黒幕
メタ回です。
苦手な方は注意。
気づくと渚はあたりが靄に包まれた謎の空間にいた。
「…」
思わず目をこする渚。
寝ぼけたか、夢かとぼんやり思う。
しかし目をこすっても靄が晴れる気配はない。
「…」
キョロキョロしながら手のひらを見る渚。
いつもの渚の手があった。
ついでに足も見えた。
思わず安堵した。
死んだわけでは無いらしい。
「…」
地面を踏みしめようと、足を少し上げて下ろしてみる。
すると、地面なんてありませんよと言わんばかりに体全体が下へと沈んだ。
「ひゃぁ!?」
そのまま尻もちをつくように腰を下ろす渚。
幸いというかなんというか、体の降下は既に止まっていた。
足元も靄だらけ。
というかもはや靄の上に立っているようなもんである。
「…はぁ、はぁ、何ここ。何これ」
既にだいぶ顔が真っ青な渚。
それもそのはず、渚はただ家で寝ていただけなのである。
間違いなくこのなんか変な場所に来る前は民宿「しろすな」の自室で睡眠していたはずなのだ。
じゃあ夢なのかと言われれば、妙な現実感が渚を襲っている。
夢とも言い切れない。
「あれー…私ホラーとかそう言うのちょっと無理なんだけどなぁ…やめてほしいなぁとか言ったら終わらないかなぁ…んなわけないか…はは…」
顔面蒼白なまま呟く渚。
ホラーはマジで嫌いなので仕方ない。
ホラー映画も見なければ、お化け屋敷も学園祭レベル以上は入ったことすらない。
早い話が耐性0である。
そんな渚の呟きは果たして意味はあった。
『ホラーではない。安心してほしい』
急に声が渚へと響く。
方向の定まらぬ謎の声。
ホラーでしかない。
渚の心臓が洒落にならない動きをしている。
「ど、どちら、さま、ですか?」
ガクブルでとりあえず返事をする渚。
分かりやすい怯えようである。
これでも頑張って虚勢を張っている。
正直取り乱して泣き叫びたい。
『どちら様か…あえて言うのであれば、とある神社の神である』
「かみ、さま?」
いきなり神とか言われても困る。
宗教勧誘はお断りだ。
早く部屋に帰りたい。
『…と言っても信じれぬよな。しばし待て。今そちらの分かる姿をとる』
自称神の声がそう言うと、渚の目の前がいきなりパッと光った。
『これならば、少しはまともに話せそうか?』
渚の目の前に、巫女服姿の美少女が1人。
しかも、頭に黄色い獣耳。
お尻からは尻尾がゆらゆら揺れている。
どう見ても人外、もしくはコスプレ少女。
そんなのが急に現れた。
『…渚、どこを見ておる。こっち向かぬか』
「…え?神、さま?え?」
なぜか後ろを振り向くのを繰り返す渚。
もしかしたら壮大などっきりではないのかと疑いまくっている。
他の仕込み役いるんじゃないかとあたりを見渡していた。
最近のテレビは一般人がターゲットになることもあるよななどと考えていた。
そんな渚の様子を見た目の前の人物がため息をつく。
『…我はドッキリでは無いぞ。渚。これでも一応本物であるが故』
その言葉を聞いた渚は驚いた顔で振り向き、思わず口元を手で覆った。
声に出てたかと思ったからである。
『出てはおらぬが、思考くらいならば読める。口で喋らぬのであればこれで会話もできるが…あまりやりたくないものでな、話してくれると助かる』
「ほんとに、かみさま、なんですか?」
『証明は難しい。だが、そうだ』
「耳と尻尾も本物ですか?」
『本物…かどうかは分からぬが、動かすことはできる。それを本物というのであれば、そうであろうな』
どうしよう、本物がいる、なんでと思う渚。
その思考に目の前の少女が反応する。
『何故か…そなたたちには、長い間意味も分からず今の生活を強いてしまったからな。その詫びと言ってしまえばそうだ』
「意味も分からず今の生活…?」
何の生活のことだ…?と思う渚。
詫びられる心当たりが見当たらない。
『…毒されてるな、渚よ。いや、梛と一応は呼ぶべきか?』
「…梛?…ああああああああ!そうだ!そうだよ!あった!」
『その件について。…忘れておったか』
「確かに私は女になった。そういえばそんなこともあった。あれ?ああ、詫びられることなんだろうか…それもそうか、確かに迷惑は被った気がするな」
