過去
前回以上に渚のキャラ崩壊注意。
しばらくして。
「…もう、落ち着いた?」
「ああ…まあ、一応」
髪を手櫛で整えながらそんなことを言う渚。
あの後どこかのねじが吹き飛んだ明人の手にとってだいぶ物理的にもみくちゃにされた。
「まさか神谷君があんなに変なテンションになるなんて私思ってもいなかったよ。もう、本当にびっくりした」
「いや、ごめん。落ち着いて聞くつもりだったんだけど、予想の斜め上過ぎる内容ばっかりで、ちょっと落ち着いていられなかった」
「まあ実際、驚かせる内容だったと思うし、だからもうちょっと落ち着いてから話そうと思ってたんだけど、あんなに悲しい顔するなんて思ってなかったから話したんだけど、話さない方が良かったかな、なんてね」
「もう手遅れなんだが」
「それはそうなんだけど…」
少々不服そうな顔をする渚。
流石にあの流れで抱き着かれるわ撫でまわされるわとは想定していなかった。
正直若干怖かったまである。
「…物事にはちゃんと順序があるんだよ?」
「渚に言われたくはない」
「それどういう意味かな?」
「あの爆弾をここまでずっと隠してたのはズルじゃないか。今でも正直どう反応していいのか困ってるんだぞ?」
「それは、分かってるけど…でも言ったら引かれるんじゃないかなって…思ってたし」
「引きはしないよ。渚が相手だし。…まあちょっと、反応に困って暴走した。ごめん」
「まあ、謝ってくれるなら、さっきのことはいいよ。そうだ神谷君、もうせっかくここまで話しちゃったんだし、私もこれ以上隠すものもあんまりなさそうだから、今日全部話しちゃおっかなって。だから、納得がいくまで、質問してほしいかなって思うんだよね。どうかな」
「渚はいいのか?聞きたいこと山ほどあるから、多分相当色々深く聞くけど…」
「うーん、いいかどうかは、正直よく分からない。昔の記憶って言っても、正直話してて、他人のことを話してるみたいにも感じるし、神谷君はちゃんと受け入れてくれるって分かってるから、いいよ」
「そうか…えっと、じゃあごめん、もう一回蒸し返すようで悪いんだけど…えっと、男性?」
「それは私に聞いてるの?昔の記憶はたしかに、男の人だよ?私は女だけど」
「聞き間違いじゃないんだよなそこは。…その、俺といて、不快感、無いのか?だって、記憶だけとは言えど、男として生きてた記憶、あるんだろ?」
「うーん…あるのかな、正直よく分からないかな。もちろん悩んだこともあるよ。でも今はちゃんと、私は女だって私のこと思ってるし、大丈夫だと思うんだけど、どうなんだろうね」
「そっか。…いや、俺はさ。今の話を聞いても、結局今の渚しか知らないからさ。正直混乱はしたけど、その点は別に気にならないんだ。だけど渚はどうなのかなって思ってさ。変に、俺も無理させたくないし」
「そんな風に思ってくれたんだ。嬉しいな。そっか、そう言う風に言ってくれるなら、少しだけ記憶の私の話をしてもいいかな。確かに今の私は、その昔の人なのか、渚なのか、それとも全く違う人なのか、分からないけれど、それでも少しでも神谷君に知っててもらったら、安心できるかなって思うから」
「…じゃあ、聞かせてもらっても?気にならないかって言われたら気になるし。渚がいいなら、聞かせてくれ。本当の過去の渚を」
「うん、じゃあ、高校生くらいの時の記憶から話そうかな。ちなみに顔はもうあんまり覚えてないけど、すごくさえない顔だった気がするのは覚えてる。だからとりあえず冴えない男の子を想像しながら聞いててね」
「お、おう」
「えっと、確か、高校生の頃はね、すごく根暗だったんだ。神谷君の学校にもいるでしょ?教室の隅っこでスマートフォン触って誰とも喋ろうとしない子。ああいう感じだったんだ」
「…なんか今の雰囲気と全然違うな?」
「うん、私でもそう思う。でもほんとにそう言う感じだった。学校は、すごくつまらなくて、大学入学のための通過点みたいな感じだった。だから、友達も2,3人しか作らなかったし、ましてや女の子とは接点無かったよね。まさに灰色って感じだった」
「…え、何か想像できないんだけど…え、一応渚の過去なんだよなそれ?」
「うん、そうだよ?」
「渚がか?ほんとに?いや確かに今の渚、交友関係は狭そうだけどそう言うタイプとは真逆な気がするんだけど…」
