訪問
「ちょっと出かけてくるね」
「今日早いな?」
「そう?普段からこれくらいじゃない?」
実際は1時間くらい早いがまあどのみちフリータイムなので誤差である。
「あれそう?まあいいや、夕飯以下略」
「分かってる。行ってくるね」
「あーい」
夕飯までには帰って来いよすら略しながら渚を見送る咲希。
咲希は今から掃除である。
まあこれもいつものことだが。
「えっと、こっちだったっけ」
民宿「しろすな」を出て歩き始める渚。
ただどうやら今日はただなんとなく外に出たわけではなく、あらかじめどこかに行く予定があるようである。
「あったあった」
そのまま歩いて数十分。
頭の地理を頼りに歩き続けると以前にもたどり着いた記憶のある場所に出た。
とある本屋の前である。
具体的には苑田稜子のいる本屋である。
「お邪魔します」
カランと以前来た時と同じ音が響く。
そこでカウンターに座っていた人物が顔を上げて渚を見た。
「いらっしゃいませ」
その姿を確認してちょっとあれ?という感じになる渚。
そこにいたのは稜子ではなく白髪のおばあさんであった。
少なくとも稜子本人ではあるまい。
見間違えるのは色々と無理がある。
と、そこでおばあちゃんサイドから声がかかった。
「あら…もしかしてあなた、「しろすな」のところのお孫さん?」
「えっ。あ、はい、そうです」
「やっぱりそうよね!どこかで見たことあるなと思ってたのよ」
「ちょっと前にまた戻ってきたんです」
「そうだったの。おばあさまは元気?」
「それが、その…祖母は亡くなってしまったので、「しろすな」の跡を継いだ姉についてきました」
これ自体は事実らしい。
咲希から聞いたし、確認もした。
「あら、そうだったの…ごめんなさいねこんなこと聞いて」
「いえ、全然大丈夫です。まだまだ私たちも実感が無いので」
当然である。
そもそも数か月前まで赤の他人だったはずなので。
「あ、そういえば稜子に会いに来たのよね?きっと」
「あ、稜子ちゃんいるんですか?」
「ええ、ちょっと待ってね。稜子ー!稜子ー!お友達よー!」
そう言いながら奥に消えていくおばあちゃん。
しばらくして走る音が聞こえたかと思うと、稜子が顔を出した。
「やっほ渚。ごめん来てるの気づいてなかったわ」
「ううん、今、特にあてもなく来た感じだから気にしないで」
「あてもなくって…昔もそうだったけど、やっぱり今も渚はふらふらしてるわけ?」
「え、昔もそうだったっけ?」
「そうよ?定期的にどこかに行っちゃってたじゃない。覚えてないの?」
過去の渚も放浪していたようである。
「もうちょっとしっかりしてた気がするんだけどなー」
「その記憶は偽りね。それで?あてもなくって言ってるけど何か用くらいあるんじゃないの?」
「まあね。もうそろそろこの辺は歩きつくした感じあるから、他のとこにも行きたいんだけど、稜子ちゃんって普段服とかどこで買ってるの?」
はっきり言って今いるこの町は狭い。
狭いし何かあると言っても海くらいなので見て回るとすぐに見終わる。
結果行く場所が無くなっている渚なのであった。
「んー服か。そうね、ここじゃ服とかまともに買う店も無いから、電車で4つくらい向こうの町まで行ってるわね」
「あーやっぱり無いよね。電車で4つなんだ。どのくらいかかる?」
「んー日にもよるけど…だいたい30分くらいじゃないかしら?」
「そうなんだ、ありがとう。なら行けそう」
「あ、でも気をつけなさいよ。分かってるとは思うけど一本逃したら1時間後だからね次」
残念ながら都市とは言い難いここに来る電車は1時間に1本。
多くて2本である。
「うん。分かった。あと、また暇な時でいいんだけど、服一緒に買いに行ってくれない?服屋の場所とかも分かんないし、一緒に行ってくれると心強いな」
「別にいいけど、渚あそこって行ったことなかったっけ?昔普通に行ってた記憶あるんだけど…」
「悲しいことにもう全然覚えてないんだ」
