ミスマッチ
「じゃあ行ってくるね。あ、そうだ、今日大月さん来るんだよね?」
「ん、ああ来るらしいけど」
「夕飯食べてってもらったら?」
「お前がいいなら」
「私は全然いいよ。じゃあそれだけ伝えといてね」
「おけ。分かった。じゃあまた後で」
そんな風に渚を送り出して民宿「しろすな」2階に戻る咲希。
先日美船から宣伝とかした方がいいんじゃないかとか言われたので、ちょっと調べたりしてた咲希である。
実際調べたところ、周辺にある他の宿はなんだかんだブログだのホームページだの持っているので認識が甘かったことを思い知らされた。
そしてしばらく後、「しろすな」に響くインターホンの音。
「はーい!」
別に調べものしてただけなのでヘッドホンを付けているわけでもなかった咲希の反応は早かった。
そのまま1階に駆け下りると玄関口を開く。
「たのもー」
「…それとりあえず来るたびに言いはするのね?」
「まーまー前回も前々回もやったから言わないといけない気がして」
玄関口に立っていたのは美船であった。
今日はあらかじめ来ることが分かっていたので咲希もそれほど驚いてはいない。
「今日はいきなり上がってこなかったな」
「あたしもさすがにお仕事の邪魔はしたくないしねー。前まではここがなんなのか忘れてただけで。…まあでも今日もお客はいなさそうかにゃー?」
「残念ながら閑古鳥鳴いてるわ」
今のところ次の客が来る予定はない。
咲希的には嬉しさ半分、焦り半分である。
下手に気を張る必要が無いという意味ではいいのだが、いかんせんそこまで貯蓄に余裕があるわけでもないので。
「そういえば、雅彦さんは?」
「兄貴もそう遠くない内には来るよ。まー今日はあたしはおまけみたいなもんだしねー…あ、来た来た」
「しろすな」の入口を見やると、ひとりの男が歩いてくるのが見えた。
美船の兄にあたる雅彦である。
「こんにちは。雅彦さん」
「どうもです咲希さん。…美船、また迷惑かけてないだろうな」
「大丈夫だって、今日は大人しかったから」
「今日はってのが引っ掛かるんだが…」
前回までは突然の来訪と躊躇の無い2階突撃にちょっと悩まされたのでまあ今日はというのは間違いではない。
「じゃあ2人ともどうぞー」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
というわけで家に上げる咲希。
なんだかんだ客以外で来訪した人物をちゃんと家に上げるのは初めてな気がしなくもない。
「じゃあ2階に…パソコンそこにしか置いてないので」
そもそも今日雅彦までわざわざやってきたのは、「しろすな」の宣伝のためである。
とりあえずネット上にページ作ろうぜという美船の話を受け入れた形である。
「あ、分かりました」
「お、今日は合法的に上がれるっ」
「いや、分かってたならいきなり上がるなよ。人様の家だぞ」
「ふふーん。前来た時に正式にお友達に戻ったからもういいもんね!」
「流石に勝手に上がってくるのはやめて」
見られて困るものとか特に無いが、単純に驚くのでやめてほしい。
「先に私の部屋行っといて。2階突き当り左の部屋だから」
「らじゃー」
「分かりました」
そう言うとそそくさと1階に戻る。
まあ一応客なので飲み物の準備だけはしてくる。
さて2階に放り出された2名。
そのまま言われた通り突き当り左の部屋にまで行ってみる。
「ここかな?」
「ここじゃない?開けてみれば分かるでしょ」
「…勝手に入っていいのか?」
「まーまー今日は咲希の許可も貰ってるしいいっしょ!」
というわけで扉に手をかけ開け放つ美船。
開けてみれば何やらクッションやらぬいぐるみやらが目に付く部屋があった。
パソコンは置いてあるがぬいぐるみのせいでファンシー感あるベッドとかとの対比がすごい。
「…あれ?咲希の部屋ってここなの?」
「え、でも突き当りって言ってたしここじゃないのか?」
「咲希感無い」
酷い言い草だが、実際普段は可愛いの無縁の咲希なので分からなくはない。
「こっちの部屋見てみましょ」
「お、おい、そっちは違うだろ」
「突き当りって言ってただけだし、こっちかもしれないじゃん?」
というわけで隣の部屋を開け放つ。
隣の部屋と一変、白と黒を基調にした部屋で、モダン感がすごい部屋である。
こちらにもパソコンは置いてあるが少なくとも隣の部屋の状態と比べるとミスマッチ感はない。
「ふんふん、こっちが咲希の部屋じゃない?」
「…それっぽいけど」
「じゃあこっちなんでしょー入って待ってよ」
「でも突き当りではない気が」
「まあまあ、言い間違えたんじゃない?」
雅彦は悩み顔をしていたが、美船と一緒にそっちの部屋に入った。
ちょっといい香りがした。
「やっぱり咲希って部屋もこんな感じなんだなー女子っぽさ全然ないわ」
実際問題、咲希の普段を見ている人ならこっちが咲希の部屋だと思うのだろう。
が、そうは問屋が卸すまい。
しばらく経つと咲希が顔を出した。
「あ、こっちいた」
「あ、咲希。先に入ってんよ」
「お邪魔してます」
「こっち、渚の部屋だから。私こっち」
「…え?」
こっちは渚の部屋である。
実際置いてあるタンスの中とか見れば確実に分かる。
ぱっと見少女少女している渚の部屋とは思えないかもしれないが、細部まで見てやれば間違いなく渚の部屋なのである。
「あ、すいません!ですよね!ほらみろ突き当りって言ってたからやっぱり向こうじゃないかっ!」
「え!だってえ、この部屋だよ!なんか可愛いの置いてあるじゃん!」
慌てて廊下に飛び出す雅彦と美船。
そのまま咲希の部屋の方を除いて出たセリフがこれである。
