再会?
「ちょっと出かけてくるね」
「夕飯までには帰って来いよ。全員の夕飯がカップ麺になるぞ」
「分かってる。行ってきまーす」
昼頃。
渚が「しろすな」を飛び出した。
別に特別な何かがあるわけではない。
ここ数か月の間、結構頻度よくある普通のことである。
周辺地理を頭に叩き込むための遠征である。
まあ回るのは近所なのだが。
「今日はこっちかなぁ」
割と適当なノリで方角を決めて歩き出す渚。
地図などはそれこそスマホで一発なのだが、特にこれと言っていく場所が決まっているわけでもないので、別に地図を使う必要もない。
それこそ帰り道さえわかれば十分なのである。
「あ、本屋だ。こんなとこにあったんだ」
そうこうして歩き始めて10分ほど、渚の前には本とだけ書かれた看板が掲げられた古そうな店が構えられていた。
「ラノベないかなぁ…」
渚はラノベ好きである。
「しろすな」へと飛ばされた時から今に至るまで、何故か自室に置いてあったラノベ系統を片っ端から読み漁って現在に至る。
そろそろ読むもん無くなってきたなという時に発見した本屋。
渡りに船である。
というわけで店の戸をくぐる渚。
カランと客の来店を告げる音が響いた。
「いらっしゃいませー!」
店の奥の方から若い女性の声が響いた。
店内はぶっちゃけ狭くカウンターは見えているが誰もいない。
どうやら奥にいるらしい。
流石に誰もいないなら帰ろうかと思っていたが、それを聞いて安心して店内の物色を開始した渚。
「あ、これは、最近人気のラノベ…!」
木造の古そうな外観及び内装とは裏腹に、置いてある本自体は最近の物が取り揃えられており、漫画コーナーにラノベコーナーまでしっかり完備であった。
渚の勝手な偏見により、こういう本屋にラノベとか無いかなと思っていたので嬉しい誤算であった。
と、ラノベコーナーに立ち止まり、これ幸いと色々見ようと思った渚に対してカウンターから声がかかる。
「いらっしゃいませー!ごめんなさい、ちょっと奥行ってて…」
声が聞こえたのでそちらの方に一度顔を向けてみると、そこには今の渚の年と大して変わらなさそうな、茶髪の長い髪を後ろに下ろした女子が一人。
が、渚の顔を見た瞬間に言葉が一度止まった。
「?」
「あ、渚。渚よね、久しぶりじゃない」
「え?」
「この前見かけたから会いに行こうかなと思ってたら来てくれるとはね。元気にしてた?」
さて、そんな問いをいきなりぶつけられた渚であったが、頭に浮かぶのはこの人誰である。
そして、この状況は一度経験済み。
どこかの道路で突然話しかけられたあれである。
つまり、これは自分は知らないが渚は知っている、知っていた誰かであると。
「えっと、げ、元気です、よ?」
「うーん?なんかぎこちないわね?あれ、私のこともしかして覚えてない?」
その言葉で渚の脳内がフルスロットルで回転する。
知らないものは知らないが、いつか明人から聞いていたある名前だけは心当たりがあった。
「り、稜子、ちゃん?」
「すごい疑問符ついてるけど合ってる。うーん、でもなんか名前全部呼びだし、これはさてはあんまり覚えてないわね私のこと」
「えっと、ごめんなさい」
「ん?ああ、いいわよ。そりゃ5年以上会ってなかったわけだし忘れてても不思議じゃないわよね」
その言葉にあれ?となる渚。
久しぶりの再会で相手に忘れられてることってこの程度で流されることなのかなと。
じゃあ渚の見た明人のあの落ち込み方はなんだったのかと。
前見た光景との差異でちょっと思考が止まる。
その間に稜子と呼ばれた少女はカウンター脇から渚の方へとやってきた。
「じゃあ一応自己紹介しとくわね。私は苑田稜子。こっちに帰ってきたみたいだし、またよろしくね」
「えっと、白砂渚です。よろしくお願いします」
「それは知ってるわ。私はよーくあなたのことは覚えてるわよ」
ちょっと罪悪感が生まれる渚。
その記憶の渚はある意味自分ではないので知る由もないが、それでもなんか罪悪感はある。
「あ、というか、わざわざここに足を運んだってことは何か本でも見に来たの?」
「特に目当てがあったわけじゃないんだけど、ラノベがあって珍しいなって思った」
「お、だったら丁度いいわ。見れば分かると思うけど、最近新しいの入れたのよ。あんまり買う人いないんだけど、入れといて正解だったわ」
忘れられてたことを軽く流して会話する稜子。
特に気にした様子はない。
「えっと、もしかして稜子ちゃんって、ここの人?」
「え?ああ、うんそうよ。うちの祖父と祖母の代わりに店番とか色々やってるの。まあ高校通いながらだから、常にいるわけじゃないけど」
高校行きながら、本屋もやってるらしい。
と、そんなところでもう一度店の入り口からカランと音がした。
「お邪魔しまーす!稜子、いるー?」
「うるっさい!こんな狭い店内で声張り上げないでくれる!聞こえてるから!」
「あ」
思わず声を上げる渚。
というのも今来店した新しい客には見覚えがあり過ぎた。
「あれ、今日はカウンターじゃないのか」
「いなくて何か問題?そもそも何しに来たのよ。今日も冷やかしなら帰ってくれないかしら。明人」
そこに立っていたのは、忘れられたショックがでかすぎた男こと神谷明人であった。
少なくともあのイケメン顔は忘れようがない。
「あれ、渚がいるのか?おっす。この前ぶりだな渚」
「うん、こんにちわ。神谷君」
会うの自体は3回目なので多少慣れたが、やっぱりまだ知り合いの領域を出ていない。
「ん、その反応…ぷ、もしかして、あんたも渚に忘れられてるんだ」
「え、い、いや、そういう、わけじゃ、ない、よな?」
しどろもどろになりまくる明人。
丸わかりである。
「えっと、この前もう一回お友達に…」
「ほーらやっぱり」
「で、でも友達には戻ったから」
「ふーん…めっちゃ警戒されてるように見えるけど?」
「なっ…!ち、違うよな?そうだよな?」
「うん、そんなことないよ?」
「滅茶苦茶言わせてんじゃない」
流石に初っ端のインパクトがでかすぎたせいか、まだ完全に警戒を解いたわけじゃないので、あながち間違いでもない。
というか会うのがまだ3回目なので最初の印象が払拭しきれていないのである。
「そ、そんな、まだ警戒されてたなんて」
「道のど真ん中で待ち受けてるとか常識的に考えておかしいと思わないわけ?渚が受け入れてくれたからよかったけど、私だったら通報ものね」
「そ、そこまで…?」
「え…」
めっちゃ渚に視線がやってきた。
「えっと、正直怪しい人かなって…」
「まじか…」
とどめであった。
またも綺麗に崩れ落ちる明人。
別に意識してるわけではなく自然とこうやっているようだ。
「ちょっと店狭いんだから。あんたみたいなでかいのが通路で倒れてたら邪魔で仕方ないじゃない」
「そ、そこまで、怪しかったのか」
「は?逆に怪しくないと思ってたわけ?顔よくても許されないことくらいあるのよ?分かる?」
先ほどまでの覇気はどこへやら、よたよたで立ち上がる明人。
またもや心がぽっきり逝ったようである。
そんな様子を見た渚が、稜子と明人の方を交互に見やる。
「え、え?だ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。あいつ昔っからあんなだから」
「え…えぇ…?」
昔からこんなだったらしいイケメンをみて何とも言えない声を上げる渚であった。