そもそも初めから記憶に無い。
過去の渚の記憶は無いので。
「あら、そうなの。まあいいわ。私は今はそんなに忙しくないからいつでもいいわよ。渚はいつなら空いてるの?」
「んーたぶん月曜日とか大丈夫だと思うよ。お客さんも帰ってると思うし」
「あーそっか。そういえば渚は民宿にいるんだったわね…というか月曜日って神谷に振り回される翌日だけど大丈夫なの?」
「え、そんなに激しいの?」
「割と。まあ私は慣れたからそんなでもないけど、本気のあいつとやったあとは結構筋肉痛が酷かったわね」
「うーーー。でも、早くしとかないと、絶対に行けなくなりそうだから月曜日にする」
「まあ渚がいいならそれでいいけど。私は全く問題ないから」
「ありがとー」
流れで約束を取り付ける渚。
ここに来る前もよくやっていた。
「まあ、久しぶりに渚と一緒に遊びたかったし丁度いいわね。そういえば、渚って民宿で何やってるの?まさかニートではないと思うけど…」
「に、ニートって酷いなあ。今はね、咲希姉の手伝いをしてて、私は料理とか洗濯とかしてるよ」
「へぇー渚が料理とかやってんだ。え、じゃあ今あそこに泊まりに行けば渚がご飯作ってくれるってこと?」
「そういうことだよ。でも、食べたいなら今度来てくれれば全然作るよ」
「…ところで、渚って料理できたの?」
「え、なんで?」
「いや、小学生時代であなたが止まってるからそういうことやるように見えないというか…」
「まぁ確かにあの頃はやってなかったかもしれないけど、今は全然作るよ?」
「そうなんだ。ふふ、なら本当に今度お邪魔させてもらおうかな。ちょっと気になるわ」
「ぜひぜひ、来て!」
ここに来る前から料理自体は普通にやっていた渚であったが、ここに来て実際に任されるようになってから、やること自体が好きになった。
誰かに食べてもらえるのは喜びである。
「というか咲希さんはそういうことやらないのね」
「ん?咲希姉はね、もう女子力とかけ離れてるから」
「へ、へぇ…この5年間にどうなったの…」
「なんか気づいたらこうなってたよね」
気づいたら飛んで来てたのであながち嘘でもない。
そして咲希の女子力の無さも今に始まったことではない。
「そういえば、中学どこ行ってたの?」
「中学はね、結構大きい町のとこ行ってたよ」
具体的には不明。
ぼんやりぼかす。
だって知らないから仕方ない。
「引っ越すとは聞いてたけどどこ行くか知らなかったのよね。え、遠いとこ?」
「そうだね…ここからだと、6時間くらいかかるところだったかなぁ」
6時間はここに飛んでくる前に住んでいた土地までそれくらいかかるので6時間である。
なので嘘とも言い難い。
「6時間…結構離れたとこ行ってたのね。あ、そういえば、これ聞いてなかった。なんで帰ってきたの?」
「あ、それね。さっきね、稜子ちゃんのおばあちゃんにも話したんだけどね。咲希姉がおばあちゃんの跡を継いだから、咲希姉に私もついてきたんだよ」
「ああ…そういうことだったのね。へーじゃあ本当に今あそこの民宿咲希さんと渚の2人でやってるんだ。お客さん来てる?」
「うん。ありがたいことにね。今2組目のお客さんが来てるよ」
「その口ぶりは再開したの最近なのよね?それなら繁盛してるのね」
「このペースが続けば、そうだね」
「結局高校にはいかないの?」
「うん、迷ったんだけど咲希姉一人だと大変そうだから私も手伝うことにしたの。もし高校に行くならこっちには戻ってきてないかな」
「へえ、そうなんだ。じゃあある意味再会できたのも民宿のおかげね。…ちょっと不謹慎かしら」
「ううん、私も稜子ちゃんに会えて嬉しいよ」
「でも、忘れてたわよね」
突っ込まれる渚。
「それはそれ、これはこれだよ」
「てっきとうね…」
「でも嘘じゃないから」
「はいはい。そういうとこで嘘つくとは思ってないわよ」
なお、流れで仕方ないとはいえ、話の4分の1くらいに嘘が混じっている渚であった。




