逃走
「おかしいな…あの2人どうしちまったんだ?今日来る約束だったじゃんかよー」
1人自室でつぶやくのは咲希に未だにランポの方で認識されている男、悠太である。
今日は毎度の如くオンラインゲームにて咲希と雅彦と共に遊ぶ予定であった。
というか、何時もそうなのだが。
しかしいつもくらいの時間になっても今日は誰も現れない。
たまり場になってる場所でうろうろしているものの、全く応答なしである。
「…うーん、雅彦のやつに連絡入れても何にも応答がねえしな…まあとりあえず一人でやるかぁ」
そう言いながらとりあえずいつものようにログインしてプレイを開始する悠太。
一人でもそれなりにプレイはしているので、夜の時間帯でなければ割と普通であったりする。
しばらく一人でオンゲーをする悠太。
「…おせぇ、おかしい。なんかあったのか?俺一人じゃやれること限界あるし誰か来て欲しいんだが…」
そのまま過ぎること30分ほど。
流石におかしいと思い始める悠太。
悠太一人ではやれることにも制限がだいぶかかるため早いとこ誰かに来て欲しいのである。
既にだいぶ夜も更けている。
普段であればもうとうに3人とも集まっている頃合いである。
何度か雅彦に連絡してみるもののやはり反応がない。
さてどうしたものかと思っているとパポンと音がして誰かが通話に入って来た。
咲希である。
このゲームにおいて咲希は3人の中で当然ながら最古参。
いるかいないかは割とやれることの幅に直結する。
当然悠太は喜んだものの、対する咲希はどこかおかしい。
「あ、おいーっす。咲希ちゃん遅かったじゃん。誰もこないからめっちゃ待ってたんだって」
「あ、ランポさん。どもです…はぁ……はぁー」
いつものように絡む悠太に対してなんだか意気消沈気味というか、テンションがローな咲希。
明らかに普段通りの様子ではない。
ため息もやたら多い。
流石に悠太もそれに気づいた。
「なんかあったの咲希ちゃん?」
「え、ああ、やっぱそう見えます?」
「声のテンションがひっくいしなんとなく?まあ見えてないけどなんかあったのかなって」
「ん、まあ、ちょっと。リアルの方でややこしい問題が起こってまして。ちょっとどう対処したものかなと思ってるところで…」
「あ、そういう感じ?民宿経営も楽じゃないってわけか」
「え、ああ、まあそんな感じです。ハイ。ゲームやれば多少このもやもやも落ち着くかなと…」
当然咲希を悩ませることはというと雅彦がらみのことで間違いないのだが、悠太は盛大に勘違いを起こした。
まあ咲希も雅彦もそういう仲ではないと前に明言しているのでそれゆえの勘違いかもしれない。
で、咲希も訂正する気もない感じでそう返す。
まあ流石に悩みの内容を悠太に相談は出来ない。
いろんな意味で。
「じゃあ、とりあえず咲希ちゃん来たし、今日行く予定だったアプデエリアにでも…」
「あ、そうですね。行きますか」
「あー、でも雅彦来るまで待った方がいいかな。あいつも行くって言ってたし…あ、そういえば咲希ちゃん、雅彦のこと知らない?さっきから連絡送ってんだけど一向に反応なくてさー」
「え、あ、雅彦、雅彦さんですか?あーいやー特には聞いてないですけど」
一応、言葉の内容自体は本当である。
いま彼が何をやっているかは知らないので。
ただ今雅彦の名前を出さないで欲しい。
きょどる。
「あれー…まあいいか、来たら来たで呼べばいいし。先行っちゃおうぜ」
「そうですね。行きましょうか」
と、そこまで話した段階で、パポンと音がしてもう一人通話に入ってくる音がした。
そもそもこの通話空間には咲希と雅彦と悠太しか入れないので、必然的に雅彦ということになる。
「お、噂すればなんとやら!雅彦!行くぞ!さっさと入って準備しろよ!」
「おっす。あ、咲希さん、どうもです」
「ど、どうも」
「あ、あの、咲希さ…」
「あ、すいません。明日早くお客来るんだったっ!ごめん失礼!」
「あっ」
「え?咲希ちゃ…」
その言葉を最後にあっという間に通話から消えていった咲希。
滞在時間は数分である。
何しに来たんだレベルである。
「いねぇ…え、何、どうしたんだ急に…ってキャラまで落ちたし。珍しいな」
通話から落ちて数秒後、普段だったら必ずと言っていいほど残っているキャラクターまでもがログアウトした。
通話画面の方も完全にオフラインである。
どうやら咲希があろうことかパソコンごと電源を落としたようである。
普段はつけっぱなしであることを考えるとだいぶ異常である。
原因は当然咲希の焦りであるがそんなことを悠太が知るはずもない。
「あ…駄目か」
「え、何が駄目なんだ?」
「あ、いや、何でもない」
「なんだよ、なんかお前もローテンションだな。2人揃って、変なの」
「2人揃ってって誰が」
「え、いや、咲希ちゃんもなんか問題でも起きたらしいのか、なんかテンション低かったんだよな。まあ民宿経営とかやってると色々問題起きるもんなのかねえ」
「そうなのか…」
「というか咲希ちゃんが予定忘れてるとかマジで珍しいな?そんなに厄介な問題でも起きてるのか?」
「ああ…まあ…」
すっとぼけた感じの声を出す悠太。
対する雅彦は何かを考えているような声で返事を返す。
当然雅彦もなんで咲希がそんな状態かは大体察しているため。
「よし、咲希ちゃん寝ちゃったけど俺らだけでも…」
「あ、すまない。俺も今日はこのまま落ちる」
「はぁ?なんでだよ?今日アプデエリア行くって言ってたじゃねえか」
「いや、ごめん。今日は咲希さんと話せるかと思ってここ来ただけなんだ。またそっちはいずれ」
その声を最後に雅彦もまた通話から消えていた。
「いずれって…っていねえ!なんなんだ!」
むなしく悠太の叫びがこだました。
□□□□□□
「あぁ!もう何してんの俺!」
一方で咲希。
こちらもこちらで盛大に頭に手をやって唸っていた。
「もう今のあからさますぎるじゃん!もろ避けてるじゃん!何してんの!」
消したパソコンの前で一人声を上げる咲希。
一応叫ぶような声ではないので部屋から洩れてはいない。
「というか、普通に考えてあの通話サーバー行けば来るよね!そりゃ来るよね!今日あんな変な別れ方したんだから来ない方がおかしいよね!ちょっとは考えろや馬鹿ぁ!頭お花畑かよ!」
自分の頭を軽く殴る咲希であった。
その後素直にふて寝した。
もうなんかいろいろ整理できなくて考えるのを諦めた。




