リベンジ
民宿「しろすな」駐車スペース。
そこに今一台の車が停車した。
そして止まった車に近づく一人の人影。
「あ、咲希さん。お待たせしました」
「大丈夫ですよ。むしろ時間より前じゃないですか」
車の中の人物は大月雅彦。
外にいる人物は咲希である。
今日はとは言うと、2人でお出かけであった。
「じゃあお邪魔しまーす」
「はい。この前のとこでいいんですよね?」
「いいですよ。お喋りのリベンジだし?」
「ぷっ、なんですかそれ」
「だってこの前は…ねぇ?私が何をやらかしたか覚えてるでしょ?」
「忘れませんよそりゃあ、あんなことあったら」
「おかげさまでまともに喋れてないですし。だからこそリベンジですリベンジ」
今日の予定は適当に昼ごはん食べるだけ。
というか会って喋るのがメインで他はおまけである。
「じゃあとりあえず行きましょうか?お腹的にも」
「ふふ、そうですね。行きましょ行きましょ」
とりあえず話半分に車を外へと向かわせた。
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「さーってと…これでようやくゆっくり喋れますね」
「そうですね。なんだか面と向かってちゃんと喋るのがすごい久しぶりな気がします」
「一週間経ってないですけどね?」
「今週は時間の流れが遅くて」
「ふふ、何言ってんですか全く…」
とりあえず着いた先で昼ごはんにありついた2名。
腹ごしらえを済ませ、ようやくまともに会話に集中できる状態になった。
「あーそうだ。この前ランポ断っといたので。とりあえず大丈夫だと思います」
「あ、そうだった。ごめんなさい押し付けちゃって。宿の経営考えたら無下に断ることもできなかったので…」
「いえ、大丈夫です。なんかあることは察してくれたので恐らく。それに俺もあいつには悪いですけど、もうちょっと咲希さんのことだけ考えてたいですし」
「おっと、急にぐいっと来ますね?」
咲希の顔がにやける。
言われてちょっと嬉しい。
「もうこの前言っちゃったので…それに、つ、付き合ってるなら、いい、ですよね?」
「ぷっ」
「あ、ちょっ、その、経験無いんでこういうこと、勝手が分かんないんですよっ」
「いや、そんな挙動不審にならなくて大丈夫ですって。ああもう、私だって初心者なのになんだか調子狂うなぁ…」
そう言いながらにやけ顔から純粋に笑顔になる咲希。
「あの、咲希さん。ほんとにいいんですか?」
「え?何がです?」
「俺で。いや、別に付き合ってるだけといえばそれまでなのかもしれないんですけど…」
「心配性ですね?」
「すいません。でもやっぱり気になって」
伏目がちの雅彦。
なんというか申し訳なさそうである。
対する咲希はなんかニコニコである。
咲希からしてみれば、そんなこと気にしなくていいのにといった感じなせいか。
「うーん…そうですね。私の気持ちはこの前伝えた通りです。なんならもっかい言いましょうか?」
「えっ、あ、それは、その、俺が恥ずかしさでぶっ倒れるので…」
目が泳ぐ雅彦。
この前言われたことが頭をよぎっているらしい。
「あははっ。じゃあ倒れてください。私は雅彦さんと一緒にいるの楽しいんです。一緒にいるの好きなんですって。そうじゃなきゃ今日だって来ませんよ?だから顔上げてください。そんな申し訳なさそうな顔しないでくださいって。ほらほら、そんな顔だと私、帰っちゃいますよ?歩きで」
「えっ、歩きじゃ一時間以上かかりますよ!?」
「よし、ようやくちゃんとこっち見た」
「あっ」
「ふふ、バレてないと思ってましたか?今日私の方しっかり見てないでしょ雅彦さん」
「うっ」
「普段の私なら気づいてないかもしれないですけどね…私も人の顔見るの得意じゃないし。でも今日頑張って雅彦さんの方向いてたんで丸わかりですよー」
