妹
民宿「しろすな」にて。
数日ぶりに客が完全にいなくなったので久しぶりに休暇状態である。
まあ日常業務はあるがそれだけなので気は張らなくて済む。
「…あー、チッ」
2階では咲希が真昼間だがPCに張り付いてゲーム三昧である。
疲れたゲームしようの思考回路してるのでこうなる。
「…あ、終わりか。えっと次々」
1階では渚がロビーのソファーに座りながら読書もといラノベ読み中である。
完全に1人でリラックス時の定位置がここになりつつある。
「たのもー!」
そんな時がらりと玄関口が開いてセミロングくらいの髪の一人の女性が姿を現した。
突然の来客にびくっとする渚。
「いや変わってないねここー…お?お?渚ちゃん?」
「え!あ、はい」
渚は目の前の女性に見覚えは無い。
が、なんかこの感じ、デジャウである。
「やー久しぶりー!元気してた?うわ、前はまだ女の子ーって感じだったのにだったのにすっかり大きくなってんね!」
その言葉で確信する渚。
ある種もう慣れたものではある。
いかんせん似たような遭遇はこれで4回目であるので。
多分過去に付き合いあったとかそういうのだろうかなと。
「あ、そういえば咲希いる?」
「あ、えっと上に」
「おっけ了解っ。ちょっとお邪魔しまーす!」
もはや渚に何か言う暇をほとんど与えずに2階へと駆け上がっていく女性。
どこかぽかんとした表情でそれを見つめる渚。
そうこうしているうちに再び玄関口が開く。
「ちょ、待てっ美船!あ、渚ちゃん」
「お、大月さん?こんにちは」
大月雅彦。
この民宿「しろすな」の飲料周りを担当している青年である。
何故かそれが女性を追いかけるように入ってきた。
「こんにちは…じゃなくてっ、ごめん今ここに来た人いると思うんだけど、どこに行ったか分かる?」
「えっと、2階です」
「あいつ…ごめんちょっとお邪魔します!」
そう言うとそのまま2階へと駆けていく雅彦。
どこかぽかんとした表情でそれを見送る渚。
「…あっ、待って、ちょっと待ってくださいっ!」
いきなりすぎて面食らっていた渚であるが慌ててそれを追いかけ始めた。
流石にスルーは無理だった。
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「咲希ー!咲希ー!いるんでしょー!出てきなさーい!」
どたどたと2階に駆け上がった女性は咲希の名前を呼びながら2階の散策を始めていた。
当然声を上げて名前なんぞを呼びあげれば、壁の薄い「しろすな」であるため、咲希にその名前が届かないはずが無い。
「誰っ!」
「あ、咲希ー!久しぶりー!」
その声に反応した咲希が部屋の扉を開けて顔を出す。
少なくとも声からして渚ではないことは分かる。
怪訝な顔で廊下に出てみれば、女性が一直線に咲希の下に向かってきた。
「いやーほんとに久しぶりっ!元気にしてた?元気だったよね?相変わらずあんたは女っ気無いわね!」
「え、ちょ…誰?」
なんかすごい名前呼ばれるので、誰かしら見知った人間かと思えばほんとに知らなかったのでこの反応である。
めっちゃにこやかな笑顔を咲希に向けているが知らない顔である。
「えー誰は酷くない?昔いっぱい遊んだじゃん!ほらほら、大月美船だよっ!」
「いや知らんよ!」
はっきり知らんと突っ込む咲希であるが、相手は止まるところを知らないようである。
「久しぶりに帰ってきたんだけどさーとりあえず咲希に会おうと思って来ちゃった!」
「いや、来ちゃったってここプライベート空間だからっ!降りて!」
思わず突っ込んだところで階段サイドから別の人間が顔を出した。
「おい、美船っ!勝手に上がるなよ!ここ関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「え、雅彦さん?知り合いですか?」
「あ、咲希さん。すいません、妹です…」
「妹さん!?」
階段から顔を出す雅彦。
それに続く渚である。
そしてさらっと言われたが雅彦の妹らしいこの女性。
名を大月美船という。
「大丈夫大丈夫、あたしと咲希は友達だもん、関係者関係者ー。ねー咲希」
「ねーって知らんから!」
「うわひっど!」
ほんとに知らんので仕方ない。
渚はどこかデジャヴめいたものをまた感じていた。
ここ数週間の間で起きたことそのまんまである。
「え、美船。咲希さんと知り合いなのか?」
「そーだよ?知り合いって言うか友達だよ!咲希がここを出てくまでよく一緒に遊んでたんだから」
「…そうなんですか?」
「え、えぇ…?そうなんですかね?」
「…美船、ほんとか?」
「そんなとこで嘘はつかないって」
微妙な反応になっているが咲希はこういう経験は初なのでこうもなる。
「うん、じゃあ元気そうなのは確認できたし今日は行くね!まだあたし帰って来たばっかりだし、また落ち着いたら来るからっ!咲希、またね!」
「え?」
咲希の応答ももはや待たずに階段を下りていく女性こと美船。
後には結局誰だったのかよく分かっていない咲希と雅彦、階段を一緒に上がってきた渚が取り残された。
「…えっと?」
「すいません!こんなことになるなら連れてこなかったんですけど…」
「妹さん、なんですよね?」
「ええ、今日ここに帰って来るって言ってたんで駅まで車で迎えに行ってたんですけど…突然ちょっと止まってって言われたらここに駆け込んでっちゃって…」
「あ、あはは…そうだったんですね」
「妹と、咲希さんお知り合いだったんですね。すいません、それすら知らなくて」
「いえ、大丈夫ですよ」
咲希サイドも知らないのでみんな知らない。
多分知ってるのは美船本人だけである。
「兄貴ー!早くー!」
「あいつは…すいません、一応家まで妹送らないといけないので失礼します。ご迷惑おかけしました」
そういうと雅彦も2階から降りて行った。
そのまましばらくすると1階の扉が開かれる音がして閉まった。
後には咲希と渚だけが取り残された。
「渚。あの、なんだっけ、あいつ、道のど真ん中で突然声かけられたっていうのあったじゃん」
「ああ、神谷君?」
「ああそう、それ。…それこんな感じだったん?」
「うーん…方向性は違うと思うけど似てる」
「マジかよ。本気で誰だよってなったんですけど」
「もう私何回もあったから慣れちゃった」
「何回もあったのかよ」
「うん。なんか、意外と私たち顔が割れてるみたいだから、よくあるんだよね」
結構何かとどこそこの誰々と言われることが多い渚である。
意外とここの人たちに顔は知れているらしい。
「…あれ、また来るよねあの感じ」
「来るんじゃないかな」
「だよねぇ…」
頭を押さえる咲希。
「大月さん、妹さんいたんだね」
「あんなに激しい妹は聞いて無いわ」
「誰も言ってないからね」
悩みの種が増えた咲希であった。




