明人が祭り情報を渚に流しつつ、中へと足を踏み入れる4名。
実際花火までまだ2時間くらいあるにも関わらず、既に会場はだいぶごった返している。
近辺住民はみんなここに来るようである。
「とりあえず飯食べようぜ飯!」
「啓介、あんたいきなり食うとこからか」
「私も食べたい!」
「まーいいんじゃないか。花火までまだまだ時間もあるしさ」
「じゃあじゃあ、みんなで色々買ってシェアしようよ」
「賛成。そっちのが財布のダメージ低そうだし」
「まー私は、別にいいけど」
「俺もそれで。小腹は空いたしな」
というわけで屋台巡りである。
数は豊富にあるので、それぞれ思い思いの屋台へと足を運び、好きなものを買ってきた。
一応シェア予定なのでシェアできそうなやつだが。
「ねーねー神谷君。その唐揚げ棒1個と私のお好み焼きちょっとだけ交換しない?」
「ん?いいけど」
早速渚が明人に絡む。
明人は唐揚げ、渚はお好み焼きである。
「あ、ほんと?はいじゃあこれ」
「ん、じゃあこれ」
そうしてそのまま突き出される食べかけのお好み焼き。
それに対して明人も唐揚げ棒をそのまま相手に渡す。
「んーやっぱりこの唐揚げ美味しいね!」
「そ、そうか?」
「うん、すごい美味しい。でもそっちのお好み焼きもおいしいでしょ」
「え、ああ、そうだな」
大して考えずにシェアしてた明人であったが、渚の食べかけに手をつけたあたりで頭に色々よぎったらしく、多少固まる明人。
なまじ顔がいいので女子と付き合いは多いが、こういうことあんまりやったことなかったようなので仕方ないのかもしれないが。
「え、美味しくなかった?」
「え?いやいやいや、そういうわけじゃ無いぞ。こっちも普通に美味かったからっ」
「そう?ならいいんだけど。今度は稜子ちゃんに渡してこよー」
明人の内心のちょっとしたドキマギなんざ知るわけもなく、そのまま少し後方を歩く啓介、稜子の2名のもとへと向かう渚。
行ってみれば、何やら2人、いい争い中であった。
「ちょ、啓介っ!少しって言ったじゃない少しって!どんだけ持ってってるのよ!それ4分の1!」
「いいだろ、俺の5個しかないの1個持ってたんだからさー」
「たこ焼きと綿あめを同じ比率で考えないでよ!」
「いいだろ半分とかじゃないんだから!」
「そんなの論外でしょうが!」
分量問題である。
啓介は結構食べる系男子なようだ。
「ねーねー2人とも。ちょっと頂戴。交換しよー」
「お、渚。いいぞいいぞ」
「渚、気をつけなさい。こいつのちょっとはちょっとじゃないわ」
「ん?食べたかったら食べていいよ?その代わり私も貰うから」
「おっけーほら」
「やったーたこ焼きだー。じゃあ啓介君にもこれ渡すね」
「お、お好みじゃん。じゃあちょっとだけ…」
「いやどう見てもちょっとじゃないでしょそれ…」
明らかに残りのお好みの3分の1くらい持ってく啓介。
遠慮という概念は無いらしい。
「口大きいね」
「ふぉう?」
「口に物入れて喋るなっ!」
「稜子ちゃんもちょっと頂戴、交換しよ」
「思いっきり砂糖菓子だけど…いいの?味混ざらない?」
「その時はその時で」
「そこを当たって砕けろで行くのはどうかと思うんだけど…」
綿あめを少々交換する渚。
そんなことをやっていると、前方にある種取り残されている明人がだいぶ前に進んでいた。
「神谷君がめっちゃ前に行ってるね」
「ああ、あいついっつもああだから。まあどうせ行く場所なんて分かってるからどうでもいいけど」
「ふーん、成程。じゃあ次どこ行くか聞いてくる」
そうして明人のところへ帰ろうとしたときに、歩いていた別の集団に飲み込まれた。
「ひゃっ!」
人混みはなかなか恐ろしいもので、向かうべき方とは違う方に流されていく渚。
「え、あ、前見えない」
なまじそこまで背が高いわけでもないのが災いし、しばらくして解放されると、前方に見えていたはずの明人の姿はどこにもなかった。
「とりあえず神谷君どこだろう」
軽く周辺を見てみるが、明人の姿はどこにもない。
じゃあ仕方ないのでいったん後ろの2人のもとに戻ろうとするが、そっちもやっぱりいない。
「え、稜子ちゃんも啓介君もいない」
というかそもそもさっきと景色が違う。
人混みに飲まれている間にだいぶ流されていたようである。
「待って、迷子?」
誰も待ってはくれないが迷子であった。




