初海
夏のとある日。
民宿「しろすな」2階。
渚の部屋の中に2人。
渚と稜子である。
「こうやって4人で集まって遊ぶの久しぶりな気がするね」
「そうね。なんだかんだ予定合わなくて全員揃わなかったものね」
「だねー。それにしても今日晴れてよかったよ。雨だったらせっかく海に久しぶりに入るのに、ちょっと気持ち沈むとこだったよ」
「そうね。快晴でよかったわ。そういえば、渚、あなた海嫌いとか言ってなかった?」
「うんあんまりね。でも、こんな近いところにあるし、入らないの勿体ないなって思ったんだよね」
「…ほんとに?ほんとにそれだけ?」
「え、どゆこと?」
「去年は誘っても入らなかったのに、どういう心境の変化なのかなって思って」
「去年と今年じゃ、状況がちょっと違うから、かなぁ…うん、そう。人の心はいつでも変わっていくものなの。そうだとは思わない稜子ちゃん」
「そうね。人の心は変わるものよね。例えばあなたがあいつを大好きだったりそう言う感じに」
「うっ…!…そ、そうですね」
「隠すの下手か。やっぱり?そう言う感じなの?」
「はい、そう言う感じです。彼女アピールをするためなんです」
「…する必要あるの?それ」
「ある!あるの!聞いてよ稜子ちゃん!神谷君がね!神谷君が私のこと保護しないといけない何かだと思っているような目線を向けてくるの!彼女っていうか妹みたいな感じになってる!私の方が年上なのに誕生日的にも!」
「まあ年上がどうだとか言ってる時点で子供っぽいけど」
「それは、それは、深い事情が…とにかく、このままではいけないと私は思うんです。つまりそういうこと」
「成程ね。妙に気合の入った水着だと思ったわ」
「そう、気合を入れるために買ったんだよ」
「…それで?いつまで下着姿でいるの?見られたくないなら壁向くけど」
「き、着ますよ。別に裸を稜子ちゃんに見られてもちょっと恥ずかしいくらいだから別に構わないけど。まだ、心の準備が…」
「といいながら既に数分経過してるんだけど。今更怖気づいた?布面積少ないとか?」
「両方。うんなんか恥ずかしい気がしてきた。私眺めてよっかな」
「それ目的全く果たせないわよ」
「うぐぅ…き、着ますとも。ええ、着て見せますとも!」
「なら早くしなさいよね。そろそろ向こうにいる男どものマダーに返信返すのもだるくなってきたわ」
「わ、分かった。2分待って!2分経ったらちゃんと着替えるから」
「2分ね?じゃあ5分後には行くって送っとくわ」
それから5分後。
ようやく4名合流できた。
「お、遅かったな2人とも」
「あんたね。女の子には色々あるのよ。デリカシー」
「…渚?なんで稜子の後ろに隠れてるんだ?」
「ま、まだ踏ん切りがつかない…ので」
「踏ん切り?」
「あんたもよ明人。なんでここの男どもはこうデリカシーの欠片も無いのかしら全く…」
「あれ、渚なんでパーカー着てんだ?」
「啓介!」
「うお、なんだよでかい声出して」
「そういうとこデリカシーないって言ってんの!今の私の話聞いてた!?」
「だ、大丈夫、稜子ちゃん。ありがとう。と、とりあえず、私しばらくパーカー着てるから、よろしく」
「お、おう」
で、とりあえず「しろすな」を出て砂浜の方へと向かう4名。
「おおおお、海だぁあ…」
「いやそりゃ海でしょ」
「海だけど!海に来た!」
「稜子ー渚これ何言ってんだ?」
「ち、ち、ち、分かってないな啓介君。この真なる意味はね、海はいつも見てるけど、海にしっかり入るの久しぶりっていう意味が込められてるんだよ」
「言葉足らず過ぎだろ」
「潮風でより強く海に入るんだって感じた感想みたいなものだから気にしないで」
そこまで言うとダッシュで波打ち際まで行く渚。
「す、砂だ!海だぁ!うっひゃぁ!」
波と戯れ始める渚。
砂の入ったサンダルが波に飲みこまれている。
「…なあ、明人。渚って部屋に閉じ込められてるわけじゃ無いよな?」
「そんなことは無いと思うけど…」
「だよな…?すごく可哀そうな子ってわけじゃ無いよな?」
「ねえ、何してるの?みんなもこっち来なよー!」
「ほら、箱入り少女が呼んでるぜ?」
「いやだから違うだろ…今行くー!」
とりあえず声に誘われて海のすぐ脇まで寄る3人。
渚はその間も波と戯れ続けている。
「渚、なんか今日テンション高いな」
「え?そうかな。いつもと同じじゃない?」
「流石に最近毎日のように会ってるし分かる。それはない」
「じゃああれかも。久しぶりに外でしっかり遊ぶからちょっとテンションが高いかもしれない。ほら、基本インドアでしょ?私」
「やっぱ渚部屋に閉じ込められて…いったぁ!殴ること無いだろ稜子ぉ!」
「うっさい!」
「え?なんか言った?啓介君?」
「何でもないわよ。気にしないで」
「そう?じゃあいいけど」
「じゃあ私たち海入るけど、渚どうするの?」
「え、あ」
「いやあじゃなくて。海、泳ぐんでしょ?」
「そうだね、そうだったね。久しぶりに水と戯れたからそれで全部満足してたよ。そうだね」
そう言いながらパーカーに目を落とす渚。
当たり前であるが一応着替えてはいるのでこの下は水着である。
水着ではあるのだが、パーカーのまま入るのは流石にあとが面倒くさい。
それ以上にインパクトに欠ける。
わざわざインパクトを求めて水着まで買いにいったので、このままでは本末転倒もいいとこである。
「な、渚?どうした?顔がやばいぞ?」
