関係
ピンポンと民宿「しろすな」に玄関のチャイムの音が鳴る。
「あれ、客か?」
掃除するために偶々1階の廊下にいた咲希が手に持った箒をその辺に立てかけて玄関を開けた。
そこにいたのは一人の少女であった。
稜子である。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。宿の方のお客さん…ではないよね?」
渚の友達なので咲希はあんまり知らない。
話には聞くのと何度か見かけてはいるので、知らないわけでは無いが。
「あ、はい違います。渚に用があって。稜子って言えば分かると思います」
「おっけ、渚ね。ちょっと中で待ってて。呼ぶわ」
「ありがとうございます」
とりあえず稜子を中に招き入れて座らせると、渚を呼びに行く咲希。
「渚ー客やぞー」
とりあえず2階に上がってそう渚を呼ぶ。
そう呼んだ咲希の隣を渚が駆けて降りて行った。
「おはよう稜子ちゃん」
「おはようって時間?お昼よもう」
「まあまあ、気にしない気にしない。ちょっと待ってね。必要なものだけ持ってくるね」
「はいはい。まあゆっくり行くからそんな急がなくていいわよ」
そんな稜子の言葉を聞く前に渚はキッチンへと向かっていた。
しばらくして、クーラーバックを手に持った渚が帰ってきた。
「はいということで、お待たせしました。行けるよ」
「渚、そのかばんは?」
「今日のプレゼント。渡すものを買う時間無かったから作った。もちろん手抜きではないよ」
「誰も手抜きなんて言ってないわよ。ごめん、知らないって知ってたらもっと早く教えてたんだけど」
「気にしないで。私も新しい料理のレパートリー増えたから一石二鳥って感じだし」
「え、何作ったのよ」
「ガトーショコラだよ」
「へぇ、渚そういうのも作るんだ」
「初めて作ったかな?」
「なんでそこ疑問形なのよ」
「記憶の中では多分初めてだった気がする。そういうこと」
「記憶の欠落激しいもんね渚…」
「忘れっぽいだけかもしれないけどね」
実際15年分くらい記憶は無いのだが。
「じゃあ行きましょうか。多分啓介待たせてるし」
「あ、もういるんだ?じゃあ急いで出ないとね。咲希姉行ってくるねー!夜には帰るからー!」
上から適当なはーいが返ってきた。
まあいつものことである。
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「そういえばさ、渚」
「うん何?」
「最近、明人どうなのよ?そっち」
「ん?神谷君?えっと、バイトのこと?」
「ん、まあそんなとこね。やらかしてないでしょうね」
「やらかす?ないない、全然ないよ。むしろ私がやらかしてるかもしれない」
「え、渚が?」
「うん、そうそう。例えば、卵の黄身をゴミ箱に捨てそうになったりとか?階段から滑り落ちたとか?」
「え、あ、いや、それも確かに大概やらかしてるわね…ってそうじゃなくて、そう言う意味じゃなくて、あなたのところ宿なわけでしょ?また明人にひっかかる女出てないかなって」
「ああ、そういうことかぁ。流石にないよ。だってお客さんなんて1日2日しか泊まらないし、基本的に同年代くらいの女の子なんて泊まりに来ないからね」
「…まあそれもそうか。高校生が泊まりにくるのはそれはそれで問題ね。えっとね、仮にも宿のあなたのとこの評判が明人のせいで滅茶滅茶になっても困るし、ちょっと気になってね」
「稜子ちゃん。いくらなんでもそれはひどいと思うよ。友達なんでしょ?」
「んー…むしろ友達だからかな。一応、あいつのこと思っての発言よ今の」
「それなら別にいいんだけど、そもそも神谷君一人で評判が滅茶苦茶になってるなら、神谷君がいなくても滅茶苦茶になってると思うよ」
「…それもそうかな?まあ、私も考え過ぎね。ごめん気にしないで」
「やっぱり未練とかあるの?」
「いや私は全く。…ただまあ未練というか、なんというか、引きずるものはあるんじゃないかしら。あいつには」
「神谷君に?」
「あれが昔王子様やってたのは話したわよね」
「うんなんとなく聞いたのは覚えてるよ」
「その感じと今のあいつだいぶ違うでしょ?いやまあ抜けきってないとこはあると思うけど」
「聞いた感じと今の雰囲気は全然違うよね」
