熱
「…ああ」
自室のベッド上。
咲希が唸りながら目を覚ます。
まだ太陽光が入っていない。
いつも以上に早い寝覚めである。
「…何時」
布団の中でもぞもぞしながら時計の方を見てみれば朝というかぎりぎり深夜というか5時前であった。
普段はこんな早く起きることは滅多に無いのだが、今日は目覚めてしまったようである。
「…寝よ」
そう言って再び寝ようとしてみるが、ぼーっとした意識とは裏腹に眠気そのものはすっかり抜けてしまっているようで寝付ける気はしなかった。
仕方ないので体を起こす。
「…あぁ」
と、そこで頭を押さえて再び布団に倒れる咲希。
少々眩暈がしたようである。
「…だるい」
もう一度腕に力を入れて起き上がる咲希。
やっぱり頭が少々ふらついているようである。
「…風邪でも引いたかな」
そう言うと、自分のおでこに手を当てる咲希。
しばらくそのままやって一言。
「熱いような…よく分かんね。でも頭ふらついてる気がするし…調べるか」
そう言って部屋の外に出る咲希。
足取りそのものはしっかりしているため酷い状態では無いようだが、顔の生気が薄い。
まあ寝起きなのもあるが。
「えっと…体温計どこだっけ」
そこまで広くないリビングをうろうろする咲希。
どこかにあった気はするが、どこにしまったのかはさっぱりである。
そもそも普段使いしないものの居場所など覚えているわけがない。
「…分かんね」
もうめんどくさくなったらしい咲希がテレビの前に腰を下ろす。
特にみるものがあるわけでもないが適当にテレビをつける咲希。
ニュースが流れているが内容は全く頭に入ってきていない。
そのままぼーっとして時間が過ぎていく。
気が付けばあたりが明るくなり始めていた。
だいぶ長いことぼーっとしていたようである。
そうしていると後ろから扉が開く音がして誰かの足音が聞こえた。
この家に現在いるのは2人。
よって当然渚しかいない。
「あれ、咲希姉?」
「ん…あぁ、渚。おはよ」
「おはよう。なんでここで寝てるの?」
「いや…別に寝たくて寝てるわけじゃ無いんだけど…なんか頭ぼーっとしてさ。寝付けないからここにいた」
「ぼーっとって、大丈夫なの?」
「んー…大丈夫かどうかで言うと大丈夫ではない…かな。風邪か何か引いたかもしれん。頭痛と頭くらくらする」
頭をポンポンしながらそう答える咲希。
目は死んでいた。
「え、それ大丈夫なの?病院行く?」
「んー…それほどではないかな。別に歩けないとかそう言うレベルじゃないし…ただ熱ありそうだから体温計ちょっと探してくれないか。今さっき探してたんだけど全然見つからなくて」
「体温計ね。ちょっと待ってて。探してみる」
そう言うと周辺の探索を始める渚。
程なくして見つかったらしい渚が戻ってきた。
「はい。あったよ咲希姉」
「ああ、すまんありがとう。ていうか風邪だったらお前に移すと不味いし、部屋戻るわ。もう遅いかもだけど。ごめん換気ちゃんとしといて」
「分かった。今日お客さんの予定は確か無いよね?」
「ああ。無い」
「じゃあとりあえずゆっくり休んでね。色々あったからそれで体調崩れたんだよきっと」
「…かもな。知恵熱かもしれん。衝撃体験続きだったからなぁ…」
「ご飯はどうする?」
「その時は呼んでくれ。歩けないほどひどいわけじゃ無いしな」
そう言うと再び部屋へと戻る咲希。
とりあえず探してもらった体温計で体温を測ってみれば普段よりずいぶん高い値を示した。
まあ咲希は平熱が低いので常人からしてみれば大したことない数値ではあったが、咲希からすれば普通に熱である。
「やっぱ熱か…マジで普段使わない方向に頭変に回転させたせいかもな…」
咲希の頭の中には昨日の出来事がありありと浮かぶ。
とりあえず今の咲希は雅彦と会った時の咲希を家に引きずり戻したい気分である。
まあ事態そのものは多少進行したのでその点は良かったと思うべきなのかもしれないが、いきなり相手の本意を聞いちゃった上に、割と普通に答えが返ってきてしまったのが問題である。
もういっそ誤魔化してくれた方が幾分がマシであった。
知りたいとは思っていたがいざ知ってしまうと気持ちの整理をつけることが難しい。
だって経験ないもので。
「…どうしよっかなぁ。結局昨日の夜も会話せずに逃げちゃったしなぁ」
頭はガンガンするものの、昨日の夜よりは冷静になっている咲希。
今後どうすべきか、そればかりが頭をめぐる。
相手は雅彦。
仲がいい自覚はあるため、変に拗らせて関係を崩すことはできる限り避けたいのが咲希の本意である。
どうでもいい相手との関係がいくら切れても気にしない咲希ではあるが、ここまで色々やる相手との関係が切れるのはやっぱり怖さはある。
「…考えると余計頭痛くなりそうだな。…今はとりあえず、いいや」
そう言うととりあえず布団に潜り込んでもう一度寝ることにした。
布団の上でゴロゴロと、意識が飛んだり戻ったりを繰り返した。
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そうして一日のほとんどを布団上で過ごした咲希。
定期的にご飯で動く以外はほとんどその状態であった。
途中渚にでこに貼るあれをもらったりしたが、それ以外は会話らしい会話もしていない。
それが良かったのか、再び日が沈むくらいには咲希の体調もだいぶ回復しており、頭の痛みとふらつきもどこかに飛んで行っていた。
元気いっぱいとは言い難いが復活である。
「はー…自分が弱すぎて泣けてくるな。こういうの本当に駄目だわ。恋愛とかするつもり無かったのに全く…こんなぐうたら好きにならんといてくれよマジ。淡い期待とか抱いたことあるけどさ、現実になると困るって」
布団の上で胡坐かきながらそう言う咲希。
結局頭の中と心の整理は出来ていない。
出来ていないがもう割り切らないといけないかなと思い始めている。
どうせ既に事は始まっているのだから終わらせないと永遠に続くんだろうなーと。
そう思ってふとスマホを見るとメッセージが数件。
今日の朝方である。
雅彦からであった。
「…会って話したい、か。まあ、そうなるよなぁ」
何時でも構わないからもう一度だけ会って話したいとの趣旨のメッセージ。
雅彦もそりゃ思うところがあるのだろう。
咲希もそこに関しては一緒である。
会って話さないと何も進まなさそうであると。
それにあんな別れ方でここからぎこちなくなって関係がこじれるのは望むところではない。
意を決して既に数時間以上前のメッセージに返信した。
『今から会えます?』
ここで猶予を設けないのが咲希という人間である。




