節目
「うーっし、まあ、行くか」
そう言うとベッドから立ち上がり、おでこに貼られたものを取り外す咲希。
再び体温を測れば平熱。
一応熱は引いたようだった。
「まあ、大丈夫かな?」
病み上がりどころの騒ぎではないので大丈夫ではない気もするが、この状態をこのままにしておいた方が余計体調が悪化しそうと思ったのでもう仕方ない。
その辺咲希は頑固なので止めるのは難しい。
そのまま部屋を出て下の階へと降りていく咲希。
降りてみれば、いつもの玄関横の椅子に渚が座っていた。
「あ、咲希姉。もう大丈夫なの?」
「ああうん、もう大丈夫。熱引いたし。すまん色々余計な手間かけたわ」
「ううん、全然気にしないで」
会話しながら玄関へと向かう咲希。
当然渚が止める。
「え、咲希姉?どこに行くの?」
「ん、ああ、いや、ちょっとそこまで」
「ちょっとそこまでって病み上がりなんだしやめときなよ。何かいるものあるなら買ってくるから」
「ああ、そうじゃなくて、雅彦の兄さんと話しつけてこようかなって」
その言葉に渚が驚いた顔をする。
そりゃまあ当然である。
昨日今日とそのことで頭を抱えて倒れていた人間が復活した瞬間に問題に会いに行くと言い出したのである。
そら驚く。
「え、それ、大丈夫なの?」
「全く大丈夫じゃ無いけど、これ以上この問題長引かせたくないし。だらだらもやもやするの性に合わん。とりあえず、片づける」
咲希は元々こういう性格である。
問題が長引くのは嫌いなのだ。
「もうさ、聞いちゃったものは変えれないしこのまま家で頭抱えてても仕方ないなって思ってさ。なるようになあれって思った。だからちょっと会って話してくる。すぐそこだからそんなにかからんから安心してや」
「…咲希姉がいいならいいけど、あんまり自暴自棄にならないでね」
「おうよ。大丈夫自暴自棄ってわけじゃあないからさ。あ、なんかあったら来てくれ。目の前の海らへんにいるから」
「分かった。気を付けてね」
「ああ」
そう言うと咲希は普段通りの格好で外へと出て行った。
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「ふぃー」
病み上がりの状態で「しろすな」目の前の海に来た咲希。
なんでここかというと、一応これでも病み上がり考慮で家のすぐそばにしたかっただけである。
夜の海の風が体にいいかは置いておいて。
あと、単純に誰かに聞かれても困るので、絶対人が来ないであろうここにしたというのもある。
「さて…来るかなぁ」
砂浜をウロチョロしながら暇をつぶす咲希。
一応先ほど返信があったことは確認しているので、ここで来ないことは無いとは思っているが。
そのまま数分。
砂の上をうろうろするのも飽きてきたあたりで、砂浜にもう一人の人影。
月明かりに照らされたその顔はとてつもなく見覚えのある、見たいような、見たくないような、そんな顔。
大月雅彦その人である。
「咲希さん!」
「お、こんばんは。雅彦さん」
雅彦が咲希と少し離れた位置で咲希の名を呼んだ。
それに咲希が気づいて反応を返す。
雅彦はここまで走ったのか、少し息が荒い。
まあ車を止めるスペースは存在しないし、大した距離でも無いからだろう。
「あ、ええ、こんばんは。…昨日ぶりですね」
「あはは、そうですね。昨日ぶりです」
どこか焦りのある雅彦に対して咲希はある意味普段通りであった。
もう色々覚悟してきたからかもしれない。
腕を組んで、笑顔で雅彦と会話する。
「朝、ごめんなさいね。ちょっと風邪引いてたっぽくて寝込んでて。全然気づかなくて」
「え、体調悪いんですか?それなら早く戻った方が…」
「ん、ああいや、一日ゆっくり休んだら体調の方は元に戻ってるんで大丈夫ですよ。まあ長居はしないですし、安心してください。…それに」
「…それに?」
咲希の笑顔が崩れる。
腕を下ろして、真顔で雅彦を真っすぐ見つめた。
「…今、このまま帰ったら、結局、何も進まないですから」
「…そう、ですか」
咲希が一歩雅彦に詰めて問う。
「雅彦さん。…私のこと、好きなんですか?」
有無を言わさない口調で、はっきり質問を投げかけた。
今度はぼんやりではない。
はっきり咲希の意識の上で、聞いた。
「…はい。好き、です」
それに対する雅彦も正直に、思っていることをそのまま返す。
「…それは、友達として?異性として?どっちです?」
「…異性として、です。咲希さんのことが、好きに、なってました」
「…そっかぁ。…やっぱり、本当なんですね。私のことが好きって」
「はい」
雅彦も濁さずはっきり言い切った。
それを聞いた咲希が少し目線を泳がせながら言う。
「雅彦さん。正直…最初に聞いたときは驚きました。…だって初めてだったし、こういうこと」
「え?」
「嘘じゃないですよ?私本当にこういう経験無いんですから。だから、物凄く戸惑ったんです。戸惑いすぎて、思わず、聞いちゃいました」
恋愛経験はない。
ここの言葉に嘘偽りはない。
戸惑ったのは事実である。
「どうすればいいか分かんなくなったんです。私に異性として好意を向ける人とかいるとか考えてなかったので。だから、分けわからなくなっちゃいました。今日寝込んだのもそのせいかも」