「そうよね。当然理由があるわけよ。ああなった理由が。何だと思う?」
「なんだったかなぁ。本人にちらっと聞いた気がするんだよね。確か知らない彼女が2人出来てて修羅場になったとかそう言う感じだったっけ」
「そう。それよ。実際相当修羅場だったわよあれ。隣で見てたから知ってるけど」
「でもそれがさっきの話と関係あるの?」
「その話には続きがあってね。…まあ、あいつ絶対自分の口では話さないと思うから話すけど…あ、内緒ね」
「まあ色々言いたいことはあるけど。分かった」
「ならいいわ。…えっとね、あいつそのせいで一時期学校中の女という女から嫌われたのよ」
「ふんふんそれで?」
「あいつのそれまでの人生で女がいないことって無かったわけ。それが一斉にサーっと離れてったの。カルチャーショックだったんじゃないかしら?現実を受け止められない感じの顔になってたからあいつ」
話を黙って聞く渚。
「そこでようやく気付いたんでしょうね。自分がろくでもないことしてたって。遅いけど。そこで今までの自分を改めようと思ったんじゃないかしら。泣きつかれたわ」
「え、泣きついたの?」
「ごほん、いまのは誇張表現ね。実際はそこまででもないけど、実際助けを求められたのは事実よ。私と啓介に。真人間になるための手助けしてくれって」
「真人間、かぁ。それで?どうしたの?」
「あいつの行動の中で、余計な部分、人を無意味にその気にさせる行動部分を削りにかかったわけ」
「あ、そこなんだ」
「そこなのよ。あいつ別に元から根が悪いわけじゃ無いし。まああの事件そのものは度が過ぎた結果だけど…」
「んー、へぇ…」
「で、中学生時代を必死こいてその部分の調教に費やした結果が今のあいつよ。だから女の子とかとの関係にはある意味本人が一番トラウマというかそういうのあるわけよ」
「ふんふん。それで?」
「まあ自業自得なんだけど。一応ね、友達だし、未だに監視の目をやってるわけ。だからいちいち私あいつにそのこと聞いたりしてるのよ?」
「ふんふん、そういうこと、かぁ。なんだかめんどくさい関係なんだね二人」
「我ながら思うわね。振られた時はこんな風になるとか思ってなかったんだけど…」
「まあそれは稜子ちゃんが昔のことを覚えてるからそう言う関係になったんだろうね」
「まあね。もう一回女性関係でトラブル起きたら多分あいつがもたなさそうだし、できる限り起こさせたくないわけ。あいつが今恋愛とかそういうのから逃げ腰なのもそれが理由よ」
「つまり稜子ちゃんは神谷君のことを心配してたわけで私と宿のことを心配してたわけじゃ無いんだね」
「ん、どっちもよ。どっちも」
「そう?それならありがとう。でも大丈夫だよ。もし何かあったらちゃんと稜子ちゃんには言うし、そもそも『しろすな』は咲希姉がなんとかしてくれるから大丈夫だよ」
「ま、それならいいんだけどね。あなたもあいつも大事だから、変なことに巻き込まれてほしくないだけよ」
「変なこと…変なことかぁ…そうだね」
既にこの状況が変だよなぁとか思わずにはいられない渚であった。
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というわけでしばらく歩き続けて誰かの家の前まで来る2人。
家の扉の前には既に見知った顔がいた。
「あ、やっと来た。遅いぞー」
「予定時刻的にはピッタリでしょ。文句言わないでよ」
扉前にいたのは啓介である。
先に着ていたらしい。
「こんにちは啓介君。お久しぶり」
「ああ、渚か。お久。なんか会うのほんとに久々だな!」
「そうだね。凄い久しぶりだね。2か月くらいかな」
「初詣以降会ってないもんな。それくらいか?いや、色々あったせいで時間が流れるのが早い早い。な?」
「こっち見ないでよ」
「だって、なぁ?」
「んー?なんのことー?」
「へへ、とぼけんなって。いや、恥ずかしい話だけど、助かったんだからさ」
「まあとりあえず頑張りなよ。付き合った後からが本番なんだから」
「肝に銘じとく。まあ今更逃す気も無いけどな!」
「ばっか!でかい声でそんなこと言うなぁ!」
「はいはい。いちゃいちゃは中に入ってからしましょうねー」
そんなことを言いながらようやく目的地の中へと向かう3名であった。