「え、あ、うん。もうちょっと波と戯れてから入ろうかな」
「そう?じゃあ私たちは先いってるわよ?」
「うん、分かった。あとから行くね」
その言葉を最後に稜子と啓介の2名は海の中へと入っていく。
明人はそこに残っていた。
「あれ、神谷君は入らなくてよかったの?」
「いや、渚といたいし」
「う、うんうん…」
明らかに照れる渚。
幸い明人は気づいていないようであるが。
ストレートすぎる言葉には激弱であることに最近気づいた渚である。
「あ、そうだ。ビーチボールあった。取ってくるね」
「おう」
というわけで持ってきたビーチボールで遊び始める2名。
そのまま気づけば1時間くらい経っていた。
結局パーカーは脱がずである。
「ふー…そろそろいったん休憩するか?」
「うんうん。そうだね。暑くなってきたし」
「それなら海で涼むか?」
「あ、いいね。そろそろ入ろっか」
「よしきた。あ、パーカー着たまま入るのか?」
「え?あ」
その言葉で固まる渚。
今の今までパーカーの存在を完全に忘れていた。
遊び怖い。
「あーえっとー。脱がないと、いけない、ね」
「無理にとは言わないけど…着ながら入る人はみたことあんまりないな…」
「ようし、ちょっと待ってね…待ってね…」
深く深呼吸をする渚。
相当覚悟がいるようである。
なぜ買った。
そしてそのまま1分が過ぎた。
「…渚?」
「はい」
「その、待ってる、けど?」
「あ、うん、待ってね」
再び深呼吸に入る渚。
明人はそれを割と困惑した表情で見つめている。
またもや1分経った。
「…渚さん?」
「はい」
「…えと、その、まだ、でしょうか?」
「あ、うん、もうちょっと。もうちょっと待って」
「あれ、あなたたちまだ入ってないの?」
そこに海から上がった稜子たちが休憩に戻ってきた。
「あ、稜子ちゃん。今から入ろうかなって思ってたとこだよ」
「まだパーカー着てるし」
「ぬ、脱ぐよ?今から」
ちらと隣の明人を目で見る稜子。
困惑した顔の明人が見て取れた。
「あんたそういいながらもうだいぶ経ってない?」
「た、た、た、経ってないよ?ねぇ?」
「あ、え、あ、うん、そうだな?」
「嘘下手か。もういつまでもまごついて…ちょっと貸しなさい!」
「え、りょ、稜子ちゃん?え、まっ」
容赦なかった。
あっという間に稜子の手によって渚の防御壁であったパーカーは脱がされた。
「ひゃぁ!」
「何がひゃぁ!よ!もたつきすぎでしょ!乙女か!」
「乙女だよ!一応」
「渚ーごめんな。稜子は乙女じゃ無いから分かんねんだ…いっでぇ!」
「あんた!言っていいことと悪いことがあるでしょ!あ、こら、待て!」
そう言って砂浜の別の方へと消えていく2名。
しかも稜子はがっつり右手に渚のパーカーを持った状態で、である。
即ち渚を護る物はもうない。
「…」
「…」
パーカーが脱ぎ捨てられた結果出てきたのは、ホルターネックタイプの水着を着た渚であった。
顔が真っ赤になっているうえに、言葉が出てきていないが、ちらちら明人の方を見ている。
対する明人はというと、若干頬を赤らめながら、それでも視線は渚の上から下までを往復していた。
「…渚、えっと、その」
「う、うん…」
「…に、似合ってるよ」
「あ、ありがとう。えっと、ね、今日の、ために、選んだんだよ?」
「そ、そうなのか…その、嬉しい?」
「う、嬉しい?私が?私は、似合ってるって言ってもらえたから、嬉しいよ?」
「あ、いや、そうじゃなくて…その、ごめん!」
その言葉と共に明人の顔が横を向く。
「え!似合ってない!?お世辞だった!?やっぱりこういうのは早かった、のかな!?」
「いや、そんなことないから!ただ、似合ってるから!その、色々目が勝手にこう…」
明人の目線は普段であればあまり止まらないであろう場所に何度も止まっていた。
具体的には顔より下側全部である。
明人自身もそれを自覚しているのか、最終的に思いっきり目を閉じた。
「…いいんだよ?見ても」
「いや、流石に…っ」
「だって、見てもらうために選んだんだし…」
「…そ、そうなの、か」
「そ、そうだよ。神谷君のために。この水着は着てるんだよ。見てくれないと着てきた意味ないじゃん…」
「…」
その言葉に再び目を開ける明人。
今度は真正面からしっかり渚の方を見た。
顔が茹蛸になっている渚がいた。
「…やっぱり、似合ってるな。可愛いし、綺麗だよ渚」
ガチトーンでそう言う明人。
「っ!」
「えっ!?」
突然地面へと崩れ落ちる渚。
突然orzのポーズである。
「う、うぐ、ぐぬぬ、駄目だ、私はもう死ぬかもしれない」
「え!?なんで!?」
「な、何でも無いから!いや、何でもあるけど!ちょっと待って!これはほんとに待って!」
嬉しさのあまり、渚の顔のにやにやが収まらなくなっていた。
かつてない感情の動きに渚本人がやられていた。
数分後。
渚は滅茶苦茶ニコニコしていた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。褒めてもらえてなんだか嬉しすぎて顔がにやにやしておさまらなかっただけだから気にしないで」
「そ、そうか。…とりあえず、海、行くか?」
「うん、行こう!」
明人の手を引っ張る渚。
そこにもう恥ずかしさは無い。
ちょっと明人は驚いた様子だったが、すぐに満面の笑みで一緒に海へと向かって行った。




