映画
電車に揺られて数十分。
歩いてさらに数分ちょい。
映画館までたどり着いた渚と明人。
「あ、そう言えば渚。予約とかどうしてる?入れてる?」
「ううん、入れてないよ。最初は入れようと思ってたけど、全然空席ばっかだったから入れなくてもいいかなと思って入れてない」
「そうなのか。じゃあ買うとこからしないとな」
「そうだね。でも人が多いね。やっぱり休みの日だからかな」
「明日も休みだしなぁ。しかも丁度お昼過ぎぐらいだし、一番混んでるんじゃないかなこれ」
「こんなに人多いと空いてるか心配になってきた。やっぱり取っとけばよかったかな」
「大丈夫。俺の予想だと多分空いてる」
「えぇーなんで分かるの?」
「ジャンルがコアすぎる」
「そんなにかなぁ?」
「満席になるジャンルではないと思うぞ…」
「それは確かに一理あるかも。でもこんだけ人が多いと稜子ちゃんとか案外いたりして」
「…そういやあいつら今日出かけるって言ってたな。え、まさか本当にいないよな?」
「さぁ?これだけ周りが人多いと探す気にもなれないよ」
「人多すぎていてもわからなさそうだしなこれだと。とりあえず並ぶか?」
「うんうん。並ぼう並ぼう」
そう言って列に並ぶ渚と明人。
結構長蛇の列である。
「…少し時間ずらした方がよかったかもなこれ」
「ずらしたかったけど、吹替版はこの時間しかやって無かったんだよね」
「待って、そう言えば聞いてなかったけどこれ一日何回上映されてるの?そんなにマイナーなのか?」
「えっとね吹替が1回と、字幕が2回だよ」
「…ポピュラーとは言い難そうだな。やっぱり」
「まあジャンルがジャンルだからね。大衆受けはしないよね」
「まあ渚が見たいやつだしいいけどさ」
「あ、そうだ。思い出した。今日の映画代は私が全部出すから安心して大船に乗ったつもりでいてよね」
「え?いやいや払うって。流石に自分の分は払わせてくれよ」
「あくまで神谷君は時間を割いて付き合ってくれてるわけだし、お金くらい出すよ」
「いいって。そんな高いわけでもないし、結局見ることに変わりないわけだしさ。全く見る気無いならついてこないって」
「そう?じゃあこの付いて来てもらってる恩はまた別の機会に返すことにするね」
「そんな恩とか思わなくて大丈夫だって。好きでついて来てるだけだしさ」
「もう…神谷君って結構頑固なとこある?」
「はは、あるかも。こういうとこはいっつもこんな感じだ俺。恩を売るみたいなの好きじゃなくてさ」
「そう?ならしょうがないなぁ。今日一日神谷君が楽しいと思ってもらえる一日に私もするね」
「じゃあそれで貸し借り無しってことで」
「そういうことで」
そんなことを話しながら列を進んでいく2名。
ほどなくして先頭までやってきた。
「いらっしゃいませ。どの映画になされますか?」
「えっと、この14時からの、映画で」
「14時からの…はい、かしこまりました。お席は通常席とカップルシートございますがどちらになさいますか?」
「普通の席でいいよね?」
「いいと思うけど、すいません、何が違うんですか?」
「カップルシートの方がお安くなります。だいたい半額くらいですね」
「…半額らしいぞ、渚」
「半額…うーん、でもなぁ…」
「な、なんで俺見るのさ」
「…どうしよっかなぁ」
「お、俺は気にしないから、どっちでも」
「ほんとにどっちでもいいの?それどっちでもよくないって反応だよ?」
「…いや、だってカップル…」
少し赤くなった顔を逸らしながらそう言う明人。
恥ずかしがってるのが隠せてない。
「席の間の隙間が無くなってるだけで、あとは普通の座席と同じですよ?お得です」
「半額…半額…んー…私ちょっと悩んで決められ無さそうだから神谷君選んで」
「そこで俺に投げるの!?え…渚いいの?」
「だってほら、お金は神谷君も出すわけだしさ…私は別に高くても問題は無いけど…神谷君はもともと見たかった映画なわけでもないし。半額は大きいと思うんだよね…」
「…まあ、そこは正直確かに…」
2人とも一応まだ扱いは学生。
そんなに懐が温かいわけでは無い。
「…じゃ、じゃあ、カップルシートの方で…」
「畏まりました」
結局そっちを選んだ明人であった。
顔は明後日の方を向いていた。
対する渚は、すごく申し訳なさそうな顔をしていた。
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とりあえず販売列から抜け出した2名。
映画まではまだ少し時間がある。
