戦場
「じゃあそろそろ行ってくるね」
「行ってらー。あ、帰るの何時くらい?」
「決めてないけど、暗くなる前には帰るよ」
「おっけ。まあまた帰る段階で適当に連絡よこしといて」
「分かった。じゃあ行ってくるー」
「いってらー」
民宿「しろすな」。
持ってる服の中でスポーツに向きそうな格好に着替えた渚が丁度出ていくところである。
本日はとある約束の日。
具体的には、過去友達だったらしく、改めて最近友達になった、明人及び稜子とのテニスに誘われているのである。
なお最初はスカートやめようかなとか思ってたが、それ以外がショートパンツしかなかったのでやめた。
ショートパンツでテニスやるくらいならまだスカートのがましというのが渚の意見である。
「お待たせ、待った?」
「いいや、全然?」
「まあ、勝手に数分早く来てただけだからね」
玄関口から外に出て、庭部分を抜けて道路に出れば、すぐ脇に2人の姿があった。
やけに大きなバッグの明人と、髪を後ろで結んだ稜子である。
「あれ、稜子ちゃん。ポニテなんだ」
「ん?ああ、これ?運動するときに長いのそのままだと邪魔なのよね。だからいっつもこうよ」
「普段と印象違うね」
「そう?」
普段は長い髪を後ろに下ろしている稜子。
今日は動き回るということでポニテにしているようだ。
「渚は準備大丈夫か?」
「大丈夫だよ。飲み物くらいしか用意してないけど」
「ん、大丈夫よそれで。じゃあ行きましょうか」
「そういえば、どこのテニスコートに行くの?」
「こっから歩いて15分くらいのとこにあるんだ。そこに行く予定。…というかこの辺だとあそこしかないからな」
周辺は海を除けば遊べるところは少ない。
今回行こうとしている場所も、数少ない遊べる場所の一つである。
「あ、もしかしてあっちにあるとこ?」
「ああ、そうだけど、渚、知ってたのか。渚がここを出てってからできた場所だけどあそこ」
「うん。帰ってきてから歩き回ってた時に見つけたんだよね」
「へー、散策したんだ。そういえばあてもなくうちに来てたわね」
「あれは、稜子ちゃんに話しに行ったのもあるからっ」
「まあそういうことにしといたげるわ。…あ、明人、渚の分のラケット持ってきてる?」
「ああ、ちゃんと持ってきた」
明人の背中に背負われたテニス用バッグはそこそこ大型である。
結構ラケットが入りそうである。
「神谷君、それ何本持ってきてるの?」
「ん?6本だ」
「6本も?多いね」
「まあ、種類が豊富にこしたことないしな。渚がどんなの使うか分からないし」
「ありがと神谷君」
「いいって。普段から多いときはこれくらい持ち運んでるしな」
ということで、スポーツレジャー施設にたどり着いた3名。
受付を通過して、コートへとたどり着く。
「よし、じゃあ準備するか」
そう言いながら後ろのバッグを下ろして、中からラケットを取り出していく明人。
ふとそこで、渚の方を見やる。
「えーっと…渚ってどれくらいの重さのやつならやれる?」
「分かんない。そこまでちゃんとやったことないから…」
「んー…私がかなり軽めだからそれくらいでいい気がするけど…そもそも明人、あんた軽いやつとか持ってるの?」
「無いわけじゃないけど…一応、これが一番軽いか?はい、渚」
「ありがと、神谷君」
「どう、重くない?振れそう?」
とりあえずその言葉に従って軽く振ってみる渚。
「うん、大丈夫かな」
「オッケー。まだ種類あるから別のにしたかったら言ってくれ」
「分かった。ありがと」
「…相変わらず本数凄いわね?どっからそんなに仕入れてきてるんだか」
「俺の小遣いとか誕生日プレゼントとかだいたいここにつぎ込まれてるからな」
そしてラケットを渚に渡し終えた明人がラケットを置いた。
「じゃあ準備体操するから」
「はいはい」
「準備体操するんだね?」
「まあ一応な。やらずにやって体痛めることもあったからな…」
「渚も一応やっといた方がいいわよ。どっかで参加するんだし」
「はーい」
というわけで準備体操を済ませる3名。
特にハプニングが起きたりはしなかった。
所詮準備体操である。
「よっし、じゃあやるか」
「うんじゃあ、私は最初は見てるね」
「ん、そう?まあいいけど、後でやりましょ。私も延々とこのテニス馬鹿の相手したくないし」
「だから馬鹿はないだろ」
「四六時中やってばっかでよく言うわ」
「そんなにテニスばっかりやってるの?」
「部活と、趣味でやってるくらいだな」
「十分すぎるわよ。生活の7割以上それじゃない」
とかなんとか言いながらコートに入る2人。
とりあえず渚はまず見学である。
上手そうな2人の姿を見てみたい感じである。
「容赦しないわよ」
「百も承知だ。いくぞ」
「ええ、いいわよ」
パンと神谷がサーブを叩き入れる。
スピードも角度もあるそれは、少なくとも素人の打てるそれではない。
「ったく、女子に、というか、私に、容赦なさすぎなのよねっ!」
それに追いすがって文句をかます稜子。
文句こそ言っているが、驚いた様子も特になく、それをいなして返す稜子。
少なくとも、こちらもまた素人ではないのは間違いなさそうである。
そのままラリーが続く。
「よっし」
「はー、相変わらず、ちょっとは手加減しなさいよね!」
「稜子相手なら遠慮はいらないだろ」
そこから数回のラリーの末に、稜子がまず届かないであろう場所にボールを返した明人がまず最初のポイントとなった。
2人とも後方での打ち合いだったのにも関わらず、すさまじいラリーの応酬になっているあたり、相当やりこんでることが分かる。
「レディーファーストを知らないみたいね全くっ!」
「試合でそれを求めるなよっ!うおっ」
「ふん、ざまあないわ」
そのまま次から次へと打ち合いを始める2人。
本人たちも前後左右に駆け巡りながら、ボールも上に上がるわ、下に滑るわ、緩急もつけまくって目まぐるしい。
「よし、まずは俺の勝ちだな」
「かー負けた。クッソ腹立つ」
最初のゲームを制したのは明人であった。
とはいえ、稜子サイドも手も足も出ないとかそういうのではなく、普通に互角である。
付き合いだけと言っていたが、稜子も相当やっていそうである。
「ふう、じゃあよし、次渚ね」
「えっ!私!?無理、あんなのできるわけないよ!」
「大丈夫よ。なんとかなるわ」
「絶対打てないって!」
「流石に加減するから大丈夫よ。というか明人、あんたは加減しなさい」
「いや、するよ。するに決まってるだろ」
「私の時は一回もしたことないじゃない!」
「そりゃまあ稜子だし…」
「どういうことよそれ!」
そのまま流れで戦場に放り込まれる渚であった。




