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看板娘始めました  作者: 暗根
本編
160/177

本当の気持ち

「突然呼び出してごめんね。今日なにも予定無かった?」


「ああ、特に何も。まさか渚の方から会いたいなんて来るとは思ってなかったけどさ」


「うん…まあちょっとね。立ち話もアレだから上がってよ」


「ああ。お邪魔します」


そう言って「しろすな」2階のリビングまでやってきた2人。

ソファーは1つなので必然的に隣に並んで座る形になる。


「そういえば、今日も渚一人なのか?」


「うん。そうだよ。咲希姉は朝から出かけてったよ。夜には帰って来るんじゃないかな」


朝っぱらから咲希は雅彦と一緒にどこかに行った。

まあ当分帰ってこない状態である。

つまりいつぞやかと同じくまた明人と渚2人きりである。

しかし前回と違い空気は妙に重たい。

渚が喋らないからである。

明人も何か感じ取ったのか、渚の方を見つめてはいるものの、渚が何かを話すのを待っている状態である。

しばらく無言の空間が続いた。


「あ、そうだ。お茶、取ってくるね」


「あ、いいのにそんなの」


「気にしないで、すぐ、取ってくるから」


そう言うと、1階へと降りていく渚。

キッチンに入り、食器棚からコップを2つ取り出し、その中にお茶を入れていく。

いつものことである。

やっていることは。

お茶を注ぐペースが遅い。


「…喋らないと、いけないのに。どうやって喋ればいいんだろう…なんでこんなに怖いんだろう…」


お茶を注ぎ終えた渚はそのまま床へと座り込んでしまった。

言わないといけないと分かっているのに、どうしても覚悟が決まらない。

嫌われるかもしれない未来を受け入れられなかった。

それからしばらくして、渚がお茶を持って2階へと戻ってきた。


「お帰り、遅かったな。なんかあった?」


「え、あーえっと、お茶、切れちゃって、たんだよね。だから用意するのに、ちょっと時間かかっちゃったかな」


そう言って渡されたお茶は明らかに冷えている。

どう見ても冷蔵庫にあらかじめ入っていたものである。

どう考えても渚の発言はおかしいが、明人は何も言わなかった。

そのまま明人の隣に再び渚が座る。

そしてまたもや無言の空間が続いた。

しかし渚は落ち着かない感じに手を開いたり閉じたりと、何か話したそうな雰囲気を醸し出し続けていた。


「渚…その、何か、話すことでも、あるのか?」


「へ…な、なんで?」


「落ち着かない感じだし、もう何となく分かる。こんなに喋らないのも、何か、あるからなんだろ?」


「うん…そうだよ。話したいことが、あるの。でも、なかなか話す決心がつかなくて…ごめんね。なんか、呼び出したのに、こんな空気で」


「いいよ謝らなくて。待つから。話せそうになったら、話してくれればいい」


「ありがとう。やっぱり神谷君は優しいね」


「そんなことないって」


またしばらく無言の時間が続く。

しばらくして、渚が立ち上がる。


「ねえ神谷君。ちょっと私の部屋に行かない?」


「いいよ」


そのまま渚の部屋へと向かう2名。


「入って」


「お邪魔します」


明人を先に部屋に入れてから渚が入って扉を閉める。


「神谷君ってさ、この部屋見て、どう思う?」


「どうって…?どういうことだ?」


「私の部屋には見えないかな」


「んー…最初はちょっと驚いたけど、今は渚の部屋だなって感じ」


「そう…じゃあ昔の私の部屋は知ってる?」


「知ってる。昔は、なんというか、もっとファンシーだったな」


「女の子みたいな、部屋だった?」


「まあいうなればそんな感じかな」


「どっちの部屋のが私らしいかな」


「ん?俺はこっち。今の方」


「どうして?」


「昔の部屋は女の子の部屋っぽいけど、なんかそう言うぼんやりしたイメージしか無くてさ、渚って感じじゃないんだよな。今のこっちの方が、渚って感じが俺はする」


「そっか、私って感じなんだ」


そう言いながら渚が明人の横を通り過ぎ、ベッドへと腰かけた。


「そんなところで立ってないで、こっちおいでよ」


と、ベッドの横をポンポンと、叩く渚。

明人が言われた場所に腰かける。


「ねえ、神谷君。私ってどんな感じ?」


「どんな感じ?って…?」


「だってさっき、この部屋私らしいって言ったでしょ。どういう意味なのかなって」


「ん、ああそのこと?最初入った時は驚いたって言っただろ。あの時はなんか久しぶりに会ったのもあって渚がどんな人かよく分かって無かったんだよな。いや、普段の渚だけ見てると、昔みたいなファンシーな感じのが合ってる気もするからさ。でも、実際の渚、そんなバリバリの女の子!みたいなタイプじゃないだろ?だから、部屋がこういう風なのはむしろ納得してるんだよ」


