夜中の戯れ
「いかん遅くなっちまった。寝るか」
「しろすな」2階。
咲希の自室。
時刻は既に12時過ぎ。
基本的に規則正しく生活してないと経営が回らないので、だいたい12時過ぎる前には寝ているのだが、今日はそもそも風呂に入るのが遅れたため、時間が回ってしまったようである。
そのまま布団に潜り込んで睡眠体制に入る咲希。
相変わらずクーラーはガンガンなので、夏場にも関わらず布団は被っている。
「…zzz」
お客が来た関係かどうかは分からないが、やはり疲れはたまっていたようで、程なくして眠りにつく咲希。
そしてそのまま時間が過ぎていく。
いつも通りであればこのまま目覚ましをセットした時間まで寝続ける咲希であるのだが。
「…ちょっと、あんたねえ!」
が、数時間が経ったところで咲希の穏やかな睡眠は打ち砕かれた。
家じゅうに響く爆音、もとい声。
その声で咲希の目が開いた。
地震では目が覚めないが、人の声にはすごく敏感である。
「え、何、こんな時間に」
がばっと布団から起き上がり、耳を澄ます咲希。
こういう時、頭が回転するようになるまでの時間は短い。
元々寝起きは良い方なので。
なお時間を確認したら夜中の2時である。
普段渚も寝るのは12時前であり、今日もそれくらいに自室に入るのを確認しているので、この家の住民の声ではない。
しかし声の響き方は完全に家の中のそれである。
「時間と場所を考えろこの阿保っ!」
またも響く爆声。
少なくとも夢とか聞き間違いで済ますには無理がある。
幻聴の類にしてはあまりにも現実味あり過ぎである。
「…確認しに行くか」
こういう時の行動は早い。
立ち上がるとそのまま部屋の外へと足を運ぶ。
そして扉を開けたところで一瞬足が止まる。
「…暗」
廊下は月明かりがあるので真っ暗ではないものの、やはり暗い。
そして咲希は暗いところは苦手である。
そこに関してはここに来る前から何も変わっていない。
「…電気」
とは言え、2階廊下の電灯のスイッチはすぐ近くなのでそれをポチる。
すぐに明かりがついて暗闇が晴れた。
そうしてすぐ近くの渚の部屋に一応の確認に向かう咲希。
渚の部屋の扉はぴったり閉められており、光が漏れている感じはないので寝ているのだろう。
一応聞き耳を立ててみたが、特に何も聞こえない。
「渚…ではないよなやっぱ。あの声は。まして、寝言じゃないだろうし…」
渚が渚になってから数か月。
最初の頃は姿は当然、声も違和感でしかなかったが、数か月も経てば慣れてしまうものである。
自分のことは当然として、常日頃から一緒にいる相手もそりゃ慣れる。
声についても流石に渚の声だったならば間違えるはずもない。
「…となると下かやっぱり。客だよなぁ」
ゆっくりと階段を下る咲希。
単純に寝起きなのもあるが、それ以上に下は電気がついていないというのが大きい。
暗いとこ怖いのもあるし、それ以上に足元が見づらくて普通に危ない。
「懐中電灯持ってこればよかった。部屋に常備しとこうかな。というか階段に電気つけた方がいい気がするなこれ」
ぶつぶつ言いながら1階まで下りて1階廊下の電気をつける咲希。
1階廊下の電気のスイッチ自体は階段を下りた場所の目の前なのでその点は探す必要もなく楽である。
「えーっと今の客が泊まってる部屋は…手前か」
客室に近づいて音を聞くと、先ほどまでのような大きな声ではないものの、明らかに誰かの怒声が中から聞こえてくる。
何か揉めている雰囲気を嫌でも感じ取ったので正直あまり声をかけたくなかったが、咲希にそのまま放置する気は無い。
何かあって後でとやかく言われる方が嫌なので。
仕方なしに部屋の戸をノックした。
「あのー夜分遅くにすいません。大丈夫ですか?すごい大きな音がしましたけど」
そこそこ大きな声でそう言うと、聞こえたのか中からの声が止む。
どたばたと音がして、部屋の扉が開いた。
「すいません。すいません。聞こえてましたか?」
「ええ。大丈夫でした?」
「はい、大丈夫です。すいません、何でもないんです」
顔を出したのは女性客。
声の感じからして間違いなく怒声を上げていたのは彼女の方なのだろう。
物凄い勢いで頭を下げられた。
と、そこで彼女の後ろから男の声が聞こえてきた。
「そんな、どこかに男女2人で泊まるならしてもいいと思ったんだってー」
「あんたはいい加減黙ってて!ただでさえ急で迷惑かけてるのにこれ以上迷惑かける気!?」
「そんな、生殺しだよ」
その言葉に対して先ほど上まで響かせていた声で返す女性。
どうやらそういうことを男側が仕掛けようとして、女性にキレられていたらしい。
そのことを察してあ…という顔になる咲希。
「あはは…えーっととりあえず、もう少し声を抑えていただけると助かります。あの、ここ部屋はそこそこ広いですけど、壁は薄いので…」
「すいません、すいません、気を付けます」
「では、夜分遅くに失礼しました」
そこで話を切り上げて戸を閉めようとしたところでもう一度客の方に向き直る咲希。
一番肝心なことを言うのを忘れていた。
そういうことが起こる可能性を考慮していなかったので多少なりとも混乱中である。
「あ、あと…その、事をいたすのは、やめてもらえると、助かります」
それだけ言うと返事も待たずに扉を閉めた。
後ろの扉の中からあんたのせいで怒られちゃったじゃない!という声が聞こえてきた。
「…流石にここでそういうのはやめてくれよ。掃除困るやんけ」
一言呟くと電気を消して2階に上がる咲希。
あまり実際のそういう行為には耐性が無い。
ここに来る前も後も純潔を保ったまま、実際のそういう場面は一度も見てないしやってないので。
「考えてなかったな…禁止行為一覧とか作った方がいいのかしら」
自分の部屋に入ろうとして渚の部屋を見る。
「…てか渚はあれで全く起きてないのかよ。相変わらずだな」
そうつぶやくと、もう一度寝るために自室に入って行った。
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「そういえば、渚、昨日の夜起きなかった?」
「え?起きてないよ?なんで?」
「…気づいてないのかマジで」
次の日、朝食を終えて時間ができたタイミングで渚に話しかける咲希。
どうやらほんとに知らなかったようである。
「夜中に家中に響く声が飛び交ってたんだぞ」
「そうだったの?」
「飛び起きたんだからな」
「全く知らなかった」
「流石だなおい」




