謎感情
「…はぁ」
「ん、どうしたんだよこんなとこで。なんか暗いぞ」
「…ああ、啓介か。帰りか?」
「そらそうだけど」
そう言う明人と、不思議そうな顔の啓介の2名。
学校の帰り道。
いつものように授業が終わり、しばらくしてから学校を出た明人。
帰りの道をとぼとぼ歩いていると啓介から声をかけられた次第である。
「あれ、というか明人お前今日部活じゃねえの?行かなくて大丈夫か?」
「ああ、それなら顧問に休むって伝えた。調子悪いからさ」
「え、調子悪いのか?風邪でも引いたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…なんというか、いま部活行っても集中できない」
そう言ってため息を吐く明人。
下校時間から少し経っているため、人通りはあまりない。
明人と啓介の2人だけである。
「なんだよため息なんて…天下の明人様がどうしたんだよ」
「誰が明人様だよ。…いや、ちょっとな」
「なんだ、またなんか女とやらかしたか?」
笑いながらそう聞く啓介。
啓介としては冗談のつもりだったようである。
「ああ…」
「流石に違…ってそうなのかよ!?え、またやったのお前!?」
「よく分からない」
「よく分かんないって…なんだそりゃ。また女子に惚れられたとかそう言うんじゃないのか?ああでもそれくらいならお前がこんなに沈むはずないか。慣れっこだろうし」
「慣れたいわけじゃ無いけどな」
「聞く人が聞いたら殺されそうだなお前。…で、何があったんだよ?悩みくらい聞くぜ?解決はできる気しないけど」
「…いやでも帰らないと時間がマズイ」
時刻は既にだいぶ回っている。
ここで喋っているとバイトこと「しろすな」のいつもの時刻に間に合わない感じである。
まあそもそも普段と比較してだいぶ遅い速度で歩いていた明人が悪いのだが。
「ん、だったら問題ない。俺も帰るとこだし、歩きながらでいいだろ」
「ん、というかお前こそ部活どうしたんだよ?俺の記憶が確かなら今日あるだろ」
それを聞いた啓介がにやりと笑う。
「え、サボり」
「お前な…」
「へっへ、この後稜子とデートだからな!部活よりそっち優先よ優先!」
「…デートか」
「…ん?デートがどうかしたか?」
「…いや、いい、後で話す。とりあえず駅に向かう」
「そうだな。歩きながら聞かせてくれや。ま、あんまり駅まで距離ねえけど!」
「ああ」
□□□□□□
「で、結局どうしたんだよ?その落ち込みっぷり、尋常じゃねえだろ」
「…ん、ああ。…あのさ」
「なんだ」
「男女2人で映画館行くのってどう思う」
「え?どうって?」
「他人から見てその2人ってどう?」
「うーん…まあ少なくとも仲は良いよな。わざわざ2人で行ってんなら付き合ってんのかなーってなる」
「…やっぱそうなるか」
「なんで急にそんなこと?」
「この前な、渚と一緒に映画館に行った時なんだけど」
「ああ、あの時ね。滅茶苦茶慌ててたやつね。何何、やっぱそういう関係まで行ったか?」
「…ある意味行ってたら何にも思わなかったさ。俺も渚も、特に何にも考えてなかった。いつもみたいに適当に遊んで帰るだけだった…んだけどな」
「…何、なんかあったのかそこで。喧嘩でもしたか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「濁すね。何があったんだよ」
「…渚が、可愛く見えた」
「は?元々だろ。いや元々って言っても今の渚のことは俺あんまり知らんけど…でも元々あの子可愛いタイプだし今更じゃないか?」
「いや、それはそうだよ。渚は元々可愛いさ。周りから浮くくらいには。…いやでもそうじゃない。そうじゃないんだ」
「よく分かんねえけど、渚可愛いって気づいた的な感じか?」
「そう…なんだろうか。でも間違いなく前までそんな風に考えたこと無かった。渚は結局気兼ねなく話せる友達だったし、可愛いと思いながらもはっきりそんな風に思ったことなんてなかったんだ。でもあの日は違った。いつもみたいに会話しながらも、なんか、渚が可愛いって思ったんだよ」
「…ふーん」
「…それで、思わず帰りの道でそれを本人に」
「ふーん…って、え!?言ったのかよ!?」
「口から勝手にもれだしてた。なんで言ったのかは自分でもよく分からない」
「…それ、ギクシャクしただろ」
「…してるよ。今もな」
「…成程ねぇ。つまり喧嘩じゃ無いけど、なんか居心地悪くなったと」
歩きながらの会話は気が付けば電車内での会話に代わっている。
残念ながら駅までの距離はそこまで遠いわけでもないため、こうなるのもある意味必然か。
幸い下校時刻から外れた関係か、人は少なく、多少会話しても大丈夫な余裕はあった。
「そうなんだ。…なんでそんな風に思ったかもよく分からないし、何で言ったかはもっと分からないけどさ…それでもこんな状態はすごく、気持ちが悪い。普通に話せないのがキツイ。絡んでこない渚見てると辛い。もっと言えば、表情のあんまり変わらなくなった渚が俺の知ってる渚じゃないみたいで…いや、そもそも俺があんなこと言って渚を変に混乱させたのが悪いのは分かってる。だけど、どうしていいのかが分からない。俺、こんな状態でどうすればいいんだろうか」
「そういうことか。まあ、お前がバイトしに行ってるとこが『しろすな』だもんなぁ。嫌でも顔合わせることになるもんな」
うんうんと頷く啓介。
そりゃまあ嫌でも毎日のように顔を合わせる相手と突然会話ができなくなったらそうもなるよなと言った感じで。
「お前結局どうしたいんだよ?」
「…元に戻りたいよ。そりゃ、なんであんなこと言ったか分からないし、謝るのも何か違う気がするから何もできてないけどさ…」
「ん、いや、無理だろ。それは」
真顔でそう言う啓介。
その反応に明人は面食らった。
「えっ」
「そうなったら進むしかないんじゃねえの?俺だってそうしたし。その状態、動かないと永遠に終わらないぜ」
さも当たり前のようにそう言い放つ啓介。
明人が少し固まっていると電車が止まる。
啓介の降りる駅であった。
「お、着いたか。じゃあまたな。話くらいはいつでも聞くぜ?」
「ちょっと待て。進むってどういうことだ?俺もしたって啓介も経験があるのか?」
「ん、そりゃあるさ。というかこの前やったばっかだけど」
「じゃあ教えてくれよ。なんで俺はあんなこと渚に言っちまった?最近の渚を見てもやもやするのはなんなんだっ」
「え、そんなの決まってるだろ」
電車のドアに向かって歩きながら啓介が答える。
「恋だよ。恋。ラブよラブ。分かるだろ?」
そう言い残して啓介は降りて行った。
後にはどこかぽかんとした表情の明人が残された。