「…」
「だけど、おかげで考える時間がとれました。1日、半日かな?ゆっくり考えました。雅彦さんの気持ちは分かったけど、私はどうなのかなーって」
ベッドにもぐりながら咲希は考えていた。
結局自分がどうしたいのか。
雅彦をどう思っているのか。
相変わらず整理はできていないものの、もうとりあえず思ったことをぶちまけようと決めていた。
その上で雅彦に決めてもらおうと。
「正直言いますね。私の中の雅彦さんは、仕事の付き合いの人だし、ゲーム仲間だし…まあそう言う感じです。恋愛とか、考えたこと、無かったです」
「…そう、ですか」
少し顔を落とす雅彦。
だが、その後に咲希が言葉を続ける。
「でもね、でも、私のことを好きだって聞いたとき、正直嬉しかったんですよね。この私にその感情を向けてくれる人がいることが、すごい嬉しかったんですよ。私、正直そう言うの無縁で人生歩む予定だったので。なんか、いいなぁって、思っちゃいました。雅彦さんと一緒にって、ちょっと考えたんですよ」
「咲希さん…?」
その言葉に下がりかけていた頭を再び上げる雅彦。
咲希が顔をほころばせながら続ける。
「私、恋愛分かりません。だからこの今持ってる何とも言えないあなたへの気持ちが何なのか、よく分かりません。これが好意なのかそれとも別の物なのか、私にも分からないです。でも、雅彦さんと一緒にいると楽しいんです。話してるの好きなんですよね」
咲希がどう思っているのか、ただただ語る。
「いつもの時間に通話にいないとちょっと探してるし、2人で出かけるのも全然拒否感なかったし…私、外に出るの嫌いなんですよ?おかしくないですか?むしろまた行きたいとまで思いました。楽しかったんです。ほんとは昨日だってもっと長く一緒に話すつもりだったし、あんな感じで戻ることになって残念だったんですよ?夜も思わず逃げ出しちゃったの後で物凄い後悔したし…あれはまた別の意味でだったけど…」
咲希の語る口が止まらない。
相手の反応すら待たずに、もはや独白である。
「分かりません、分かんないけど、あなたとの関係を切りたくないんです。でも、聞いてしまった以上、もう私は今までみたいに接する自信がありません。無理です。好意を向けてくれる相手に、そんな適当な付き合い方私出来ません。適当に友達することは私できませんから。だから、あなたが決めてください。どうしたいかを」
「咲希さん、俺は…」
そこで雅彦が口をつむぐ。
言いたいことがあるのに、言っていいのか、そう戸惑う感じの顔で。
そんな雅彦を見て、咲希がさらに言葉を続ける。
「…私ね、こう見えて物凄くロマンチストなんですよ?そういうこと、そう言う場所、雰囲気。大好きです。だから、私から言っちゃいけないかなって、ほら、今私女の子だし?男の人にリードされる雰囲気味わってみたいなって?」
「…」
「それに、まどろっこしいことは嫌いです。こんな変な状態でこのまま一緒になんていられません。はっきり、言ってください。あなたの気持ちを。何がしたいかを」
沈黙。
咲希は雅彦をじっと見つめている。
きっと数秒。
でも数分にも感じられた時間を経て、雅彦が口を開いた。
「…最初は、綺麗な人だなって、思ってました。仕事先に綺麗な人がいるのいいなって思ってたぐらいでした。でも、何度も会って話して、一緒に遊んで、色々やるうちになんだか、もっと会いたいなって思うようになってました。…何度も、胸が熱くなりました。咲希さんの時折見せる笑った顔がもっと見たいなって、思ってました。一緒にいたいなって、思ってました。もっと咲希さんのこと、独り占め出来たらいいのになって、思うくらいには…っ!」
「…うん」
「いまだに分不相応だと思います。でも、それでも咲希さんにここまで言わせて俺が何も言わないのは卑怯だと思います。だから、言わせてもらいます。…俺と」
雅彦が息を吸い込む。
咲希は黙ってそれを待った。
「俺と付き合ってはくれませんかっ!」
波の音だけがあたりに響く。
しばらくして咲希が口を開く。
真面目な感じというより少しふざけた感じで。
「いいんですか私で。女っ気0ですけど」
「咲希さんがいいんです」
「いいんですか、きっと私彼女になってもゲーム三昧ですよ?」
「いいです。俺も一緒にやりたいですし」
「いいんですか?外出たがらないし、基本引きこもりだし、めんどくさがりだし…改めて考えてみると欠点しかない気がしますけど?ほんとに、ほんとにいいんですね?」
「いいです。それもこれも含めて、俺は咲希さん好きになったんです」
「はは。…全く言いますね?規模がおっきいというかなんというか…」
「見え張りって言ってくれてもいいです。でも、本心です」
「…じゃあ、私の返事、聞いてください」
「はい」
再び沈黙。
でも咲希は笑っていた。
わざと作った間だったのかもしれない。
「…これからも今後も、よろしくお願いします」
「え、ってことは…」
「オッケーですよ。…言わせないでくださいよ、もう」
「っ!!!」
声にならない声をあげて腕を空高く掲げる雅彦。
それを見た咲希が苦笑した。