「あはは、だよね。私もなんであんな性格になったんだろうって気がするよ。私が変わったのはね、大学生ぐらいからかな。大学入学したての時にね、周りがすごくリア充ばっかりで、なんというか羨ましかったっていうか、妬んでいたというか。とにかく変わらないとって思ったんだよね」
「そうなのか…え、大学ってそんななの?」
「いやぁ…私の通ってたところがそんな感じだっただけかな。多分」
「そうなのか…というかそうだよな、渚大学まで行ってるんだよな」
「うん、ちゃんと卒業論文も書いたよ?死ぬほどもう2度とやりたくないって思ったけどね」
「ああ、じゃあ卒業までしてるんだ。大先輩じゃないか」
「いえいえ。そんなことも、ないかな」
「困ったら渚頼ろ」
「やめて!もう、お勉強できません!」
「いや、ほら、なんか進路とか、その辺。先を見て来たならよく知ってそうだし」
「ああ、そういうことなら、ちょっとなら助けれるかも?じゃあ、まあそれは置いといて続き話すね」
「ああ、ごめん。続けてください」
「それで私はね、もうほんとに馬鹿だったんだと思うんだけど、リア充になろうって思ったんだ。だから、弾けもしないギターを弾こうとして、バンドとかもやったんだよね。まあ、長くは続かなかったけど」
「へぇーバンドかぁ。音楽系は全然分からないけど、なんか大変そうだな」
「うん、まあ、案の定大変だったし、1年続かなかったけどね」
「あら。じゃあやめちゃったのか」
「うん、やめちゃった。ギターもうまく弾けなかったし。それでちょうどそのころかな。なんかイケイケの男の子と知り合ったんだよね。それでその子にリア充になるためにどうすればいいのって相談したら、色々教えてくれて、そこからだいたい1年くらい迷走してたかな。とにかく女の子に話しかけて、遊びに誘って、気持ち悪がられて、まあとにかく色々あったかな」
「…駄目だ、さっきから頭の中の映像が渚の姿で再生されてるからすごい混沌としてきた」
「ちょっと、やめてよ。冴えない男を出して、さえない男」
「案外難しい…」
「とにかくぱっとしない人だよ!それこそ想像が難しいくらい存在感が薄い感じの」
「いや難しすぎるだろうそれ」
「そういうやつだったんだよあれは」
「あれって、過去の自分だろうに」
「知らないあんな人」
「待って、ほんとに知らなかったら話の前提全部崩れるから、待って」
「言葉のあやだってことくらい気づいてよ。もういいよ続き話すね」
「気づいてても突っ込みを入れたくなるんだが…じゃあお願い」
「それでなんやかんや迷走をしてたんだけど、たまたま、上手くいった子がいたんだよね。その子となんやかんやあって、気づいたら、卒業してたんだよね」
「え、もう大学終わり?」
「えっとぉ…その時は、大学、2年生だったかな…」
「…ああ、オッケー。理解した。続けて」
「それで、その子とはその後すぐ疎遠になっちゃったんだけど、コツを掴んだというか分かってきたというか、努力の方向性が分かったんだよね。だからそれからは楽しい話ができるようにって頑張ってたんだ。リア充になろうとかそう言う気持ちはまだあったけど、どっちかっていうと人と仲良くなるのが楽しいって気づきを得たんだよね」
「ああ、なんか今の渚に通じてきた気がする」
「うん、そこからまた1年くらいは、迷走をまたするんだけど、その辺からかな、遊びの関係も増えてきたのは」
「あー…やり方を覚えて調子乗ったんだな」
「そうそう、よくあるやつだよ。調子に乗ってたと思う。でもね、多分あれは幸せなんかじゃないと思うんだ。それでもその時は楽しんでたみたいだけど。結局そう言うのも、同性に言うのはマウントみたいでちょっと楽しかったけど、結局遊んでるだけだったから、心が満たされることはいつまでもなくって、やさぐれてったかな、ちょっとづつ」
「なんか…お話とかで見る感じの落ちていき方してるな…」
「それで結局、当時仲良かった女の子に、諭されて、ちゃんと人を好きになろうって頑張りだしたんだよね。それからは、ちゃんと恋愛してたかな。まあ長くはどれも続かなかったけど」
「そうなのか。流れ的に彼女出来るのかなって思ったけど」
「彼女はちょこちょこ出来てたんだよ。彼女って言っていいのか分からないけど」