「悪かったななんか可愛いの置いてあって!」
「え?え?ほんとにここ咲希の部屋なの?」
「だからそうだって。突き当りって言ってただろ」
「ほー…」
そう言いながら中に入っていく美船。
そのままベッド上のぬいぐるみを手に掴んでフニフニし始めた。
「ちょ、綿潰れるだろやめろっ」
「へー、ほーこういう趣味があったのかぁ…」
「…しゃあないじゃん好きなんやもん」
別にこれは偽りではない。
元々こういうの好きなのである。
それを見越してなのか、最初からこの部屋にはいくつかぬいぐるみとか置いてあったのである。
なお、数か月間経つにあたり、増えている。
わざわざ買っているのである。
どんだけ好きなんだ。
「あ。雅彦さんも入ってください。遠慮せず」
「あ、え、えーっとお邪魔します」
なんとなく入りづらかったのか廊下に立ったまんまだった雅彦を押し込める。
先に入った美船は早速ベッド上に寝転びだしている。
「ちょ、ベッドぐちゃぐちゃにするなよ」
「大丈夫大丈夫。あたしそっちのお仕事終わるまではこの子たちともふもふしてるから」
「潰すなよ!元の形戻らなくなるから!」
「分かったって。大丈夫だから」
結構大事にしてるようである。
まあ寝る時実際持って寝てたりするのである程度大事なのだろう。
の割には結構自分は押しつぶしている気がするが。
「あ、じゃあすいません。お願いします」
「はい。じゃあえっと、これでやってけばいいですかね?」
「あ、はい、お願いします」
そのままパソコンの前に座る雅彦。
どうやら手慣れているようでさらさらと作業を進めていく。
「…というかすごいですねこのPC。自分が使っているのと全然違う」
「あ、えーっと、PCゲームとかすごいやるんでそれで…」
「へえ、咲希さんもパソコンゲームやる人なんですね」
「もってことは雅彦さんもやるんですか?」
「ええ。一人の娯楽と言えば読書かネットくらいなものだったので。パソコン触ってたら自然とそっちに」
「ゲーム機は無いけどパソコンは置いてあったからねーうち」
後ろから補足を入れる美船。
いつの間にか完全にベッドに倒れている。
その腕には大きめのぬいぐるみが抱えられていた。
「え、何やるんです?」
珍しく自ら聞きに行く咲希。
あんまり自ら会話広げに行かないので珍しいと言えば珍しい。
「そうですね、最近だと…」
いくつか遊んだであろうゲームの名前を挙げる雅彦。
その中には咲希の知っているものも含まれていた。
「へえ、あれやってたんですね」
「ええ、アクション好きだったので。あ、あとキャラが好みで…」
「え、ちなみに誰派ですか」
「えーっと…自分髪長い方が好みなので…」
「ああじゃあ後半の」
「ああ、そうですそうです」
話に花を咲かせる2人。
あんまり語る相手もいないので、咲希も咲希で久しぶりにちょっとテンション上がっていた。
話しながら作業を進める雅彦。
「あ、そうだ。突然こっちに話し戻しますけど、デザインとか考えてます?」
「え?ああ、こっちか。えーっと、スイマセンその辺詳しくないもので…」
「特に何かあるわけじゃないなら自分流でやっちゃいますけど大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないです。うちのことが分かれば十分なので」
「じゃあページ作っちゃいますね」
というわけで作業を進めていく雅彦。
手慣れているのだろう。
止まることなく進めていく。
その間、咲希は問題ないと言っておきながら横から色々とデザインに口出ししていた。
どこが問題ないんだ。
「じゃあ、ホームページこんな感じで…あーブログとかつけといたほうがいいですかね?」
「ブログか…どうなんだろ、近況報告くらいにしか使わなさそう…」
「まあ、有って困るものでもないと思うんで作っときますね」
「じゃあ、お願いします」
色々言われながら作成していく雅彦。
そのまま時間が流れていった。
「よし、じゃあこんな感じで」
「あ、ありがとうございます」
「公開とかはやっとくんで。また何かあったら呼んでください。暇あれば来ますんで」
「いや、ほんとにありがとうございました。また頼らせてもらいますね」
そろそろ夕方に差し掛かったあたりで、作業が終了したようである。
時間的には2時間くらいだろうか。
「あー終わった?」
「終わった。というか美船、ほんとに今日なんでついてきたんだ?」
「えーなんか咲希の部屋に入れるかなーって」
「理由それだけ!?」
「まあ暇だったけど、咲希のこういう趣味知れたからいいかなーって」
ぬいぐるみ抱えてそういう美船。
「知らせる気は無かったんだけど…」
「まあまあ、可愛い趣味あるのは悪いことじゃないって」
「隠す気は別に無いけどな」
まあ部屋に入れる時点でばれるの覚悟である。
そこまで気にしてない。
「じゃあ、僕らはそろそろこの辺で…」
「そーだね、お邪魔ー」
「あ、どうせなら夕飯食べてってくださいよ」
「え、いいんですか?」
「迷惑じゃないなら。まあ作るの私じゃないけど」
「まあ咲希に作れるわけないかー。ということは渚ちゃんの手料理食べれるやった!」
「いやまあそうなんだけど、その言い方はどういうことなんですかね…?」
実際できんので何も言えない。
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「というかあたしもいいの?」
「流石に追い返したりしないって。もともとその予定だったし」
「じゃーあたしも!」
ということで、4人で夕飯囲うことになった。
ちょっと賑やかな夕飯になったのは想像に難くない。




