風呂場
「流石にちょっと慣れたな」
「何が?」
「客のいる生活」
「お客さん2組目だもんね」
民宿「しろすな」2階。
居間にあたる部屋で本日の仕事をだいたい終えた咲希と渚がいた。
「最初の客来てた時は正直家に知らない人が常にいる感じあって疲れやばかったけど、まあ今は、うん」
「でも咲希姉上にいること多いから、あんまりお客さんと会ってないんじゃない?」
「まあね。せいぜいお掃除中に会う可能性があるくらいだわな。まあでもいるって感じだけで最初は疲れてたから」
「そういえば知らない人がいると疲れるって言ってたね」
「そうそう」
とはいえお掃除タイムは朝食終わってからしばらく経った後なので、お客も部屋から出てこなかったり、外に行っていてそもそも部屋にいなかったりでやっぱり会うこと自体はそれほど多くなかったり。
一番会話した記憶がカウンター受付時と夜中に起こされた時というのがなんとも言えない。
「じゃあそろそろお風呂行ってくる」
「はい。今日は下で寝るんじゃないぞ」
「今日は流石に寝ないよ!」
そもそも昨日下のロビーソファーで寝た原因はお客さんが風呂から上がってくるであろう時間まで下で待っていたのが敗因である。
今日は上に来ているので少なくとも寝る心配はない。
流石に風呂場に直行して寝ることは無いはずである。
「じゃあ行ってら」
「行ってくる」
そのまま一度自室に帰り、お風呂の用意だけして風呂場の方へと向かう渚。
脱衣所に入り、脱衣籠を確認し、誰もいないことを確認する。
「よし、誰もいない」
そうつぶやくと、ようやく着ている服を脱ぎ始める渚。
別にお客と一緒に入ってはいけないとかそういうルールは決めてないので、一緒でもいいのだが、渚自身が裸を見せるのを嫌がっているので仕方ない。
服の上下を脱ぎ去り、そのままやけに可愛らしい下着も取り外して生まれたままの姿になる渚。
流石に最初のうちはいくら自分と言えど、戸惑いとか色々あったが、慣れとはかくも恐ろしいものであるか。
なおこんなでも本人曰く自意識はまだ全然男のままである。
「…先に体洗わなきゃね」
風呂場に入ってシャワーのある場所のバスチェアに座る渚。
基本的に全部洗ってから風呂の中に入る人である。
「…」
渚の風呂であるが、一言で言うと長い。
そもそもこれに関しては男時代から変わってない。
洗うのが丁寧、ぶっちゃけ遅いので。
が、別にそのことについて何か言う人間も特にいないので、いつも通りゆっくりと髪を洗うかと考えているところである。
が、その時風呂場に繋がる扉が横にスライドした。
「…あ」
ドアの音と、声に反応して渚の目がそちらに移る。
女性が一人。
咲希は渚が風呂から出るまで来るはずないので別の人物。
お客さんである。
「どうも」
「先日はどうもありがとうございました」
「ごめんなさいね。どうしてもほっとけなくて…」
「いえ、私もあんなところで寝てたのが悪いので、本当に助かりました」
「それならよかった」
その辺で渚の隣に座る客の女性。
洗い始めながら会話を続ける。
「そういえば、あなたは高校生?」
「えっと、そのー…年齢は高校生なんですけど、高校には通ってないので、厳密には高校生じゃないんです」
「あら、そうなの。じゃあもうここで働いてるんだ?」
「はい、うちには今姉と私しかいないので私が学校に行くと姉が大変なので手伝ってます」
「えっ!そういえばここに来てから2人の姿しか見てなかったけど…本当に2人でここの経営してるのね?」
「まあ…色々事情があって、そうなんです」
本人にもよく分かっていない。
断片的に分かる内容はあれど、完全に過去が分かったかと言われれば間違いなく分かっていない。
「そうなんだ…大変ね」
「いえ、もう慣れたので大丈夫ですよ。それになんやかんや楽しいですから」
ここで会話が途切れる、お互いに洗う方に集中し始めた。
それから数十分ほど、渚と女性の2人が浴槽の中に入っていた。
先に洗い終わったのは女性の方であったが。