「さっきは選ばせるようなことさせてごめんね。多分恥ずかしかったよね」
「正直言っていい?滅茶苦茶恥ずかしかった」
「だよね…ほんと、なんか、ごめん」
「いや、渚がいいならいいんだけど…いいのかなぁ…カップルでもないのにさ」
「カップルかどうかなんて証明する方法なんて無いからそこは大丈夫だと思うよ。神谷君もやっぱり安さで迷った?」
「…まあ、安くできるなら、そっちの方が、いいかなとは思ったよ…ごめん、距離的には離れとくから」
「私は、別に、大丈夫だけど」
「そ、そうか」
なんとも微妙な空気が流れる。
流れを断ち切るためか明人が口を開いた。
「あ、渚、映画館で食べる人?」
「…あ、うん。食べるよ。神谷君も食べるの?」
「まあポップコーンとかは食べるかな」
「それじゃあもうちょっと時間あるし買いに行こっか」
「そうしよう」
というわけで売店へ向かう渚と明人。
「えーっと、渚何がいい?」
「塩がいいかなぁ…神谷君は?」
「ああ塩かぁ。いや俺キャラメル派だからさ。あ、でも渚が買いたい方でいいよ?」
「いいよ神谷君こそ食べたいもの食べなよ」
「いやいいよなんか悪いし」
「あ、そちらでしたらこちらのカップルセットだと両方着きますよー。料金的にも二つ買うよりお得です」
店員の言葉を聞いて同時に相手の顔を見つめる2名。
立ちはだかるカップルという言葉の壁。
「え…どうする」
「もうここまで来たら後戻りなんてしなくていいんじゃないかな…す、すみません。カップル、セット、1つ」
「かしこまりましたーお値段は…」
結局そっちを買った2名。
「これで貸し借り無しってことでいいよね」
「あ、ああ。…やっぱ、恥ずかしくない?」
「死ぬほど恥ずかしいよ…穴があったら入りたい…」
「だよなぁ…」
結局同じ空気に逆戻りする2名。
また何を話していいのか分からない空気になる。
そんな2人に声がかかった。
「…え、渚?」
「あ、明人?」
「「え?」」
瞬間湯沸かし器と化して下を向いていた2名が顔を上げると、そこにいたのは滅茶苦茶見覚えのある2人だった。
具体的には、稜子と啓介である。
「き、奇遇、だねぇ」
「いや奇遇じゃ無いわよ。なんでいるのよ」
「なんでって、それは、ほら、この前誘った映画を見に…」
「あ、ああ、そういえば…」
「そ、そういう、こと。稜子ちゃんこそ、今日映画見に来てたんだね」
「…これは、その…い、一応だいぶ前からこいつと約束してたから…」
「別に責めてないからそこまで気にしなくていいよ。でもタイミングがぴったりでびっくりしたよ」
「ほんとね…というかなんで明人?え、まさかあなたたち」
「違う違う違う違う!!稜子ちゃん勘違いしてるよ!」
「いや、まあ何よ?気にしないわよ?いや、ほら、割とお似合いじゃない?」
「違う!違うんだって稜子ちゃん!!ほら、だって神谷君だよ!?神谷君!私のことなんて好きになるわけないでしょ!ね!そうだよね!?」
「え!?え、あー…その」
「滅茶苦茶言いよどんでるぞこいつ。案外乗り気ー?」
「いやっその、そういうわけじゃ、無いっていうか…」
「へへへ、いやまあ、渚可愛いしなぁ?好きになってても不思議じゃないよ不思議じゃ」
「と、とりあえずさ!その、今日はさ!あくまで私の付き添いってことで付き合ってもらってるだけだから!そういうんじゃないからほんとに!そうだよね!?」
「…あ!ああ、そう、そんな感じ!」
「どんな感じよ」
「動揺しすぎだぜ」
「え、いや、だってさ。その…」
「はいはい。分かってるわよ。どうせいつものお人好しでしょ」
「変わらねえよなぁ明人は!ハハっ」
「っっ!!お前ら分かってて滅茶苦茶振るなよ!」
「じゃあ私たちは行くわ。またね渚」
「うん、またね」
「じゃあなー渚と明人。仲良くやれよー」
そう言うと2人は去って行った。
映画見た帰りだったらしい。
「ごめんね!神谷君!まさか2人とほんとに会うなんて思わなかったよ!」
「いや、いいんだ。いいんだ、何か問題あるわけじゃ無いし」
「だ、大丈夫!?なんか顔が魂抜けてるけど!戻ってこーい!」
肩を揺らす渚。
それで死んだ目が戻る明人。
「っ、大丈夫!大丈夫だからほんとに!」
「大丈夫!?ほんとに!?」
「大丈夫!ほんとに!大丈夫だから!」
「ちゃんと稜子ちゃんには神谷君がしばかれないように説明しとくから!安心していいよ!」
「お、おう」
そう言って離れる渚。
「…そう言う問題じゃないんだよなぁ」
明人が小さくつぶやいた。