「俺、渚が初彼女みたいなもんだからさっぱりだけど、デートとか行ってたなら彼女なんじゃないのか?」
「うーんデートっていうのは付き合う前からするものだったから何とも言えないかな。それこそ私たちだって、それに近いことは何度かあったでしょ?」
「…言われてみれば確かに。文化祭とか映画とか、行ってたな」
「つまり同じことです。ちゃんと好きって言えたかどうかが大事なんだよ」
「…言ったの?」
「言えなかった。でもお互いそういう風なんだなって認識はしてたと思う。分からないけど」
「それなら…まあ、彼女、なのかな?俺にもよく分からないけどさ」
「それでまあ、結局、ちゃんと長く付き合った彼女ができたのは本当に最後の方だったかな。それも卒業するまでだったけど。その直後くらいに分かれて、それからこっちで目が覚めたんだよね」
「…なんというかタイミングがいいのか、悪いのか」
「そんな過去の私だけど、別れた理由は相手に浮気されたからだったりするんだよね。ある意味で、相応しい最後だなって我ながら思うよ」
「いや相応しいって…」
「結局道を私は間違えたんだよ。そしたら今度は立場が逆になって、正直最初は困惑したかな。と、まあこんなところが過去の私の記憶なんだよね」
「壮絶だな、なんというか」
「そうなのかな。過ぎてしまったし、心持ちが変わった今ではよく分からないけど、まあ普通の人とはちょっと違うずれた人生だった気がするよ」
「成程…それで今に至ると」
「ま、まあそうなんだけど。そんなに顔をじっと見つめられるとちょっと照れるんだけど、な、なんでしょう」
「いや、まあ、なんだろ…俺は、渚一筋だからな!」
「あ、うん。はい。でも、なんだろう、その言葉を裏切られた過去があるから、一筋とかずっととかそう言う言葉ちょっと苦手なんだよね」
「あ、そうなのか、悪い。じゃあ言わないようにする。するけど、いずれ、信じてくれるように、俺、頑張るよ」
「ありがとう。そういうちょっと青臭いところ、私は好きだよ」
「微妙に褒められてる気がしないな!」
「褒めてる褒めてる。だからちゃんと、私のこと離さないでね」
「言われなくても、離す気なんか無いから。むしろ逃げてかないでくれよ?追いかけるから」
「そう言う意味なら大丈夫だよ。だって私友達いないし」
「それはそれでちょっと心配なんだけど…」
「大丈夫大丈夫、お客さんが話し相手になってくれるから。問題はない!」
「ないのかなぁ…まあ、その分渚といられる時間が増えるなら俺は嬉しいけどね」
「そう言ってくれるのはすごい嬉しいなあ。でもまあ私としては神谷君の方が心配なんだけどね」
「俺?」
「そうだよ?だってほら、すごくモテるし、私学校行ってないし、中身こんなだし、ほかにもっと魅力的な子がいたら負けちゃうんじゃないかなって」
「そう言う意味なら安心してほしい。少なくとも過去俺より年上の男性だった彼女とか渚以外まあいないだろうから」
「それはどこにでもいないんじゃないかな…それにあと、それも褒められるのかちょっと分からない」
「褒めてる褒めてる」
「ぐぬぬぬ…やり返したね」
「そりゃもう」
過去のことを吐き出して少しスッキリした感じの渚。
そんな渚に明人がもう一つの疑問を投げた。
「でもさ、渚。大変だったんじゃないか、急に渚としてここにいたっていってたけど」
「まあ、確かに色々大変だったけど」
「家の中いても気、張りっぱなしなんじゃないのか?」
「え?なんで?」
「え、だって咲希さんいるだろ?ある意味渚のふりし続けないといけなかったんじゃないのか?」
「あ、あああー。そうだね。そこは別に問題は無かったよ」
「あれ?そうなのか?え、でも俺ですら過去の渚がーとか何回か言ってたしお姉さんとか絶対もっと言ってきそうだけど…」
「大丈夫、咲希姉は全部知ってるから」
「え!?」
「むしろ目が覚めたとき、私の反応で気づくよね。だからもう、そこは全然問題はないよ」
「そうだったのか…いや、ずっと家の中でもきつかったらどうしようかなって思ってさ」
「そんなところまで心配してくれるんだ。はぁー…」
「…えっと、渚さん?」
自然に明人に抱き着く渚。
「好き」
「…ダイレクトに言われるとちょっと恥ずかしいな」
「…言わないで、私もちょっと今、恥ずかしいから」
しばらくそのままの2人であった。




