2度目
「あー暑。外あっつ」
ぶつぶつ言いながら「しろすな」の玄関外で草むしりに勤しむ咲希。
季節は未だに秋とは言い難い夏日和。
時間帯もカンカン照りは過ぎたものの、それでもまだまだ蒸し暑い時間帯である。
直射日光を避けるためだけに、自室に放置されていた麦わら帽子は被っているものの、暑さが軽減されるわけではない。
「胸元クソ暑い…これ巨乳の弊害なんですかね」
今現在の自分の体であるものの、定期的に気になる部分に目をやる咲希。
定期的に手でパタパタやっているが一向に暑さが引く気配はない。
まあそもそも胸どうこう以前に暑さの根源たる太陽下にいる時点で手扇風機程度で対抗できるはずもない。
暑さでだいぶ頭がやられてきているらしい。
「なんでここの庭部分こんな広いんですかね…阿保ちゃう」
今現在住んでいる民宿「しろすな」であるが、そもそも家としてみるとかなり広めではある。
1階に部屋だけで3部屋、脱衣所完備の大型風呂場、キッチン完備の食事場所に洗濯場。それに玄関口にロビーのような空間まである。
さらにそれの周辺を囲う感じで敷地があるのだから、庭部分に相当する場所も相応に広い。
ここの手入れを始めたことを早くも後悔し始めてる咲希であった。
「虫うぜー。スプレー浴びといて正解だったか」
そして数か月以上は放置されていたのだろう。
草むらと化していたそこはなかなか虫が多い。
咲希は虫が苦手というわけではないが、別に好きでもないのでちょっとキツイ。
それとは別に蚊も飛んでいるため質が悪い。
なお渚は虫がいると聞いた時点で戦力外である。
現在は夕飯の買い出し中である。
「どうしよ、今日そろそろやめようかな。だるい」
長時間やっていたので流石にやる気が消滅しかかっている咲希。
どうせそれを咎める人間なんてここにはいない。
ここで何をしようが常識の範囲内なら咲希が法である。
とかなんとか思ってそろそろ涼しい自室に帰ろうかなとか思っていたらインターホンが鳴った。
家の中ではないがまあ真横なので普通に聞こえる。
「えーやめとかない?いきなりなんてきっと迷惑だって」
「じゃあどこ泊まる気なのよ!数日こっちにいる気なのに泊まる場所の確保もしてないあんたが悪いでしょうが!」
「いや、してたつもりだったんだよ?ほんと、ほんとに」
「それでやってなかったーじゃ意味ないでしょうが…もう、来る前にちゃんと確認するべきだったわ…」
玄関先を見てみれば、見知らぬ男女のペアがなにやら言い合いしているようであった。
この家に訪問してくる人間は、配達系統を除けば1つ。
つまるとこ客であろう。
「あーえっと、お泊まりですか?」
「わっ」
「あ、失礼。外作業中だったもので」
横から声をかけたら驚かれた。
まあ玄関口から人が出てくると思っていたならそりゃそうなるか。
「すいません、突然なんですけど、ここ、泊まることってできますか?」
「えーっと、今からですか?」
「無理は承知の上なんで…この馬鹿が宿の予約忘れてたらしくて宿探し中なんです。できれば数日泊まれると嬉しいんですけど…」
女性の方が男性を指さしながらそう言う。
「馬鹿はひどい」
「うるさい馬鹿」
「あはは…すいませんちょっとお待ちくださいね」
「すいません、お願いします」
がらりと玄関口を開けて中に入ろうとする咲希。
そこで立ち止まって振り返る。
「あ、入ってお待ちください。外暑いでしょうから」
「あ、いいんですか?ありがとうございます」
「すいません…お邪魔します」
というわけでやってきた2人を玄関口となりのソファに待たせて2階へと駆け上がりスマホを構える咲希。
連絡先は一つである。
「…あ、もしもし渚?」
「もしもし?咲希姉?」
渚である。
いきなり客が来て困るのは咲希よりもどっちかというと渚である。
「あ、聞こえてる?」
「聞こえてる」
「あのさ、今買い物中?」
「うん、今スーパーの中だよ」
「今から客来るって言ったら夕飯いける?」
「え?お客さん来たの?今?」
「ナウ、今、玄関先に待たせてる。アポなしだからどうしても無理なら無理って言うけど」
「まだ買い物途中だから大丈夫だよ」
「おっけ、じゃあ入れちゃうわ。また夕飯よろしく」
「あいあい」
そこいらでスマホを下ろし、再び階段を駆け下りる。
廊下部分にはクーラーをつけてあるが、走っているため普通に暑い。
汗だくであった。
額の汗だけ手で拭うと待ち状態の2名に話しかける。
「あ、お客様、お待たせしました。受け入れオッケーです。こちらにどうぞ」
「ほんとですか!ありがとうございます!助かります」
「お世話になります」
「じゃあこちらのカウンターにどうぞ」
というわけで2人を連れてカウンターに誘導する咲希。
後ろから、泊まれてよかったね、とか、運が良かっただけじゃない、とか聞こえるがとりあえず聞かないふりをする。
「じゃあ、お名前と、住所と、あと緊急用の電話番号を」
「えーっと私で大丈夫ですか?」
「あ、はい、どちらかで大丈夫です」
決めてなかっただけであるが、その辺は気づかれないようにする。
「はい、これで」
「では、本人確認書類を…」
「あ、えーっと健康保険書でも大丈夫ですか?」
「問題ないです」
「じゃあこれで」
「…はい、ではこれで。お部屋はご自由にお使いください。夕食は7時から、お風呂は夕食前は男性、それ以降が女性になります。お間違いの無いようにお気をつけを。…あとそうですね、何泊のご予定でしょうか?」
「あれ、何日いるんだっけ?」
「4日でしょ!来る前に話したじゃない。なので、できれば4日間お願いしたいんですけども…」
「分かりました4日ですね。一泊一人につき1万円になりますのでお間違いの無いようにお願いします」
「…はい、分かりました。えーっとなら2人で8万よね…?」
「8万だね。大丈夫お金はちゃんと持ってきてる」
「それは流石に無いと困るわよ…」
「ではこちらが鍵になります。ごゆっくりどうぞ」
「突然だったのにありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いえ、あ、あと何か御用でしたら…すいません、基本1階にいないときは2階にいるのでここから階段上を呼んでください。お願いします」
「分かりました」
「分かりました。ありがとうございます。じゃあ行こうか部屋」
そう言うと2人が部屋に消えていく。
その後ろ姿を咲希は見送った。
「…うがぁ、もう第2客目くるとか聞いてねえぜマジで」
前の客が去ってからわずか2日。
想定外の咲希であった。