「そっか、私ってやっぱり女の子っぽくないんだ」


「そう言う意味じゃ無いって」


「でも、そう思うんでしょ。私は、頑張って、女の子っぽくしようとしてたんだけどな。浮いてたかな。おかしかったかな」


「いや、全然。最初は俺もそういう子だなって信じて疑わなかったし」


「昔の私は、女の子っぽかった?」


「うーん…?まあ女の子っぽかったかな…」


「そう…」


再び無言の時間ができる。


「…渚、今日、どうした?」


「どうしたって?」


「なんで、急にそんなこと聞くんだ?」


「聞きたくなったからじゃ、変かな」


「普段のノリで聞いてくるんだったら何も思わなかったよ。でも、そんな深刻な顔で聞かれたら、何かあったのかって思わずにはいられない」


「…っ」


「…やっぱ、何かあるんだな。渚。…さっきの話したいことと関係してることか?」


「…そう、だよ。関係、あるよ。私ずっと、言わないといけないと思ってたこと、ずっと言えなくて、でも、言うのが怖くって、それで…」


渚の声はどんどん聞こえなくなっていった。

後半はもう言葉になっていない。


「…渚。聞くよ、俺。どんなこと聞いても、俺、渚と一緒にいるから。この前告白した時に決めたからさ。俺、何聞いても渚から離れたりしないから、話して、みてほしい。渚のそんな辛い顔、見たくないからさ」


渚は明人の方を見つめた。

明人は真っすぐに渚の方を見つめていた。


「分かった。話すね…」


一瞬間を置いて、渚がぽつりと語りだす。


「私ね、本当は、神谷君のことも、稜子ちゃんのことも、啓介君のことも、知らないの」


「え…?」


「それにね、この『しろすな』のことや、咲希姉のことも、知らなかった。それがね、ずっと言えなかったこと」


「え、待ってくれ、どういうことだ?いや、忘れられてたのは知ってるけど…え、知らない?それにここも?」


「そうだよ。私は、私の名前も知らなかった。知ったのは、ちょうど一年位前。気づいたらここにいた。知らない名前だった。知らない場所だった」


「気づいたらここにって、渚は去年帰ってきたんじゃ」


「嘘だよ全部。私は気づいたらここにいた。知らない姉がいて、知らない自分がいた。気持ち悪かった。突然知らないところで目が覚める気分ってこんな感じなのかって思った。あなたと会ったのもそんな時。私はあの時からあなたに嘘をついていた」


「…」


「驚いたよね。当たり前だよねこんなこと言ってたら、驚くしかない、よね。でも、私にとっては本当のこと。私は白砂渚なんて知らない。白砂咲希も知らない。こんな民宿があることも知らなかった。それを知ったふりをして生きてきた。今までもそうしてたし、きっとこれからもそうする。きっと、あなたには、妄言のようしか聞こえないと思うけれど、私にとってはそれが本当のことなの」


明人はそれを黙って聞いていた。

いや黙ってと言うよりかは何を言えばいいのか分からなくなっているといった感じである。


「前にさ、私に聞いてきたことあるよね。人と付き合ったことがあるのかって。あの時はね、ごまかしたけど、しっかり言うね。あるよ。付き合ったこともあるし、体の関係になったこともあるんだ」


「…」


「ねぇ、何か言ってよ。ここまで聞いて、あなたは何を思ったの?」


「…渚、いや、君は、渚、なのか?」


「うん、それを聞いてほしかった。答えは、NOだしYESだよ。私はそれが今分からない。ちょっと前ならNOって言えた。私は渚じゃない。でも、今は分からない。あなたに出会って、あなたに恋をして、私は分からなくなった。だから言おうと思った。こんな大きな嘘、ずっとついてるのは、ずるいと思ったから」


「…」


「私は、誰なんだろうね」


そう言って渚は明人に距離を詰める。


「ずるかったよね。あなたは私を渚だと思い込んでた。それをずっといいことにして、私はあなたの友達を演じてた。そんな私にあなたは優しかった。当たり前だよね。仲良かった女の子だと思ってたんだから。私はそんなことも気づかなかった。そうだって気づいたのは、もう、手遅れになってからだった。ごめんね、本当に。私はずっと、嘘をついてた」


再び明人の目を見つめる渚。


「私はあなたのことが好き。明るくて、真っすぐなところが好き。友達思いなところも好き。優しくて、でも時々強引なところも好き。でも私は、そんなあなたには相応しくない。今だからそう思う。こんな嘘つきにあなたは付き合わない方がいい。人生を無駄にしない方がいい。だから、別れて。もし嫌なら」


