自覚
「んー…そろそろこれ新作出てたはずよね…入れようかしら…」
一人本屋の中で呟く稜子。
そんな時入口のチャイムが音を鳴らす。
「いらっしゃいまー…なんだ。明人か」
「ああ、おっす。稜子」
そこにいたのは神谷明人であった。
店的には冷やかし上等の男なので邪魔であるが、稜子個人としては喋れるので嫌いではない。
そもそもそこまでお客も来ないので、その辺は自由である。
「また冷やかし?それならさっさと帰って…」
「いや、今日は何か買うよ。だからちょっと相談させてくれ」
「…どういう風の吹き回し?…何かあった?」
どこか沈んだ様子の明人。
流石に普段通りの様子でないと気付いた稜子が明人にそう一言声をかける。
「まあ、その…な。確かに何かはあった。やっちまった」
「…はぁ、まあいいわ。聞くわよ。私でいいなら」
「はは…助かる」
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「はぁ!?あんた何言ってんの!?」
「いや、分かってるって、俺もとんでもないこと言ったのは!」
「もう少し流れがあるでしょ流れが!いくらなんでもいきなりすぎよ!なんでいきなり今日可愛いねが出てくるのよ!」
「そんな言い方はしてないって!」
「変わんないわよ!」
最近の渚との現状を話した明人。
それを聞いた稜子は当然驚きの声をあげた。
当たり前と言えば当たり前であるが。
「俺もそんなこと言うつもりは無かったんだけどな…なんか口から出てたんだ」
「はぁ…全くあんたは。…ほんとはもっと山ほど文句言ってやりたいけど、それで?それが話したいわけじゃ無いんでしょ?相談ってことは」
「ああ…その後から渚となんかギクシャクしててさ。昨日も本当は『しろすな』で会えるはずだったんだけど…」
「…会えなかったのね?避けられてるの?」
「今までは一応顔は合わせてたんだけどな…会話はめっきりしなくなったけど」
「会話しないって…重症ね。あなたたちの様子は見てたから分かってるつもりだけど、うるさいくらい会話してたのに」
「ああ…でも昨日は会うことすらできなかった。体調崩したって咲希さんからは聞いたけど…」
「半分ホントで半分ウソねきっと。そんな状態で会いたかないわよ、そりゃ」
「俺、どうすればいいんだろうか。何をすれば、渚と元みたいに話せるようになれるんだろう…」
「…それ私に聞くの?…はぁ、なんでこんなのが女子人気高いんだか…」
頭を抱える稜子。
相談があると言われてこんな話されたらそりゃ頭も抱えたくなるってもんである。
「…あなた、渚をどう思ってるの?」
「…よく分からない。でも、昨日啓介にこのことを話したんだ」
「啓介に?」
「ああ。帰りにたまたま会ってさ。…恋だって言われたよ。お前のその気持ちは渚に恋してるんだって」
「…あいつ、全く…少しはオブラートに包みなさいよね…」
ぶつぶつ呟く稜子。
明人は困り顔でさらにつづけた。
「…これ、恋、してるんだろうか。俺、渚のこと、好きなのかな…」
「知らないわよそんなこと。あなたの気持ちでしょ」
「分からないんだよ。こんなこと思ったこともない。経験もない。これがそう言う気持ちなのか、俺には、よく、分からない…」
「…じゃあ、どうすんの?ここでうじうじして沈んでる?別にいいけど、そうしたら確実に渚はあなたから離れるわよ。だってあの子の方からあなたを避けてるんだもの。今はまだいいかもしれないけど、いずれそうなるわ。間違いなく」
「…」
「そうなっても構わないならそうしなさいよ。でも違うんでしょ?あの子のことが頭から離れないんでしょ?そうじゃなかったら私や啓介に相談なんてしないわよね。そうでしょ?」
「…ああ」
「…私だってそうだった。最初に恋した時、その相手のことが頭から離れなくなったものよ。普段だったら気にしないようなことも含めて、考えずにはいられなかった。…いや、最初に恋した時だけじゃ無いわね、きっと今も。それは変わってない。今何してるんだろう、何考えてるんだろうって思わずにはいられない。これが恋してるんじゃ無かったら、何をもって恋愛なんて決めるのかしら。そう言う気持ちこそ、恋じゃないの?少なくとも、私はそう思ってる」
「…」