「お仕事、好きなんだ?」
「好きか嫌いかって言うと、あんまり考えたことが無かったので分からないです。でも、お客さんがご飯美味しいって言ってくれると嬉しいですね」
「そういえばあなたがいつも料理してくれてるものね。今日の夕飯も美味しかったわ」
「ありがとうございます。今日のチキンソテーはちょっと頑張ったんです。そう言ってもらえるとすごく嬉しいです」
「私あんまり料理得意じゃないからちょっとあなたが羨ましいわね」
「そうなんですか。得意そうに見えました」
「全然よ、全然。いっつもご飯は彼に作ってもらってるレベルだもの」
「そうだったんですか!そういえばお姉さんとお兄さんの関係はどういう関係なんですか?」
「…彼氏、よ。付き合い始めたのは最近なんだけどね」
「あ、やっぱりそうだったんですね。でも付き合い始めたのが最近だったようには見えなかったです。見るたびに仲がよさそうだったので、もっと長い付き合いに見えました」
「ああ、えっと、彼氏彼女の関係になったのは最近だけど付き合い自体は長いのよ。だからまあ、仲はいいんじゃないかな、と思うわ」
偶にぶん殴りたくなるけどと笑いながら付け加える女性。
それに対して渚も笑顔で返した。
「やっぱりすごく、仲良さそうですね。恋人になったきっかけとかあったんですか?」
「そうね…何かきっかけらしいきっかけがあったわけじゃないんだけど、なんかあいつと一緒に色々やってるうちにやっぱりほっとけないなって感じになっちゃって…私の方から思わず、ね」
「え、彼はどういう反応だったんですか!」
「それがねー…いいよとは言ってくれたんだけど、特に何か変わった感じしないし…今度もう一回はっきり言ってやろうかなって思ってるとこかな」
「えー…お兄さん意気地なしですね。こんなに、しっかり者の人が彼女なのに何もしないなんてよくないと思います」
「ほんとよね!もう、あいつ普段からずーっとふわふわしてるんだから…まあ、だからほっとけないんだけど」
「でも、そういう関係ってちょっと羨ましいです」
ここまで話したところでさも当然のように女性の方が渚に向かって疑問を投げつけた。
「そういうあなたは彼氏とかいるんじゃないの?」
「え゛!わ、私ですか?いないですね」
「えー!?こんな可愛い顔してるのに!?」
素の反応。
普通にそう思っていたらしい。
実際今の渚の顔は客観的にかなり整っているのでそういう反応になるのもおかしい話ではない。
「か、かわっ…!あの、ありがとうございます」
ものすごくうろたえる渚。
今までの人生経験と性別上、こんなことを直接、しかも仲が特別いいわけでもない相手に言われたことなど無かったのでそりゃそうなる。
「同年代の男の子がほっとかないと思うんだけどなー?告白、いっぱいされたことあるんじゃない?」
「全然そんなことないですよ。どっちかというと若干距離感が遠いです」
知らないので何となくの想像で答える渚。
「ああ、そっちかぁ。高嶺の花ってやつね」
勘違いが加速する。
過去が分からないので実際どうだったかはやっぱり分からないが、さすがにそんなではなかっただろうと本人的には確信がある。
「え゛ぇ!高嶺の花ですかっ!そんな大層なものじゃないですよ!」
「そう?見た感じ家事も全部できるみたいだし、顔は可愛いし、性格もいいし、うぶな感じが受けそうかなって思ったんだけど?十分高嶺の花要素あると思うんだけどなー」
「ほ、ほ、ほめ殺したって、明日のご飯豪華になりませんよっ!」
「いや本当にそう思っただけだからー。あとご飯豪華になることあるんだ?」
「ちょっとお姉さんにやついてますよ!何考えてるんですか!」
「思った以上にうぶな反応返ってきたからちょっと楽しくなっちゃって」
「楽しくならないでくださいっ!わ、私はお姉さんの話がもっと聞きたいです!」
「私はあなたの話が聞きたいなー」
風呂場で知らず知らずのうちに女性と仲良くなっていた渚であった。




