予約
悠太が帰ってから数日。
渚が咲希の部屋をノックしていた。
「咲希姉、今いい?」
「んー何ー」
出てくる気配がないので扉を開ける渚。
上半身だけ部屋の中に入れるとベッド上に咲希が転がっていた。
「明後日って暇だったりしない?」
「内容による」
「えっとね、映画を見に行きたくてついて来て欲しいんだよね」
「あーそう言う感じの?なら無理だわ」
「えーなんで」
「お客来る予定あるもんその日」
「何時から?」
「前日からだが。映画ってことは多分昼過ぎとかでしょそれ」
「そうだよ?駄目かな」
「丁度多分チェックアウト時間に重なる。1泊やねんその人」
「じゃあ私もいないと駄目かな」
「いや、お金のやり取りあるからいないといけないだけだから俺いればいいけど、流石に誰もいないのはまずい」
「ああなら、分かった。ちょっと他を当たってみる」
「あーい」
そこまで話して自室へと戻る渚。
咲希が駄目なので他の人を誰か探さないといけなくなってしまった。
この周辺に映画館などないので、電車に乗らねばならないからである。
一人行動禁止は未だに生きているので。
「とりあえず稜子ちゃんあたりとかに聞いてみよ」
そう言いながらスマホから稜子へメッセージを送る渚。
『映画見に行こうと思ってるんだけど、稜子ちゃん明後日とか予定空いてる?』
数分後、既読がついて稜子から返信が届いた。
『ごめん、その日私既に予定が入ってるから駄目』
『了解分かった。ありがとう』
「あーダメだったかぁ。そうだよね土曜日だもんね。予定もあるかぁ。どうしよっかな。美船ちゃんとかかなー」
割と雑い感じで候補に挙がる美船。
渚の肉体年齢的には一応年上なのだが扱いが普通の友達のそれである。
とりあえずメッセージを美船にも飛ばしてみる渚。
『映画を見に行こうと思っているんですが、明後日のお昼ごろとか予定空いてますか?よければ一緒に行きませんか?』
メッセージを送って数秒、即既読がついて返信が返ってくる。
『ごめーん!その日珍しく予定あるから行けなーい!私じゃなくてボーイフレンド誘って行って来なよー!』
『ボーイフレンドはいないですけど分かりました。また機会があったら一緒に行きましょー』
「あああああーなんでぇ!全滅したぁ!どうしよっかなぁ…でもなぁ、行けそうな日、明後日くらいしか無いんだよなぁ…」
自分の交友関係の薄さを思い知る渚。
実際こっちに来てからというもの関わりのある人間は数えるほどである。
映画に誘えるような仲の相手など数人であるので。
「あとはぁ…神谷、君かぁ…ちょっとなぁ…誘いづらいんだよなぁ…」
頭によぎるのはこの間最後に明人と会った公園の去り際の記憶。
つい思ったことをポロっと漏らしたものの、冷静に後になって考えてみれば、なんだか相手に気があるような雰囲気のセリフだったのではないかと思わずにはいられなかったのである。
それを明人に言ってしまったがゆえにちょっと顔を合わせづらい現在である。
「実際神谷君を異性として好きとかそう言う気持ち一切無いしなぁ…変な勘違いされてても嫌だし…それに昨日の今日だとほんとに私が神谷君に気があるみたいで嫌だし…ああああーどうしよう」
悩む渚。
でもこの状況で映画に誘えそうな相手が他にいるかと言われると答えはNOである。
明人が最後の頼みの綱ではある。
「まあ神谷君いつでもいいよって言ってたし、実際言ってみたら断られるかもしれないし、言うだけ言ってみようかな。それに、仮に私が神谷君のことを例えば本当に好きだったとしても、神谷君は別に私のこと異性として好きってわけじゃないだろうし大丈夫でしょ」
とりあえずそう決めたらあとはメッセージを送るだけである。
「なんて送ろっかなぁ…『明後日とか、暇ですか』とか?違うなぁ…『明後日、映画行きたいんだけど、一緒にどうかな』んー違う!えっとぉ…ああああどうすればいいんだろう…まあいいや、適当に送ろう」
『明後日、映画に行こうと思うのですが、一人では遠出ができず、稜子ちゃんや咲希姉を誘ってみたのですが断られてしまいました。もし神谷君が予定が空いていれば一緒に来ていただくことはできますか?断っていただいても大丈夫ですので、ほんとに暇であればどうですか』
「よしっ、これで勘違いはされないでしょ。ふぅ」
とてつもなく業務連絡じみたメッセージを明人に送る渚。
数分後、明人からメッセージの返信が来ていた。
『そんな改まってどうしたの?』
当然の反応である。
「そう来たかぁ!そうだよね神谷君優しいもんね。これじゃあ逆に心配させるか。えっと…」
『私の自分勝手な予定だから、神谷君を付き合わせるのがちょっと申し訳なくて、ちょっと堅めに送ちゃった』
『そんなこと遠慮しなくていいのに。予定見るから少し待ってくれ』
『分かった。お願いします』
そしてそこからさらに数分後。
再び明人からメッセージが飛んできた。
『何にもなかったから行けそう』
『あ、ほんとに?来れそう?』
『部活とかも無かったし、行ける行ける。何時くらいにどこいればいい?』
『11時くらいに駅前に居てくれれば大丈夫だよ』
『おっけー。じゃあその日に行けるように準備しとく。あ、ちなみに何の映画見るんだ?』
『えっとね、これだよ』
そう言ってリンクを貼る渚。
『え、これ見るの?』
『え、うん、そうだよ。もし興味なかったらお金は私が出すから安心していいよ。それか本当に見たくもない感じだったら、外で好きなように待っててくれればそれでも大丈夫だけど
』
『いや、行くからには見るけど。渚趣味濃いな』
『そうかな』
渚が提示したのは伝記映画。
しかも戦時中の。
まあ見る人は選ぶだろうという映画であった。
少なくともぱっと見渚が見る映画ではない。
実態はともかく。
『じゃあ内容はともかく、行くから。その日に』
『お願いします。楽しみにしとくね』
そこで返信が途切れた。
「はぁードキドキしたぁ。よかったぁ。断られなかった」
そのままベッドに倒れ込む渚。
何故か断られなくて良かったと思っていることに本人が気づくことは無かった。




