もやもや
「…あーまだか」
民宿「しろすな」内部1階。
いつものロビーの横にある椅子の上で何やらそわそわやっている咲希。
どうにも落ち着かない雰囲気である。
「あー…うー…やっぱ気になるんだよなぁ…」
結局どこに心の落としどころを付ければいいのかよく分からないまま、それでも日は進み、雅彦と会う日当日。
未だにどうすればいいのか分かってはいないものの、予定時刻まで数分という状況である。
そんな風にもやもやしながら待っていると、チャイムの音が「しろすな」に鳴った。
もやもやしてはいるものの、扉に向かい戸を開ければ目の前にいたのはまさにその雅彦である。
「咲希さん。おはようございます。こんにちはでしょうか?」
「あ、雅彦さん…どうもです」
正直挙動不審に陥りそうな心理状況をいったん隠ぺいして、雅彦に普通に接する咲希。
いや普段通りかと言われれば若干おかしい。
顔が少々険しい。
「え、咲希さん何かありました?」
「へ?え、なんでです?」
「いや、怒ってるように見えたので…」
「いや、何でもないです、何にもないですよ。行きましょ?」
「え、ああ、はい。そうですね。行きましょうか」
即バレした。
いや、だいたい雅彦と会う時は営業スマイルの部分も含めてあんまり険しい表情をすることはないので、猶更かもしれない。
とりあえず突っ込まれてもどうすればいいかなんて分からないので無理矢理切り抜けることにした。
話をぶった切ってとりあえず今日の予定を進めることにしたのであった。
□□□□□□
「…それであの技が――」
「ああ、あれやばいですよね…ナーフ待ったなし。運営に相談だ」
その後当初の予定通りに昼ご飯を食べに来た2名。
とは言え喋る方がメインなので、場所はファミレス、滞在時間も既に1時間程度たっている。
最初はどうももやもやが取れず、会話が微妙にぎこちない感じになっていたものの、一度エンジンが始動してしまえばなんだかんだ話に花が咲き、ノリはすっかりいつもの調子である。
食事が終わった後も席に座って、ドリンクバーオンリーで会話を続けていた。
「…あ、すいません。ちょっと飲み物取ってきますね」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
と、その辺で飲み物が切れた雅彦。
席を立って飲み物を取りに行く姿を眺める咲希。
先ほどまではお互いに白熱してテンションが上がっていたわけだが、わずかな間ではあるものの一人になったことで熱に浮かれて考えていなかった部分が頭の中から思い起こされてくる咲希。
具体的には雅彦のことである。
「…」
先ほどまで笑顔で会話していたのがウソのように真顔で少し離れた位置にいる雅彦を見る咲希。
冷静さを少し取り戻してみれば、結局頭から抜け落ちない例のことが気になって仕方ないのである。
そして自覚してしまうとなかなかこれが頭から離れない。
「すいません。お待たせしました」
「あ…大丈夫ですよ」
ちょっと意識をどこかにやっていたかもしれない。
気が付けば雅彦が戻っていた。
「それでですね…」
「…」
会話を戻す雅彦。
しかしそれに対する咲希はどこか冷めているような、ぼんやりしているような感じになっている。
出会った時の状態に逆戻りである。
相槌すらうたずにじっと雅彦を見つめている状態になれば、雅彦も違和感を感じ取ったようである。
「咲希さん?」
「…え?あはい?」
「どうしました?」
「ああ、ごめんなさい。ボーっとしてて」
「いや、それは大丈夫ですけど、やっぱり何かありました?今日会った時もそうでしたけど、なんだか咲希さんにしては珍しく意識が遠いところにいってるような…」
「え…ああ、やっぱそう見えます?」
「はい。咲希さん分かりやすすぎますよ」
「んー…まあ、バレますかやっぱ」
「ええ。ここに来る途中もため息が多かったですしね…その、何かあるなら相談乗りますよ?全然」
そう言う雅彦はいたって普通にそう聞いてくる。
それを見た咲希の口が、つい滑った。
「あの、雅彦さん」
「なんでしょう?」
「好きなんですか?私のこと」
「え?」
「…あっ」
意識がぼんやりした状態から急激に現実に引き戻されたが既に後の祭り。
言っちまった。
ぼーっとした顔に生気が帰ってきたものの、咲希にしては珍しく滅茶苦茶に内心焦り始める。
それを聞いた雅彦も疑問符を浮かべた表情からゆるやかに焦り始めた。
焦った結果、こっちもまた口を滑らせた。
「え、え、え、そ、その…す、好き、です、はい」
「え、あ、えっと、その、それは異性として…?」
「あ、え、そう、です…え、なんで…」
「…」
「…」
沈黙。
お互いに何も言えないままカチンコチン。
はたして時間は30秒か、1分か、はたまた1時間か。
いや実際は20秒程度であったが滅茶苦茶長く感じる時間が過ぎる。
お互いに相手が直視できなくなって俯き気味である。
内心はお互い全く同じ。
何言ってんだ俺ぇ!?である。
そうしてお互い物言わぬ石像と化していると、ファミレスに誰かが入って来たチャイムが響く。
そこでお互いに吹き飛んだ意識が戻って来たのか、同時にハッと顔を上げた。
「…」
「…あの」
「は、はい!なんでしょう?」
「で、出ましょうか?」
「で、出る?ああ、出る、そ、そうしましょうか?」
「そ、そうしましょう」
そこからの行動は早かった。
お互いに普段の倍速レベルのスピードで荷物をまとめると、サッと雅彦が伝票を掴んでレジに向かう。
普段ならば間違いなく割り勘ではあるのだが、雅彦がその暇すら与えず支払いを済ませ、風のように2人で外に飛び出した。
お互いに相手を見ないまま、それでも一応隣を歩いて車に乗り込む。
だが、乗ったところで状況変わってない。
それでもこのままではいけないと、咲希の方が口を開いた。
「あ、あの。支払い、ありがとうございます。その、返し、ますよ?」
「い、いや、気にしないでください。ほんと。気にしないで」
「え、あ、はい、ありがとう、ございます」
負けた。
いや普段なら無理矢理でも割り勘にさせるところであるが、今日の咲希はもうダメである。
「あ、あの、ど、どうしましょう、どこか、行きます?」
「ど、どこでも…」
「どこでも…」
一応予定的には本当はもっと長いこと喋って夕飯前に帰るか、どこかに遊びに行く予定であった。
雅彦もそのつもりで、実は準備していたのだが、完全に先ほどの出来事で飛んだ。
記憶も予定も全部吹き飛んだ。
車の中で再び停止する2名。
そこに咲希の声が再び響いた。
「きょ、今日のとこは、こ、このくらいにして、か、帰ろう?そうしません?」
「あ、そ、そうですね。そう、そうしましょうか」
挙動不審にも程があるが、仕方ない。
お互いにまともに思考なんて出来てないのだから。
結局言いたいことはお互いに山ほど生まれたのにも関わらず、それ以降まともな会話もすることなく、咲希は家の前に下ろされた。
もはやお互いに去る時すら無言であった。
事故らなかったのが唯一の救いであったかもしれない。




