視線
ある日の民宿「しろすな」
今日も今日とて客は来るため、渚と明人がいつも通りキッチンにて料理中であった。
「渚、次どうする?」
「へ?次?次って、ああえっと、とりあえずサラダ盛り付けて机の上に運んでおいてくれればいいよ」
「おっけーやってくる」
それで渚から言われたことをやりに向かう明人。
この辺の作業は手慣れたものであるため、すぐに終わるのだが、そのわずかな時間の間に、謎の視線を感じていた。
普段であれば絶対感じない謎の視線である。
なまじ人から見られることが多いため、そういうのは結構肌で感じる。
気になって視線の方へと目をやる明人。
方向としては渚がいるキッチンの方である。
しかし、そちらに目をやってもいるのは渚だけ。
渚も今は下を向いているため、視線を飛ばすような人物はいない。
首をかしげながらキッチンへと戻る明人。
「渚…今日キッチンって他の誰かいる?」
「え。どういうこと?いないけど…なんで?」
「いや…なんかキッチンから視線を感じて…おかしいよな。渚しかいないはずなのに…」
その言葉を聞いた渚の方が一瞬びくつく。
「え?き、気のせいだよ。気にしすぎだって」
「気のせいなのかなぁ…いや、そういう視線には敏感なつもりだったんだけどな…」
「たまたまだよ!たまたま!ほら、まだ作業残ってるから!」
「お、おう。そうだな」
渚の声の圧に若干押される明人。
とりあえず作業が残ってるのは本当なので作業を再開する。
しかし、そうやって作業をしている明人に向かってやはり何か視線が浴びせられているような感覚がずっと続いていた。
しかも今度は真横である。
明人がスッとそっちに顔を向けると、渚の顔が勢いよく真反対に向いた。
「…ど、どうした?そっち向いて」
「あ、えっと、えーっと。なんか、壁から視線を感じるなって」
「…壁!?ヤバいだろそれ!」
「気のせいだから大丈夫。何もいないし」
「いや何もいないからヤバいだろ余計」
「大丈夫だからほら。作業残ってるよ」
「いや作業どころじゃない気がするんだけど…」
「いいの!大丈夫だから作業してください」
釈然としない感じを残しながら、作業に戻る明人。
しばらくの間は謎の視線が飛んでくることもなく、普通に作業に集中できた。
渚の言う通り気のせいだったのかもしれないとか思い始めたあたりで、再びその視線を感じた。
今度は間髪入れずにそちらの方を急に確認する明人。
渚と目があったと思ったら、渚の顔が再び勢いよく反対を向いた。
「…いやあの渚さん?」
「な、何?どうしたの?壁からの視線かな?」
「いや今思いっきり目が合った気が」
「気のせいだよ気のせい。私は神谷君のことなんて見てないよ」
「えぇ…?」
会話しながら何故か頭は逆側に向いている渚。
どう考えても違和感しかない。
「いやなんでそっち向いて話してるの」
「なんか壁の染みが気になるなって思ってみてるだけ」
「綺麗ですけど…」
「き、綺麗じゃないよ。よく見ればちっちゃい点がついてるよ」
「それ染みかぁ?」
「し、染みですとも!」
結局そんなことが何度も何度も繰り返される不思議な夕飯づくりであった。
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そんなこんなでお客の夕飯づくりも終わり、自分たちの夕飯にありついた渚と明人、及び咲希。
渚と明人の仲が直った関係で、再び和気あいあいとした感じの夕飯には戻った。
まあ渚の口数は少々減ったが。
そして今日はとは言うと、普通に夕飯を食べているようで、渚の目だけがちらちらと明人の方へと向いていた。
目だけなら気のせいでなんとかなりそうではあるが、そのたびに箸が止まっているので気のせいは無理である。
というか横の明人はともかく、対面の咲希からしてみれば丸見えである。
気にならんはずが無い。
「…渚ー」
「…」
「渚ー!」
「な!な!何?」
「いや何ってお前どこ見てんだ」
「ど、どこって何が」
「いやさっきから滅茶苦茶何回も」
「あー!あー!カレンダー!!カレンダー見てたんだよ!」
咲希の言葉を途中で遮って無駄に大きな声でそう叫ぶ渚。
声が大きすぎて隣の明人がちょっとびくついている。
叫んだ渚はというと、だんだん顔が赤くなっている。
「いやカレンダーそこじゃねえけど」
「っ~~~…えっと、えっとぉ…」
「いや急にどうしたんだ。明らかに」
「あー!そうだー!思い出した!明日のカニを買ってこないといけなかったかなー!」
「冬じゃないが」
「ふ、冬じゃなくても獲れるっておじさんいってたから」
「お、ということは明日カニか!?」
「あ、え、えっと、な、なんてことを聞いたような気がするから明日聞いてこよっかなーって思っただけ」
「ああ、そういう…確定じゃないのか…」
そんなことを話している渚の顔はだいぶ赤みで面白いことになっている。
「…まあ、いいか…」
何かを察した咲希はそれ以上言及することは無かった。
渚の目は回っていた。