『そんなことレベルではない気がするのだが…まあよい。まずはこの際はっきりさせておこう。我がそなたら2人をここに送り込んだ』
「成程、そう、なんですね。神様が…なんで?」
『民宿「しろすな」。ここを元々経営していた人物を知っているか』
「はい、知ってます。会ったことは無いですけど」
『であるならば話は早い。今の2人の祖母に当たる人物。かの者が、我を呼んだ』
「おばあちゃんが、神様を?」
『何のことは無い、ただ、我が神社に来て、願いを述べていっただけだ』
「願い?それはどんな?」
『民宿「しろすな」の再建、それに伴って後継ぎが欲しいとな』
「後継ぎ…跡を継ぐ方はいなかったんですか?」
『誰もいなかった。子はおらなんだ』
「そう、なんですね。でも、神様ってそんなに簡単に人の願いをかなえてくれるんですか?」
『平常であれば、ない。ただ、かの者の願いは、純粋であった。それに、それが、最後であったからな』
「最後?」
『そなたらは知っておろう。既にかの者は他界している。まさしくそれが最後の願いであったからな』
「それだけ純粋な願いだったって言うことですか?おばあちゃんにとってここはそんなに大事な場所だったんですか?」
『そうであったようだ。我は信仰を力に変える者。その時の願いだけで、何時にもまして力を得た。つまりそういうことなのだろう』
「……じゃあつまり、私たちは願いを叶えるために連れてこられたってことですか」
『その通りだ。…故に先に詫びを入れさせてほしい。何の説明も無しに、今の場所に、今の体で、今の立場に書き換えた。様々な苦労を掛けた。すまなかったな』
「一個だけ、教えてください。元々、私たちが連れてこられる前に、白砂渚はいたんですか?」
『…渚と咲希という存在は、本来存在しなかったもの。我が2人を書き換え、生れ出たもの。故に、白砂渚は、梛、そなた自身だ』
「そう、なんですね。よかった。でも、じゃあなんで、記憶が?記憶っていうか、他の人の過去に、存在してるんですか?」
『…そなたたちの生れ出た情報から書き換えた。所詮、過去を変えたということよ。それゆえに、今の世界には、咲希、渚が初めから存在したかのような記憶が人々に刻まれている。…もっとも、我が書き加えたもの故、現在の2人とは齟齬が発生はしているだろうがな』
「え、怖」
ぼそりと思わず呟く渚。
慌てて口をつぐんだ。
『…聞こえておるぞ』
「ああ、えっと、何て申し上げましょうか…すみません、素直な感想が…」
『…先ほどまでは恐怖で震えていたとは思えぬ発言だな」
「その…慣れてきたというか、肝が戻ってきたというか…そんな感じです」
『アバウトだな…まあよい。…今日呼んだのは、詫びと、それからもう一つ、今後についてだ』
「はい」
『…遅くなったが、今であれば、まだ2人を元に戻せる。渚、いや梛よ。どうする。元に戻るというのであれば、全てを元に戻そう。何もなかったように』
「そうしたら「しろすな」はどうなるんですか?渚はどうなるんですか?」
『何も、元に戻るだけよ。「しろすな」は元に戻る。渚は消える』
「それは、どういうことですか?夢を叶えるためにこんなことをしたのに、それを無かったことにするなんて…」
『一時の時とは言えど、夢は叶えられた。既に1年の時を過ごさせた我が言うのもおかしな話ではあるが、このまま最後までそなたら2人がこのままというのは、そなたたちの人生を消費することを意味する。それ故に、最後はそなたらが選ぶべきだと思ってな』
「神様はなかなかひどいことを言いますね」
『…故に神よ。どうする、梛。そなたの人生だ。そなたが決めよ』
「そうですね…もう一つ確認したいんですけど、私が梛に戻りたいと言ったとして、咲希姉の方が、咲玖に戻りたくないと言った場合、それはどうなりますか?」
『…2人の記憶から、お互いが消えることになるな』
「そうですか。本当に残酷なことをしますね」
『世界の帳尻を合わせるにはそうするしかないものでな』
「渚と梛を同時に存在させることはできないということですか?」
『同じ存在を2人存在させることはできない。渚も梛も、存在としては同じもの。それは許されぬ』
「近寄った何かを作ることもできないということですか?」
『…望むのであれば、可能ではあるが』
