それぞれ
出かけた帰り。
渚は稜子と共に喫茶店に立ち寄っていた。
「やっぱり室内はエアコンが効いてて最高だね」
「そうね。最近無駄に暑くなってきたし」
「じめじめした梅雨が終わったと思ったこれだもんね。やってらんないよ」
「まあ私はじめじめしてるよりは好きだけど…梅雨時だと外に行く気も失せるし」
「ああ、分かる。買い物とか行くときすごいげんなりするもん」
「渚定期的に買い出し行くでしょ?大変じゃないの梅雨時」
「ほぼ毎日行ってるよ。梅雨時はそれはそれは大変でさぁ。荷物は重いし傘で片手しか使えないし。荷物はずぶぬれになるし、靴下はぐしょぐしょだし、ほんとなんで梅雨なんてあるのかなって何度も恨んだよ」
「うわっ、思った以上に大変そうね。来年からはちょっと手伝いに行きましょうか?」
「大丈夫大丈夫。これも生活のためだししょうがないよ。梅雨時だと、買いだめもなかなかできないしね」
「というかそんな時こそあいつ連れてけば?荷物持ちとしてのスペックは最高でしょ?」
「明人君?ありがたいことに明人君は休みの日とかはちゃんと手伝ってくれるんだよ。もうそれだけですごく助かってるよ」
「ちゃんとお手伝いはしてるんだ…まあ学校あるから仕方ないか…」
「うんうんほんとに助かってるんだよね。でも、あんまり手伝ってくれるからちょっと恐縮もしちゃうんだよね」
「まあいいんじゃないのそこは。あいつが自分から手伝いに来てるんでしょ?」
「うんまあそうだね。ほんとなんだかありがたいなぁと」
「どうせスペック持て余してるんだし、余すことなく使っていいと思うわよ。多分それで喜んでるしあいつ」
「それ、聞き方によってはドMじゃん。まあ確かに楽しそうにはしてるけどね」
「ドMでは無いわよ。でも渚と仕事できれば喜ぶでしょあれ」
「…うん。私も楽しいしね…」
若干顔を赤くしながら小声でそう言う渚。
それを聞いた稜子が呆れ顔になる。
「あーあーほんと、いい感じにお似合いね。ノロケまくってるし」
「の、ノロケてないし!むしろノロケ方で言ったら、稜子ちゃんの方が普段ノロケてるでしょ!」
「だ、誰がよ!ノロケなんてしてないわよノロケなんか!」
「だって昨日も出かけたときの写真、メッセージに貼ってなんか楽しそうに語ってたじゃん!」
「あんなの私じゃ無いわ!」
「それをノロケって言うんです!あとなんだっけ、さっき服買った時とかさ、啓介君こういう服好きなんだよって喋ってたよね?具体的なシーン付きで!」
「あああー!聞こえない!聞こえないわよ!あーーー!」
「ほらほら私よりも稜子ちゃんの方がノロケてるって絶対」
「だって…他にノロケて許される相手いないし…」
「そうなの?学校の友達とかには言わないの?」
「学校のイメージがあるのよイメージが。付き合ってることすら言ってないわ」
「学校のイメージって…でもあんな熱々な雰囲気学校でもしてるなら付き合ってるのばれてるんじゃないかな」
「ばれてないわよ…多分」
「あ、うん。そうだね」
なお、実際ばればれである。
四六時中とは言わないにせよ、やたらめったらいちゃいちゃしてるのにバレてないとはお笑いである。
「で、でも渚だって通い妻してるんでしょ!?」
「か、通い妻はしてないし!ていうか通い妻どこから出てきた!」
「だ、だって毎日毎日甲斐甲斐しくお弁当持ってあいつの家通ってるんでしょ!?ほら通い妻じゃない!」
「いいいつのまにそんなこと聞いたの!?別に毎朝作って持ってってるだけだから!渡してるだけだから通い妻じゃないよ!」
「わざわざ相手の家まで行くなんて私ですらやらないわよ!渡してるだけというか渡すために行くのがやばいって言ってるの!」
「それは稜子ちゃんは学校一緒に行ってるから学校で渡せばいいからいいかもしれないけど、私学校に行ってないから渡すタイミング朝しかないんだもんしょうがないじゃん!」
「普通それで渡しに行くって発想にはならないのよ!というかわざわざ作ってるの?私すら私の弁当作るついでなのに!?」
「そ、そうだよ、だって私お弁当いらないもん」
「…なんなのこの子。自分のクレイジー加減に気付いて無いわ…」
「そんなに変なの?」
「変というか…健気?」
「う、明人君変に思ってないかな」
「多分舞い上がるくらいには喜んでるから大丈夫よ」
「そ、そうかな。ならいいんだけど」
「しっかし、ほんとに、渚ってこう自然にやることがいちいち大きいのよね。弁当をわざわざ作って届ける彼女とか世界中探しても少ないんじゃない?」
「それはほらだって、稜子ちゃんがお弁当作ってるって聞いたから、私も作った方がいいのかなって」
