弁当
ある日の民宿「しろすな」の台所。
渚と明人が洗い物をしていた。
いつもの光景である。
「ねぇねぇ明人君。ちょっと前に稜子ちゃんと一緒に話してた時に彼女からお弁当貰ったら嬉しいかっていう話してたの覚えてる?」
「え?ああ、覚えてはいるけど。それがどうかした?」
「明人君がよければ、私お弁当作るけど、欲しい?」
「え、いいのか?いや、渚がいいなら欲しいよそりゃ」
「ほんと?じゃあ明日から作ってあげようか?」
「明日!?え、大丈夫なのか?」
「明人君が良ければ、私は全然大丈夫だよ。だってそのためにお弁当の作り方練習したし。冷めてもそれなりに美味しくできるようになったと思うし」
「え、何時の間にそんなこと…欲しい、むしろください」
「ほんと?やった。ごほんごほん…仕方ないなぁ、作ってあげようじゃないか。感謝したまえ明人君」
「何か聞こえた気が」
「お弁当が欲しいか?毎朝手作りの産地直送弁当が欲しいか?」
「欲しい!」
「ふ、ふ、ふ、ならばいいだろう。明日からお弁当を作って持っていきましょう」
「いやー…彼女っていいな」
先ほどまで無駄に芝居がかった口調で喋っていた渚の顔が一気に茹蛸になる。
やっぱり、こういう突然言われるのに弱い。
思わず無言になって俯いてしまう。
「あれ、渚どうした?」
「明人君…突然は駄目だよ。せっかく誤魔化してたのに恥ずかしくなってきたじゃん」
「え?あ、恥ずかしかった?」
「あ、当たり前だよ!だって、お弁当人に作って持ってくのって初めてだし、私好意がありますって直接表すこともあんまり慣れてないし、それで誤魔化してたのに、そんなこと言われたら照れるじゃん」
「…なんだか最近可愛いじゃ反応しなくなってきたから、渚の赤い顔久しぶりに見た気がするなぁ」
「好きで赤くなりたいわけじゃ無いよ。もう…」
「あはは…でも、ありがとう渚」
「うん。じゃあちゃんと明日持ってくから食べてね」
「そこは心配しなくても食べるから大丈夫」
□□□□□□
「じゃあ、行ってきまーす!」
そう言って家から飛び出す明人。
現在朝の7時頃。
学校がある日はだいたいこれくらいの時間に明人は家を出る。
いつもであれば、こっからわき目もふらずに、駅まで向かうのだが、今日は違った。
「おはよ、明人君。持ってきたよ」
「あ、おはよ渚。ほんとに持ってきてくれたんだな」
「当たり前でしょ。そのために昨日話をしたんだから。だから、はいこれ。お弁当」
風呂敷みたいなのに包まれたお弁当箱を手渡す渚。
高さ的に二段弁当らしい。
「おお…これが彼女の手作り弁当…!」
「や、やめてよ。恥ずかしいから…」
「いや、こういうの貰うの俺も初めてだからつい…」
「もうそういうのいいから、はい!あげるから持っていって?」
「おう!ありがとな渚!じゃあごめん、もうちょっと話してたいけど時間があるから行ってくる!」
「いってらっしゃい」
□□□□□□
というわけで明人の学校。
お昼ごろである。
普段であれば、仲の良い友達と共に購買へ向かう頃合いであるが、今日の明人は違った。
「明人!購買行こうぜ!」
「あ、ごめん、今日はお昼あるんだ」
「ああ、マジ?珍しいじゃん。どしたん明人」
「いや、弁当弁当。彼女がさ」
「あー彼女ね!彼女ってあれだろ?この間校門前にいた可愛い子!いやー明人ずるいわー女めっちゃ振ってたと思ったら、突然彼女作ってるってさぁ。マジずるいわー」
「何がだよ。俺も好きな相手が出来ただけだ」
「そうかいそうかい。ゲイって噂もあったけど、ちゃんとノーマルだったんだな!」
「なんだその噂初めて聞いたぞ!?」
「そりゃそうだ、俺の頭の中であった噂だからな!」
「それは噂って言わねえよ!」
「ま、そういうことは気にすんなって!じゃ、俺購買行ってくるわ」
「あ、おい!…まあ、いいか」
今の会話が思い切り周りに聞こえていたのか、ざわつく周辺。
彼女の話は明人は聞かれない限りあまりしないので。
まあ、一部からゲイがどうのと聞こえても来るが。
「…くそ、変な噂広まったら絶対文句言ってやる」
小さくつぶやいて、とりあえず自席に戻って弁当箱と対面する。
覆われていた風呂敷的なものを取れば、中から現れたのは細長い形状の二段弁当箱。
よく見る奴である。
「…」
明人としてはただ弁当を取り出しただけなのだが、周辺から無数の視線を感じる。
開けた瞬間なんか「おー」と言ってる声もする。
いやただの弁当箱なんだがと心の中で突っ込みを思わずした。
それ以上に開けづらい。
死ぬほど食べづらい。
しかし、お昼の時間はそう長いわけでは無いので、仕方なく目線に晒されたまま、弁当箱を開いた。
下側はご飯一面。
中央には梅干しが埋め込まれている。
梅干しの周辺にはシソで控えめに、しかし明らかなハートマークが描かれていた。
「…ふふ」
思わずちょっと顔がにやける明人。
色々今まで誰かからプレゼントだなんだは貰ったことはあるが、本当に自分が好きな人間からこういうことされたらそりゃ嬉しい。
そのまま2段目も開いてみる明人。
2段目の中身はおかず。
肉類が多めで、タコさんウインナーが見える。
端の方にはウサギの形をしたリンゴが一つ入っていた。
「…なんか、可愛いなこの弁当…」
明人は長い間弁当は食べていない。
基本普段は購買なので。
なんとなく、小学生の頃を思い出した明人であった。
しかしそこで明人は何かに気付く。
「…ん、なんか、あれだな。肉ばっかだな」
肉類多めどころかほぼそれである。
他はというと、ポテトサラダくらいなものである。
野菜類とか魚類が一切見当たらない。
「…あ、渚これ自分で食べれるやつ…」
つまり、そういうことであった。
渚は弁当作りを練習していたので、つまり、その時それを食べるのは渚なのである。
食べれないものはそもそも練習できないというわけである。
食べ物を粗末にはしない。
「あはは…渚らしいというかなんというか。…いただきます」
というわけで実際に弁当に手を出す明人。
練習したと言っていただけはあるのか、味は美味しかった。
「明人!あきとー!おーい!」
「え!?ああ、え、どうした?」
先ほどの友人の声が聞こえたので、弁当から視線を外して顔を上げる明人。
しかし、明人はその友人を見つけ出すことができなかった。
周辺が人だらけである。
何時の間に寄ってきていたのか。
「え!?」
「これが、神谷の弁当…!」
「ハートマーク描いてある可愛いー!」
「ウサギさん!タコさんいるよ!」
「明人どこだー!どこいるんだー!」
「え、ええ…?」
凄く逃げたくなったお昼だった。
次からは教室でないところで食べようと誓った。