「…今のを聞いてあなたがどう思うかは知らないわ。知ったこっちゃないし。でもね、あなたが自分の気持ちに向き合わないと、進めないわよ。絶対に。だから…2つに1つよ。渚のことが好きって認めるのか、それともそんな気持ちなんて全く無いって切り捨てるのか。…今更元通りなんて無理なんだから」
「…啓介と同じこと言うんだな」
「そりゃ、私たちがこの間までそうだったんだし…言うに決まってるでしょ。そうなったらね、どちらかが動かない限り一生そのまんまよ。元通りなんて不可能なの。そして渚があなたを避けているというのなら、あなたが動かない限り、そのままよ。…どうしたいの、明人は。最後はあなたが決めることよ。私でも、啓介でもなく、ほかでもない、あなたが」
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目を閉じた。
別に眠いとかそう言うわけじゃ無い。
ただ、頭を整理したかった。
…結局俺は、何がしたいんだろうか。
渚と、どうありたいんだろうか。
…渚のこと、どう思ってるんだろうか。
分からない。
分からない。
そう、分からないから、何もできなかった。
渚と会っても会話もできない。
だって何を話せばいい。
あんなこと言った後に、何を話せばいいんだ。
いくら俺でも、あの時のあの発言がおかしいことくらい分かる。
渚に何か、考えさせてしまったことが、俺にだってわかる。
だから、余計に、どうしたらいいか、分からなかった。
だってきっと、俺のせいだから。
渚に避けられているのは嫌というほど分かっている。
それが嫌だ。
笑わない渚を見るのが嫌だ。
会話できないのも嫌だ。
またバカみたいな話したいし、遊びたい。
なんでだ?
なんでそう思うんだろう。
友達だから?
きっとそれもある。
仲は良かったと思うし、それが切れるのは嫌だ。
でも違う。
ただの友達だったらそもそもあんなこと言うはずもない。
渚が可愛いからだろうか。
だからあんなこと言ったんだろうか。
それも違う。
嫌味な言い方にはなるが、俺の周りには、可愛いと言える女子なんていくらでもいた。
でも、あんなことをしたことなんてない。
言おうと思ったこともない。
勝手に口から出るなんて経験、あるはずもない。
ふと最後に映画に行った時のことが頭をよぎった。
映画を見ながら、映画より渚を見てた。
俺と喋りながら、ころころ表情の変わる渚が、可愛かった。
一緒にいっぱい喋って、一緒にいっぱい歩いて、無防備に俺の手の中で寝入ってる渚が、ただただ可愛かった。
そんな姿を俺の前で晒す渚が愛おしかった。
だからこそ、きっとあの時、口からあんな言葉が飛び出したんだ。
そんなこと言ったら、どうなるかなんて、想像できたはずなのに。
もっと一緒にいたかったのに。
…好きだって、言いたかったのに。
好きだって…
「あ…」
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「…整理ついた?明人」
その言葉に明人が目を開ける。
「…ああ」
「そ、ならよかったわ」
「俺がまいた種だしな。俺が何とかするしかないよな。また渚と一緒に居たいんだ。色々あって、分からなくなってたけど、俺は、渚のこと、好きだ」
そう言う明人の顔は、明るい物だった。
それを見た稜子も、ふっと息を吐いて、笑顔を見せた。
「…ふん、ようやく自覚したのね。というか、傍から見てたらなんで気づかないのか不思議なくらいだったわよ」
「そうか?」
「そりゃそうよ。やたらめったら渚の話が出てくるわ、2人で遊びに行くわ、なんか喋ってる時めっちゃ楽しそうだわ!あーなんか思い出したら腹立ってきた!」
「え!?なんで!?」
「というかそもそも恋の相談をかつて告白玉砕した女に聞くってどういうことなのよ!?デリカシー無いの!?」
「ちょ、さっきまで話聞いてくれたのに急にどうしたんだ!?」
「いいでしょ!元気になったみたいだし!」
「そう言う問題じゃないだろ!?」
「ほらもう出ていきなさい!あんたなんかさっさと渚にアタックしてそのままくっつけばいいのよ!お似合いよ!ほらほら!」
「痛っ!殴るなって!それ暴言なのか!?」
「うるさい!このヘタレ!」
理不尽な稜子の暴力を受けながらも、明人の顔は晴れやかだった。
なお本は買って行かなかった。




