その後
咲希を見送った渚。
扉が閉まるのを見届けた直後、今更ハッとした顔になる渚。
「あれ?話しつけに行くって言った?話しつけに行くってあれ…好きとか嫌いとかそういうことだよね…え?」
とりあえず咲希が話してきたのでそれっぽく反応してたものの、何をしにいくかいまいちわかっていなかった渚。
完全に咲希が出て行った今になって何をしに行ったのか気づいた。
「え!?え、え、え、えーーー!?ちょっと待って!?早くない!?え?うそでしょ?ど、どうしよう。追いかけ、追いかけるのは駄目かっ。…う、海、そうだ!海!なら上に上がれば!」
といいながら2階に駆け上がり、自室へと飛び込む渚。
渚の部屋には大きめの窓があり、そこから海が見渡せるからである。
もちろん電機はつけない。
覗くのだから。
「どこだろう…」
窓を少し開けて、咲希の居場所を探す渚。
既に太陽が落ちているので辺りは暗い。
「駄目だ、全然見えないや。これでも視力はよくなったほうなんだけどな」
そう言いながら、しばらく海を眺めていると、目が慣れたのか先ほどよりはしっかり物が見える状態へとなってきた。
「あ!見つけた!まだ一人みたい…?今更だけど夜の海に一人だけって危なくないかな。一応警察に電話できるようにしとこうかな」
そう言いながら咲希の様子を眺める渚。
咲希の方はと言うと、海辺を行ったり来たりしてるだけである。
他の人影はまだない。
「あれ、今更だけどこれ、覗き見じゃ無いかな…やっぱりやめようかな」
今更である。
思い切り覗き見である。
「でもなぁ…気になるなぁ…うーん、やっぱりやめよう」
そういうと、窓を軽く閉めてベッドへと転がる渚。
「でも、なんで咲希姉突然あんなこと言い出したんだろう。昨日まであんなに取り乱してたのに。熱でおかしくなっちゃったのかな。やっぱり止めるべきなのかな。うーん分かんないや」
踏ん切りがつかないのか、ベッドをゴロゴロしながらぶつぶつ言い続ける渚。
覗き見たい気持ちはまだある。
でも良心がそれを止めている。
「咲希さん!」
と、そんな風に自室でゴロゴロしていたところ、窓の外から雅彦の叫びに近い声が聞こえた。
思わず窓まで駆け寄って網戸を開けて外を見る渚。
良心はどこかに行った。
外を覗いてみれば、暗くて遠いので分かりづらいものの、咲希の他に一人男の影が見えた。
まあ雅彦であろうことは容易に想像がつく。
「何か話してるみたい…でも全然聞こえないや。どうなってるんだろう…」
最初の声は咲希を呼ぶ声だったのもあって大きかったものの、それ以降の会話は2人にしか聞こえないレベルの声で行われているのか、全く聞こえない。
とりあえず咲希がなんかいっぱい話してるのだけは何となくわかる。
しかし聞こえないから覗き見をやめる発想は無かった。
何かあったら大変だし、そんなことより気になる。
そのまま少々食い気味に窓から身を乗り出しつつ覗き続けた。
覗いていると、雅彦が代わりに何かを言っている。
ほとんど聞こえないが、海の風に乗ったのか、声が大きかったのか、ちょこっとだけ聞こえた。
具体的には付き合ってだけ。
「…」
食い入るように外を覗く渚。
最初の葛藤はいらなかったのではないだろうかと思うほどに。
そうしていると、なにやら雅彦と思われる男の方がガッツポーズのように腕をぐっとやってるのが見えた。
咲希の方はよく分からなかったが、少なくとも悪い雰囲気ではなさそうである。
そこまで見て、ゆっくりと身を引いて窓を閉めてベッドへと転がる渚。
「とりあえず、良かった、の…かなぁ?」
ベッド上でそう呟く渚であった。
□□□□□□
「ただいまー」
そうしてしばらく経った頃。
階下から咲希の声が響いた。
やること終えて帰ってきたようである。
その声に若干体をびくっとさせて飛び起きる渚。
勢いのまま部屋から飛び出して下の階へと向かう。
「お、おおお帰り咲希姉」
「あ、うんただいま。え、何寝てたの?」
「ね、寝てないよ?やだなぁ」
「なんかテンションおかしくない?」
「おかしい?おかしいかなあ。いつも通りだと思うけど」
「めっちゃ声上ずってんじゃん」
「ん゛…ん。全然?そんなことないけど」
「うそぉ?」
「嘘じゃない嘘じゃない。ほら、咲希姉が突然出てっちゃったからご飯が冷めちゃうよ。早く上がって」
「ああ、悪い悪い。いや腹は普通に減った」
「じゃあ早く手洗ってきて。いっぱい食べなよ。一日中寝てたんだし」
「せやな。そうするわ」
結局、覗いていたことに関しては一言も言わない渚であった。
□□□□□□
というわけで咲希のひと悶着が終わって夕食。