「すいません…その、気恥ずかしさが…」
「全くもう…恥ずかしいの雅彦さんだけだと思います?なんなら正直こんなこと言いながら顔暑いんですけど私。どうしてくれるんですか?」
事実である。
ぶっちゃけ途中から無駄に暑い。
部屋の中は明らかに涼しいのに謎に顔が暑い。
咲希とていろんな意味で初心者。
吐いたこともないセリフをぶちまければ当然恥ずかしい気持ちもあるのである。
もう包み隠す気は無いが。
「だから胸張って彼氏してください。むしろ雅彦さんがそこは頑張ってくれないと私また引きこもりのもやしに戻りますよ?だから手間かけますけどお願いします」
ペコリと頭を下げる咲希。
雅彦がまた慌てる。
「いや、咲希さん頭上げてっ。そんなこと手間だなんて思いませんよ!」
「ふふ…じゃあこれでこの話はおしまいっ。少なくとも私はあなたとそう言う関係でいいと思ってますよ」
「ありがとうございます…不甲斐ないとこ、あると思いますけど、今後もよろしくお願いします」
「むしろそれはこちらこそ、です」
咲希が笑う。
今度はつられて雅彦も笑った。
「あーそうだそうだ。そういえば、この前話そうと思って話しそびれたことなんですけど…」
そっから先は、いつものゲームの話題に突っ込んでいった。
この辺はいつも通りである。
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「ふーもう帰りかぁ。やっぱ話してると時間過ぎるの早いですねぇ」
「そうですね。俺も咲希さんと久しぶりにちゃんと話せてよかったです」
「まあまあ、今後もまた喋る時はいくらでもありますし?あ、それに来週ランポさん来ないなら土曜日空いてますし来てくださいよ家に」
さらっと雅彦を誘う咲希。
ランポ来ないならええやろの精神である。
「え、いいんですか?」
「遠慮しないでくださいよ。お仕事で何度も来てるんだし今更でしょ?」
「ま、まあそうですかね…じゃ、じゃあお邪魔しようかな」
「なら決まりですね!家ならゲーム見せれますし!一緒にやりましょやりましょ」
「ああいいですね。それ、是非」
そんなことを話しながら入っていた店の外に出る2名。
微妙に混んでいたので若干車までは距離があるというところか。
そこで咲希が雅彦に呼びかける。
「あ、雅彦さん」
「なんですか?咲希さん」
咲希が横にいる雅彦の手を引っ掴んだ。
やりたかったらしい。
「え?」
「…いや、その、手、繋ごうかなと。…前、どっかでやったし」
逸らした視線のまま咲希がそう言う。
一応繋いだ経験はクリスマスの時に一度ある。
状況が違いすぎるが。
「え?っ!?」
いきなりの咲希の行動に雅彦が驚く。
驚きすぎてなんか変な声が出た。
「あ、い、嫌なら離しますよ」
「いや、嫌なわけ、無いですけど」
「そ、それならいいんですけど」
2名の歩みが止まっている。
雅彦は驚きから、咲希は気恥ずかしさからか。
固まった空気を破壊するかのように咲希が若干叫ぶ。
「経験無いからこうでもしないとボディタッチ出来ないんです!それに結局今日彼女っぽいこと何にもしてないし…子供っぽすぎですかね?こういうの」
「…いや、俺は気にしませんよ?」
「なら、いいんですけど…」
「咲希さん、こういうこと、好きなんですか?」
「…やる機会無かったですけどね。好き…です」
「じゃあ、遠慮なんていりませんよ?一緒に行きましょうか」
「…はい」
自分から仕掛けておいて滅茶苦茶恥ずかしそうな咲希と、むしろ笑顔な雅彦がそこにいた。
結局車までの大した長さでもない距離をその状態で歩いて行った2名であった。
なお咲希は帰った後で、あそこで手を繋ぐって状況おかしすぎだろ考えろ馬鹿と一人で頭を抱える羽目になった。
雅彦に負けず劣らず咲希の方も十分混乱していた。