「…あ、できたんだ」
またぼそりと呟く渚。
『…呟いても聞こえておるぞ』
「あ、はい。すみません。あれ…なら、そもそも、神様渚と咲希って言う存在作ればよかったんじゃないですか?私たち呼ばなくても…」
『………』
神の目が明後日の方向を向いた。
「え?神様?」
『…確かに』
ぼそりと神が呟いた。
「神様!?あの、神様!?今聞き捨てならない声が聞こえましたが!?」
『あーあー何も言うてはおらぬ、おらんぞ』
「え、じゃあ何のために呼ばれたんですか。というか今更こんな残酷な選択肢を与える必要があることだったんですか?え?」
『…いや、以前同じようなことを行ってな。…その時は力不足で切羽詰まっておったから…今回もその時と同じようなことしか思いつかず…』
「成程…神様もドジすることがあるんですね…」
『…そのような目で見るな。人では無いが、ドジを踏むことは、その、ある。…はぁ』
「いえ…神様となるとドジのレベルが世界規模になるんだなぁと…思っただけです」
『…よい。ただ、解決策はこうして今知れた。…ならば、全部戻すか』
「戻すって?」
『世界ごと、そなたたちをここに運んだ時間軸まで送り戻す。これならば、そこから渚と咲希を生み出せば問題はない』
その言葉を聞いた渚の足元がふらついた。
『ふむ、では時は急げだな。渚よ、今まで苦労をかけた』
全部なくなる…?
今までのことが…?
渚は神の言葉を理解ができなかった。
目の前の少女は何を言っているのか。
『今全て元に戻し、この世界線は無かったことに…』
渚の頭の中に、今までの出来事がよぎる。
突然知らない場所に知らない体で目覚め驚いたこと。
生活に慣れてきて、やっとホッとできたこと。
明人に出会ったこと。
稜子や啓介に出会ったこと。
明人と恋人になったこと。
そしてこれからのこと…
全部なくなる…?
『次目覚める時は、元の家のベッドの上だ。ここで起きたことはただの夢のようになるだろう。それでは…』
「ぃ…やだ」
小さな掠れた声で渚が呟く。
手は震えていた。
『…嫌だ?』
「いやなんです…私は…ここにいます。私は、ここに生きています。だからお願いします。元に戻さないでくださぃ…梛はもう、いないんです。私は、もう渚になってしまったんです。だから、もし叶うのなら、このままでいさせてください」
なきながらそう言う渚。
神は首を傾げた。
『しかし、それではそなたはする必要のない犠牲になってしまう。戻せるのだ。それでもよいのか』
「私は…今の私を夢のために犠牲になった生贄だとは思いません。むしろ今の私の方が元の私よりも、幸せなぐらいなんです。だから、哀れに思ってもらう必要なんてありません。むしろ、哀れんで戻されたら、私はあなたを一生恨んでも恨み切れません」
『…よいのだな?本当に』
「はい…私はここで生きます」
『…そう、か。そうか。てっきり、戻れるならば戻るというかと思ったが…誰もかれも、戻ろうとはせんものだな』
「もし、1年前に同じことを言われたら、戻ると言っていたかもしれません。でも今は、戻りたくありません。一緒に居たい人がいるんです」
『…そうか。よい。そもそも1年もの間、そなた達に甘えていた我が悪いのだ。そなたがそう望むのであれば、このままの世界を続けよう。…幸いにも、咲希もまた、残る意思を固めたようだ』
「…ありがとうございます」
『気にすることは無い。…それでは、な。話が出来て良かった。渚よ。今後も苦労はかけるであろうが…「しろすな」を頼んだ』
そのまま渚の周りが光に包まれて何も見えなくなっていった。
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渚が目を覚ます。
民宿「しろすな」。
いつもの自分の部屋の天井であった。
なんだか不思議な夢を見たような気がしなくもない。
内容は全く覚えていなかったが、何故か目から涙が出た跡があった。
「…」
そのまますぐ枕元の携帯を手に取り電話をかける渚。
数回のコールの後、相手が電話に出た。
「もしもし?」
「あ、もしもし、渚?どうしたんだこんな朝早く」
「おはよ、明人君。特に、用事は無いんだけど、なんだか突然声が聞きたくなっただけ」