予定外
「さってと、もうそろそろかなー」
渚を送り出してしばらくしてからの民宿「しろすな」。
咲希が玄関口でそわそわしていた。
まあ午前中に掃除とかは基本的に終わらせるので、何もなければ午後は暇なのだ。
そんな咲希がわざわざ自室ではなく玄関口にいるのは、当然今から来る人物を待っているからである。
「向こうから来てくれるからいいよねぇ…どこか行こうだったら面倒くさいからそんなに行かないけどさ…さすが雅彦さんわかっていらっしゃる」
待っているのは当然雅彦。
わざわざ悠太の止まる予定を蹴っ飛ばしてまで作った日なのだ。
楽しまねば損である。
で、わざわざ来てくれるので咲希的には万々歳である。
家ならば大好きなPCから離れずに済むうえに、趣味の話もより深くできるというものである。
そうこうしているとピンポンと玄関のインターホンが鳴った。
「はーい!」
いつもより素早く玄関を開ければ、目の前にいたのは雅彦であった。
「こんにちは、咲希さん」
「どーもです雅彦さん。さーとりあえず入って入って」
「お邪魔します」
若干テンション上げ気味な咲希に家の中へと招かれる雅彦。
家自体は何度も仕事で訪れているが、彼氏になってから訪れること自体は初めてである。
「なんというか…変な感じです。家の中は何にも変わってないのになんか緊張する…」
「緊張してるんですか?雅彦さん」
「まあ、ちょっと、彼女の家、ですし」
「くふふ…まあ私も彼氏呼ぶのは初めてなんでなんか不思議な感じですけど」
笑いながらそう言う咲希。
釣られて雅彦も笑う。
「じゃあじゃあ、とりあえず上行きましょ?今日は仕事場じゃなくてお客…だと意味違うか。彼氏だし?あと単純にやりたいことが私の部屋にしかないし?」
「…咲希さん、その」
「ん、なんです?」
「あんま、彼氏彼氏言われると、その、すっごい恥ずかしいんですけど」
「ひひ、でも言いますよー。私の初彼氏だしー。それに雅彦さんももっと彼女彼女言っていいのよ?」
「…ま、また別の機会に」
「ふふ…じゃあまあとりあえず行きましょ?時間も有限だし?」
そう言うと雅彦を連れて2階へと上がる咲希。
まあ雅彦自身もなんだかんだ何度も訪れている場所ではあるので見慣れている光景ではある。
「はいじゃあ入って入ってー」
「お邪魔します」
というわけで咲希の部屋に招き入れられた雅彦。
咲希の部屋はいつも通りである。
相変わらずパソコンが鎮座しているし、ベッド上にはぬいぐるみが積まれている。
「…あれ、咲希さん」
「どうかしました?」
「ぬいぐるみ増えてません?」
「…よく分かりましたね?いや、偶に買ってるので、増えてますよ」
だいたいいつも通りだが、ぬいぐるみは増えていた。
別に誰に隠しているわけでもないので、結構定期的にオンラインショップで買っている。
そのせいで、最初はベッド上に数体だけだったぬいぐるみたちは、既に10を超える数になっている。
「その、前から言いたかったんですけど、可愛らしい趣味、してますよね。咲希さん」
「言わなくていいです分かってますよ。どう考えても私の普段の言動とこれ一致しないってやつでしょ?」
咲希の目が少々怪訝な感じになる。
「いや、むしろ普段の姿を知ってるから可愛いっていうか…」
「え、可愛い?私?ちょちょ、冗談やめてくださいよ。渚ならともかく私可愛い系じゃないでしょ?」
「でも咲希さん偶に凄い可愛い時ありますよ?」
「え、どこがですがこのガサツ女の。普段からこの格好でお洒落とかほぼしないのに?」
「花火で子供っぽくはしゃいでるのとか、ご飯食べてる時の幸せそうな顔とか」
「え、そんな風に見えてたんですか?」
「あの時から可愛い人だなって思ってましたよ」
「マジか。マジかぁ…ちょ、なんてこと言うんですか、顔滅茶苦茶熱くなってきたんですけど」
「これは俺の勝ちですね?」
「何の勝負やってるんですか!?」
「あとああそうそう、あれ忘れちゃ駄目ですね。咲希さんが美船に無理やりお洒落させられた時、物凄い可愛かったですよいろんな意味で」
「あれ忘れてください。あれはきっと私じゃないので」
「無理です。永久保存です。普段のギャップも凄くて、なんかしおらしくてすごい可愛かったんですよ。あの時は流石に面と向かってそんなこと言えませんでしたけど…今ならいいですよね?」
「良くないです。顔から火が出そうなんですけど」
そう言いながらベッドにダイブする咲希。
ぬいぐるみに埋もれていった。
「ちょっとしばらくこうしてていいですか。顔の色戻るまで」
「いいですけど、その、なんというかそう言うとこ可愛いですよね」
「うるさいです。恥ずかしくて隠れたこと無いんで隠れ方知らないんです」
想定外のところから攻撃を受けた咲希はしばらくぬいぐるみの中で復活待ちの状態になっていた。
雅彦はそんな咲希を優しい瞳で見つめていた。
□□□□□□
数分もしたころ。
民宿「しろすな」のインターホンが再び鳴る。
「えっ、お客?」
先ほどまでぬいぐるみに埋もれていた咲希が飛び起きる。
既に平常運転の表情である。
切り替えは早い。
「あれ、お客さんの予定ありました?スイマセン、邪魔でしたか?」
「ああ、いや、今日はお客の予定無かったはずなんですけど…ちょっと出てくるので待っててもらっていいですか?なんか頼んだっけかな…」
「ああ、俺のことは気にしないでください。行ってきてくださいよ。待ってますから」
「じゃあちょっと行ってきますね」
首をひねりながら玄関へと向かう咲希。
今日は予定はないはずなので誰も来ないはずなのだが、まあ偶に急な客が来たりするのでそれかもしれないと扉を開いた。
開いた先を見た咲希の目が見開かれる。
「おーっす咲希ちゃん。また来ちゃったぜ」
「…え?」
「あれ、この前言わなかったっけ?来るって」
「あ、ええっと?雅彦さんからキャンセル連絡貰ってたんですが…?」
「ああ、あいつは行かないって言ってたしなぁ。ただ俺はキャンセルしてないっしょ?あ、もしかして部屋埋まってたりする?」
「あ、いや空いてますが。ま、まあ、とりあえず入って?」
「お邪魔ー!」
そこにいたのは悠太である。
今日来ちゃいけないはずの人物であった。
「あ、ランポさん、ちょっと待っててもらっていい?上で片づけないといけない仕事があるから…」
「おっけー!じゃあ下のここで待たせてもらうわ!」
「じゃ、じゃあちょっとそこにいてくださいね」
そう言うと咲希は上の階へと戻っていく。
ただ咲希の顔がだいぶ見ちゃいけないもの見た顔になっている。
そのまま咲希の部屋に戻る。
「あ、咲希さんお帰りなさい。どうでしたか?」
「あ、あの、あの、雅彦さん」
「は、はい?何かありました?」
「…その、ランポさん、来てるんですけど」
「…え?」
ガチめに困り顔の咲希に、一気に引きつった顔になる雅彦。
どうしようという内心だけが一致した。




