おっちょこちょい
「咲希姉ー」
「んあ?何?」
民宿「しろすな」1階。
そろそろ掃除しようと用具一式持って降りてきた咲希に渚から声がかかる。
渚は朝食の後片付けが一通り終わって、玄関口隣のソファに座っている状態である。
時間が少しできたときとかだいたいここにいる。
「さっきお客さんから今日帰るって言われたよ」
「…あ3泊4日。今日か」
数日前突然の来客から既に4日目。
一応約束された時である。
まあ延長も特に何かないのなら受け付けたりするが、向こうが何も言ってこないなら今日お帰りであろう。
「んー分かった。いつくらいに出るかって何か言ってた?」
「12時くらいでも大丈夫かって聞かれたよ」
「無問題。ん、ちなみにもうそれでいいって言った?」
「いやまだだよ。一応咲希姉に聞いた方がいいかなと思って」
「おっけ、じゃあお客さんに伝えといてもらっていい?」
「うん、分かった。ちょっと行ってくるね」
そう言うと客室にさくっと向かう渚。
この4日間洗濯籠回収などで何度も客室に行っているので慣れたものである。
特に風呂場での一件以降女性客とは時折話す仲になっているので尚更である。
「すいません」
「はーい!」
コンコンとノックをする渚。
しばらくするともう見慣れてしまったお客が顔を出した。
男性客の方である。
奥の方で女性が荷造りをしてるのが見えた。
「あ、どうも」
「おはようございます。先ほどのチェックアウトの件なんですけど、12時で大丈夫らしいですよ」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます。チェックアウト12時で大丈夫だってー」
その辺で男性客が振り向いて女性客に呼びかける。
その声に反応した女性客が手を止めた。
「ああ、すいませんわざわざ」
「いえ、これくらいなら全然大丈夫です。ゆっくり準備してもらって全然大丈夫ですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
「じゃあ私はこの辺で失礼しますねー。また、帰るときに呼んでください」
「はーい分かりました」
ガチャリと扉を閉める渚。
そのまま玄関口のソファーに戻れば咲希が掃除用具を近くに置いたまま座っていた。
「咲希姉、伝えてきたよ」
「ん、ありがと。12時だよね」
「うん。12時だよ」
「分かった。まあそれまで掃除してますかねえ」
「私も洗濯してくる」
「行ってら。まあ12時にカウンターいればいいでしょ」
□□□□□□
そして約束の刻限。
掃除等終わらせてからカウンターにて待機する咲希。
渚も近場で待機中である。
しばらくしたところで客が姿を現した。
大きな荷物を男性客が引いている。
「あ、すいません。わざわざ待ってもらっちゃって…」
「いえいえ大丈夫ですよ」
以前の客でもやった気がするやり取り。
この辺の咲希の回答はだいたいテンプレートである。
「本当に今回突然来たのに受け入れてもらってありがとうございます。助かりました。危うく3日間も野宿になるとこでした」
「いえいえ。こちらとしても閑古鳥鳴いていたので大丈夫です。何か不備等ございませんでしたでしょうか?」
「いえ、むしろこっちこそ色々迷惑かけて申し訳ないです。初日から大声出して本当にすいませんでした」
「あはは…」
ちょっと苦い記憶である。
いろんな意味で。
「では、鍵の方をお願いします」
「鍵、えーっと」
「あ、僕が持ってるよ」
そう言うと鍵を差し出す男性客。
「ありがとうございます。それでは3泊4日で2名ですので…8万になります」
「8万…ちょっと待ってくださいね」
「はい」
財布をごそつく男性客。
「…えーっと、カードはダメですよね?」
「あ…すいません、システム無くて」
「えーっとじゃあ…」
そう言うとお札を何枚も取り出す男性客。
「すいません。万札足りなくて」
「あ、大丈夫です。数えさせてもらいますね」
現れた数枚の諭吉と樋口と野口。
ちょっと枚数が多いが金額さえあってりゃ文句を言う気は咲希にはない。
「…渚、一応数えてくれる?」
「うん。ちょっと待って」
枚数が多かったので渚にも確認を頼む咲希。
お金周りで面倒事は起こしたくないので。
「…うん、大丈夫」
「はい、では丁度お預かりしますね。…ありがとうございました」
「ありがとうございました。いい宿でした。機会があったらまた来ます」
「はい、お待ちしてます」
「…今度は予約忘れないでよ?」
「分かってるって」
そこで女性客が渚に向き直る。
「あと渚ちゃん。ご飯美味しかったです。3日間もありがとね」
「あ、はい!ありがとうございました!また来てくださいね」
「うん。またいつか来ようと思うわ。またね」
「はい。また」
そう言うと玄関口に歩いていく2人を追う渚と咲希。
前回も自然と玄関口で客を見送る姿勢になっていたが、今回も同様である。
まあ今後も継続するだろう。
「それじゃあ、ほんとにまたいつか来ます。ありがとうございました」
「ありがとうございました。失礼します」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
そう言うと客2名は咲希と渚の声を背中に受けながら、玄関口から出て行った。
「…ふー」
「お疲れー咲希姉」
「おつー。いや4日結構長いようで短いな」
「ほんとだよね。もうちょっとお姉さんと喋りたかった」
「まあまた来るって言ってたしいつかまた来てくれるんじゃないの?」
「そうだね」
「しかしカップルが来るとは思わなかった」
「私はお姉さんから色々恋バナ聞けて楽しかったよ」
「なんかめっちゃ仲良くなってたもんな」
「お風呂場でいっぱい話したからね」
「成程」
実際名前呼びされる程度には仲良くなっていたようである。
「よしじゃあ部屋の後片付けして…」
「すいません!」
後片付けしてくるわと言いかけたところで玄関が再び開く。
先ほど出て行ったはずの2人がそこにいた。
「ごめんなさいっ!ちょっと部屋に忘れ物しちゃって…!」
「え、あ、入りますか?」
「いいですか?お願いします!」
「あ、じゃあ渚、部屋開けてあげて」
「うん、分かった。どうぞー」
渚について先ほどまでいた部屋に走る女性。
その姿を入り口にいる男性が苦笑いで見ていた。
「えっと、何をお忘れに?」
「いや、そういえば携帯充電してたよなと思って聞いてみたら、無かったみたいで。慌てて戻ってきた感じです」
「ああ…成程」
「僕の方の荷物は何度も確認してくれてたんで、忘れ物無かったんですけどね。悪いことしちゃいました」
「あはは…」
苦笑いで返す以外の応答が思いつかなかった咲希であった。