そのまま無言で夕食を進める渚。
普段であれば絶対喋りかけてくる渚がである。
違和感だらけである。
咲希もそう思ったのか、逆に喋りかけた。
「え、渚なんかあった?」
「え、何も無いけど」
「なんで無言なんよ」
「食べてるからじゃない?」
「嘘だ。お前普段は食ってる合間に喋りまくるじゃん」
「そ、そんなに行儀悪くないよっ」
「いやまあ行儀云々は置いとくとして、何かおかしい。気づかんと思うかね、この俺が」
「それ咲希姉に言われるの?咲希姉の方が何かあったじゃん」
「そりゃまああったよ?今朝がたくらいとか死んでたし」
「そうそう、それにさっきはいきなり飛び出していったし」
「まあね。でも俺はそこで全部すっきりしたからさ。別にもう普段通りだろ」
「すっきりしたってことはさ、結局あれって付き合ったってこと?」
「んー…まあ、そう仕向けた」
「仕向けたの?」
「雅彦さんに言わせて、オッケーしてきた」
「なんで?」
「なんでってどゆこと?」
「あ、ごめん。なんでっていうかさ。ちゃんと考えて答えを出せたのかなって思って」
「そら考えたよ?なんならこの先行くとこまで行ったとこまで考えたよ」
「いきなり重いね」
「適当な恋はしたくないし」
「じゃあ、咲希姉、っていうか咲玖は本気なんだね」
「久々にその名前聞いたわ。…んーまあ本気かな。するなら真面目にやるよ?恋愛も」
「はぁ、そっかぁ。すごいな、私だったら多分無理だよ」
「ん、何がよ?」
「それはまあ勿論色々だけど。男と恋愛するのもそうだし?この身体が自分の物かどうかも分からないのに、色々決めれる自信があるのも羨ましいかな」
「んーだってさ。結局今はこの身体だし、自分の物か分かんないつっても出れないし、まあこの身体が自分みたいなもんでしょもはや。だったらこれが自分だと思って生きてこうかなって思ってるだけだぞ」
「うん、やっぱりすごいよ咲玖は」
「まあ、男どうこうのとこは思うところが無いわけじゃ無いけど…最終的にあれ受け入れるわけだし…」
「いきなり下ネタかい!」
「下ネタっていうかガチ下なんだけどな。いやだって挿す方もやってないんだぞ俺」
「もう挿される側なんだろ!気にするなよ!」
「いやぁ…若干そこに怖さあるよねぇ」
「…はぁ、今の咲玖を見てると深く考えるのが馬鹿らしくなってきたよ」
「むしろそうやって思えるならそう思った方が気楽だぞ。悩んだとこでどうにかなるわけでもないしこれ」
「じゃあいいや。とりあえずこの話は一回保留にしとくよ。はぁ、そう思ったらなんか私もお腹すいてきたわ」
「食え食え。明らかに箸の進み遅いぞ今日」
「そりゃまあ、ねえ?晩年童貞だった友達がいきなり彼氏作るんだもん。びっくりするよなぁそりゃあ」
「普通箸が進まないの俺側だと思うんだが」
「そこには私も同感だよ。友達のことでまさか自分のことを悩むとか思わなかったさ」
「これで年齢イコール彼女いないから彼氏いたにはなったな」
「ホモじゃん!」
「見た目はノーマルだからセーフ」
「ていうかさ、自分のことってちゃんと話したの?」
「流石にそこは…話してない。だからそこは若干罪悪感あるよ」
「それもそうか。でも多分いつまでも抱えてると嫌になってくるから話せそうなタイミングで話せよ」
「まあそこは俺もそのつもり。流石に腹に一物抱えていくにはちょいとこれは重すぎる」
「重すぎるっつーか爆弾だろ」
「せやな。核爆弾、フハハ」
「巻き添えは御免だぞ」
「安心しろお前も同じもの持ってんだから」
「だからーそれを掘り起こすんじゃないっての。今さっきまで悩んでること暴露したばっかりだろうがよ」
「まーまーというわけでこっからはしばらく人生初彼女やってくるわ」
「遅れたけどおめでと。応援してるわとりあえず。嫌になったらやめていいからな」
「いやになったらスパッと切るから安心して?」
「おうともさ」
「…ふふ、というかなんつーか久しく妹の渚、じゃなくて梛と会話してる気分だわ」
「あ」
「素が出ましたねぇ…ふふ。まあ俺は別にどっちでもいいけど…」
「ん゛ん。あーあー。よし、これで大丈夫かな」
「ボイチェンかなんかみたいだな」
「まあまあ心のボイチェンみたいなものですよ」
「久々に壊れたな」
「咲希姉見てたら思うところ色々あったからね。でもたまには私にも構ってよね」
「お、メンヘラか?」
「おっとその言葉は言わせないぞ咲希姉」
「アハハ!そんな心配せんでも構いますとも。安心せえや」
「ならよろしい。ところでおかわりいりますか?」
「…えーっと、やめとく」
なんだかんだ最近体重は気にしてる咲希であった。