「いや、ほんとに私はついでなのよ。普段作る量少し増やして、あいつの分作ってるだけだもの。わざわざそのために作ったりなんてしたことないわよ?」
「お弁当作って渡すことに価値があるのかなって、私は思ったんだよね。やらなきゃと思って」
「ほんと、なんというか、お似合いね、あなたたち」
無言で照れる渚であった。
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「あーあっつ。どう考えても今日運動する気候じゃねえぞ明人」
「これくらいで丁度良くないか?」
「それは絶対にねえよ。お前と違ってこっちの運動神経は並なんだよ。殺す気か」
明人と啓介は今現在2人でテニスコートに来ている。
夏の太陽がさんさんと降り注ぐ中、1時間ほどプレイを終えたところである。
啓介が根を上げたので、屋根の下で休憩中である。
「というかなんで今日俺なんだ?渚さそえよ渚。家もそっちのが近いだろ?」
「今日は渚、他の予定が入ってるみたいだったから」
「お、他の男か?」
「いや、稜子。買い物行くって聞いた」
「ああ、稜子に取られたのか。可哀そうに」
「いや可哀そうではないだろ。渚と稜子だって友達なんだし。というかその考え方で行くなら啓介、お前も稜子を渚に取られてることになるが」
「あ、確かに。まあでも渚ちゃんなら大丈夫だろ」
「大丈夫って何が」
「ほら、稜子は割と肉食だが渚はそうじゃないだろ?つまり、渚を取ることはあっても稜子を取られることはない!」
「いやどっちも無いからな」
呆れ顔の明人。
対する啓介は調子づいて話を続ける。
「稜子が渚を連れてきたら実質ハーレム俺優勝!悪いな明人!」
「渚は渡さないぞ」
「お、来るねぇ。でも実際、最近どうなのよ?あんまりお前らと会うこと無いからそんなに近況知らんし。どうなんどうなん?」
「いや…そんなどうって言われてもな…」
「いちゃついてんのか?相変わらず宿の中で?」
「言い方!誤解生むだろ!」
その言葉にぽかんとした顔になる啓介。
「え?でもほら、やるだろ?そういうこと」
「え?」
「え?え?ちょっと待て、やってないのかそういうこと?」
「え?逆に啓介はやってるのか?」
「いやまだ数えるほどだけど…え、待て待て、お前結構恋仲になってから時間経つよな。え?うそ?えじゃあ、他は?」
マジトーンで聞かれる明人。
うろたえながらもそれに答えた。
「まだ、手繋ぐくらい…」
「ええ!?キスとかは?どうなんだ?」
「ちゃんとしたのはまだ…」
「ええ!?清い交際すぎるだろ。今時漫画でもそんな清いの出てこねえぞ?」
「それは偏見強すぎだろ。知らないけど」
「いやいやいや既に数か月のカップルなのにそりゃおかしいぜ。明人の息子は機能不全なのか?」
「ばっかっ!」
「おうおう、それに切れるってことは違うんだな安心した。これで明人が不能だったらどうしようかと思ったが」
「どうもしないって」
「でも、渚だろ?え、いや怒らずに聞いて欲しいんだけどさ。渚、女としてのレベルクッソ高いと思うんだけど。え、なんかやらない理由でもあんのか?」
「…いや、そう言う雰囲気にならなくて」
「ほう。流石奥手」
「誰が奥手だ」
「いやだって、あんだけ浮ついた噂あったのに、未だに女と関係一つ持たねえってなかなかだぞ?」
「渚と一緒にいるだけで満足するんだよ。…考えないわけじゃ無いけど、本人を前にすると、そんなこと忘れてる」
「へー…いやー、なんかあれだなぁ。幸せなんだろうなぁって感じるわ」
「…まあ、幸せだよ。渚が負担に思って無ければいいんだけど」
「大丈夫じゃね?負担になんて思ってたら弁当運び人しないだろ?」
それを聞いた明人の顔が驚愕に染まる。
「なっなんでそれをっ!」
「え?稜子から」
「稜子ぉ!」
「まあまあ、実際どうなんだ?可愛い彼女から差し入れ弁当来るんだろ?嬉しいか?」
「そりゃ、嬉しいさ。嬉しいけど、毎日はわざわざ作ってもらうのは…」
「え!?毎日!?え、渚別に弁当いらねえんだよな?わーお健気な彼女なこって」
ホントに驚いた顔でそう返す啓介。
「いやほんとに、嬉しい反面、どうやって返せばいいかと思ってて…」
「直接大好きって言って抱きしめてキスくらいしてやれよ。十分だろ?」
「えっ、いや、それは…」
「彼女なんだろ?それくらいやっても罰は当たらないって!なんなら俺は会うたびにやってるぜ?」
「会うたび!?」
「そうそう会うたび会うたび。そうすると稜子の顔が毎回茹で上がるから面白いぞ?あ、この話稜子にするなよ?締め上げられる」
にへら顔でそこまで話すと、話を打ち切り、水分補給に入る啓介。
明人の頭の中にはキスの二文字が飛び交っていた。