そこで言葉を止めた渚は、未だに硬直気味の明人を思いきりベッドに押し倒した。


「私のこと、好きにして、いいよ」


そう言うと、渚は自分の着ていたブラウスのボタンに手をかけ、外そうとした。

が、その手がそれ以上動くことは無かった。

明人が手を伸ばして無理矢理手を止めさせたからである。


「やめろ…そんなこと」


「脱がせたかった?じゃあそうしようかな」


「そういうことをしたいわけじゃ無いんだよ!勝手に一人で自己完結しないでくれ!」


そう言うと明人は体を起こした。

そして最初の時のように、渚の目を真っすぐ見て口を開いた。


「人生を無駄にするなって言ったな?だったらここで君と別れることことがまさにそれだよ。君に言われたから俺も言う。俺は君が好きだ。渚じゃない。今の君が好きなんだ」


「でも、私は、あなたにずっと嘘を…」


「そんなこと関係ない!言いたくないことなんて誰にでもあるだろ。俺だってある。そんなこと、何も気に病む必要なんてない。…正直驚いたよ。さっきの話を聞いたときは。俺はずっと君が渚だと思ってた。だから君が渚じゃないと聞いたときは驚いたし戸惑ったよ。認める。間違いなく俺はあの時揺れたさ。でも、違う。俺は君が渚だったから告白したわけじゃ無い。この1年くらいの間、渚じゃなくて、君と過ごしたあの日々は、間違いなく俺の人生で一番楽しかったよ。何度でも言う。君が好きだ。普段の可愛い君が好きだ。裏で努力してる君が好きだ。俺の前だけ辛辣になる君が好きだ。ただの友達みたいにバカ騒ぎできる君が好きだ。俺の趣味に一緒に付き合ってくれる君が好きだ。偶に俺の前で見せる恥ずかしい顔した君が好きだ。怒ってるのも、笑ってるのも、何もかも、君が君だから好きなんだ、俺は。渚とか、誰とか関係ない。俺は君だからここまで好きになったんだっ!」


その言葉を聞いて渚の目から涙が落ちた。

止まらない。


「わたしね、もしかしたら、あなたの好きな私じゃなくなるかもしれない。あなたのことがすきで、あなたのことが好きだって思う度に、変な感じになるの。顔を見るとドキドキするの。前までだったらそんなことならなかったのに。だから今までみたいな私じゃいられないかもしれないよ」


「そんなことは絶対にない。何度でも、何回でも言うからな。俺は、君が好きだから今ここまで来たんだ。君が例え変わろうとも、君が今後どうなっていこうとも、この気持ちが変わることは無い。信じられないかもしれない、でも!約束するよ。俺は絶対に君から離れないし、君を手放すこともない。もし渚が重しなら、渚であってくれなくてもいい。俺は君と一緒に居たい。君がいいんだ。君のことが好きなんだ!!!」








「…っ…ぁ……ぅ…ぅ」


渚は泣いていた。

思い切り泣いていた。

そのまま思い切り明人へと抱き着いた。


「私も、あなたが、好き!こんなに好きになったのは、あなたが初めてなの!好きな人に、好きって言ってもらえるのって、すごく嬉しい!」


「ごめんな。ずっと俺、気づいてあげられなかった。君がそんなに重たい物抱えてるって分かってあげられなかった」


「謝らないで。私がずっと隠してただけだから。それに、あなたは受け止めてくれた。受け入れてくれた。それだけでもう、十分なの。それが、嬉しいの」


「…これからは俺も一緒に背負うよ。その重し。ずっと一緒にいる。絶対離さないからな。…だから、もう君も、別れるなんて、言うなよ。そんな苦しいこと、言わないで、くれ」


明人の目からもしずくが落ちた。


「うん…言わない。私はもう、言わないから。あなたが嫌だって言うまで離れないよ」


「じゃあ、ずっと一緒だな。俺たち」


「…うん」


渚の明人を抱きしめる力が強くなった。


□□□□□□


それからしばらくして、2人とも少し落ち着いてきていた。


「落ち着いた?」


「うん。ありがとう。本当に、ありがとう」


「そうか…良かった。本当に」


そう安堵した顔を浮かべる明人。

そこから一転して明人の顔が恥ずかしそうになる。


「ところで…渚、そろそろ、離れないか?」


今の今までずっと抱きしめあったままである。

時間的には余裕で10分以上経っている。


「離れたい…?」


「…それはずるい。嫌だ。一生こうしてたい」


「一生は、無理かも」


「まあ、そりゃそうだ」


明人が少し笑う。


「私ね、本当に神谷君のこと好きだよ。でも、本当のこと、言ったら、悲しい顔されると思った。こんなに暖かいこと言ってもらえるなんて思わなかった。ごめんね、信じてあげられなくて。ごめんね…変なやつで。きっと、これからも迷惑ずっとかけるかもしれない。あなたを傷つけるかもしれない。それでも、いいのかな」


「よくなかったら付き合いません。それにもう、色々手遅れじゃ無いかな」


「へ?」


「だって俺、君のことすっごい好きだもんな。もうどのみち、逃げれないさ」


「そ、そっか。そうなんだ。ふ、ふーん。そうなんだ」


「にやけてるぞ?顔」


「にやけてないよ」


「こういうとこ可愛いんだよな」


「うぅんずるい」


さらに強めに抱き着く渚。


「それ反撃になって無いぞー」


「いいの。こうしてたら、すっごく幸せだから」


「…そうだな」


それから10分ぐらい、その体勢のままだった2人だった。



もう一話だけ本編続きます

更新は来週の月朝

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 咲玖のこと前の時から知ってるのに知らない人って例えるのか…っと思いました。 まぁ、白砂咲希を知らないのは正しいから合ってはいるのか。 [一言] これって咲希にどう説明するんだろ… 続…
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