寄り道
走り続けた車がようやく止まる。
距離的には数駅向こう程度の街。
車で一時間程度の距離ではあるが、普段わざわざ咲希が出かけるような場所でもない。
そもそも用が無いのである。
それに咲希が欲する大半のものはネットでなんとでもなってしまうので、遠出すること自体が珍しい。
「えーっとここですかね?」
「多分ここですねー。ここのどこにあるかまでは知らないですけど」
たどり着いたのは家電量販店。
わざわざ少し遠出してきたのは、近場の街には家電量販店はあれど、この家電量販店は存在しなかったからである。
あくまで今回用があるのはこの家電量販店であるので。
「それにしても、ネトゲのリアルイベントって言うから何かと思いましたけど、物理的に探してこいって言われるとは思いませんでしたね」
「なんか突然でしたね。今までこういうタイプのイベントって無かったのに」
「ほんと、私みたいなもやしには厳しいイベントです。というか雅彦さんいなきゃそもそも参加しなかったっていう」
「もやしって」
「でも日の光まともに浴びに出るの久々ですよ?もやしじゃないです?」
一応電車で来れる場所ではある。
場所ではあるが、遠いので一人で行こうという気は絶対にない。
正直雅彦に誘われなければ絶対に来ることは無かったと断言できる。
「じゃあとりあえず探してみますか?どこにあるかは定かじゃないみたいですし」
「そうですねー。歩き回るしかないかぁ」
イベントの内容的には、ゲームに関する謎を探して回答すると正解数に応じて報酬が出るというものではある。
ただ、問題なのはそもそも謎が隠されていることと、そもそも謎のいくつかがゲーム外、すなわちリアル空間のどこかにあるということである。
その中の一つがこの家電量販店のどこかにあるらしいということである。
偶々雅彦の車で来れそうな距離だったので行ってみることになったわけである。
「全く、そもそも結構謎自体が難解なんだから、謎本体くらいサイトに置いといてくれればいいのに」
「まあまあ、運営サイドも簡単に報酬だすと面白くないってのもあるんじゃないですか」
「こういうのにだけ美味しい報酬仕込むんだから全くもう」
歩きながら軽く愚痴を漏らす咲希をなだめる雅彦。
だが咲希の愚痴は続いた。
「しかも、場所は書いてあるけど、どこにどんな形で書いてあるか書いてないし。分かりやすいのかどうかすら分からないって言う。なんて不親切なんだ」
「まあ流石にそこまで分かりにくいところには無いと思いますけど…?」
「これで分からなかったら運営ホームに文句書き込まなきゃ」
そんなことを言いながら店内へと足を進める咲希と雅彦。
入った瞬間に咲希が呟く。
「…あっつ。暖房効きすぎじゃね…?」
「まだ寒いとき寒いですからね。そのせいかもしれませんね」
「にしてもお昼のそもそも温かい時からそんなガンガンに暖房たく必要あります?…はぁ、すいません。ちょっと上脱ぐんでちょい待ちです」
「あ、はい」
そう言って上に来ていたダウンジャケットを脱いで手に巻くようにして持つ咲希。
凄い邪魔だと内心思っているが置く場所も無いので仕方ない。
「お待たです。いやもう、こんな熱いならそもそも車に置いてこればよかったかな」
「置いてきますか?」
「いや、戻るのもめんどくさいんで大丈夫です。何か買うわけじゃ無いですし」
ということで店内散策を続行する2名。
残念ながら何か買う気は現状少なくとも咲希には無いので、完全に冷やかしである。
そんなこんなで店内をうろうろしていると、咲希が急に立ち止まり、呟いた。
「お、マッサージ器」
目の前に会ったのはマッサージチェアーのコーナーであった。
試用しても問題ないものがいくつか展示されている。
立ち止まった咲希に対して雅彦が声をかけた。
「ん、咲希さん買う予定が?」
「え、ああ、いやそういうつもりじゃあないですけど。ただなんか家電量販店来てマッサージ器見ると吸い寄せられがちというかなんというか。なんか座ってみたくなるんですよね」
特に買う気無くても目がそっちにいくのは前からである。
そして座って無駄な時間を過ごすのも結構定期的にある。
「座ってきます?」
「え?あー…でも謎探ししないと」
「まあまあ、何か時間に追われてるってわけでもないですし、車ですから。多少ゆっくりするくらいなら問題ないと思いますよ?」
長時間使用は怒られそうな気もしますけど、と付け加える雅彦。
まあ流石に咲希もそこまで長時間する気もない。
実際車で来てる時点で帰りの電車を気にしなくてもいいので、夜になっても特に問題はない。
「じゃあちょっと座ってこうかなー。肩こりはあるし実際」
一瞬胸元の方に目をやる咲希。
実際それも原因ではあるだろうが、パソコンのやりすぎが恐らくそもそもの原因である。
「じゃあこれにしようかな。雅彦さんも隣隣」
「え?俺も?」
「流石に私ここで待ってるんで謎の方任せますーってする気は無いですって。雅彦さんも連日パソコンやってんだしこってません?」
「え、まあ多少こりはありますけど」
「じゃあどうせだしほらほら。座り心地いいですよー?」
そう言う咲希に半ば強引にマッサージ器に引きずり込まれる雅彦。
「うわ、立てなくなりそう」
「ほんと、無駄に座り心地いいんですよねぇ。どれ、肩こりほぐし一つ…」
適当に操作する咲希。
すぐに機器から音がして、咲希の肩をほぐしにかかる。
「…あ、あーーー。やばっ、これやばっ。いてぇ!」
「え、咲希さん大丈夫です?」
まだ操作をしていなかった雅彦が心配そうに横を向く。
「い、いや大丈夫ですけど。結構ゴリゴリっ、来るっ。いててて」
「そんな強烈なんですかこれ」
「やれば分かりますよ?ほらそこのボタンポチるだけ」
「じゃ、じゃあやってみますよ?」
そう言って雅彦も興味本位でボタンを操作する。
「うっ…た、確かに結構来ますねこれ」
「でしょ?ああでも雅彦さんは私みたいに延々とパソコン触ってるわけじゃ無いから多少マシか?」
「とは言っても、結局連日数時間もやってれば変わらないですって。うあっ」
そんな風にしばらく揉まれ続けた2名。
実に10分以上はそこにいた。
「あーなんか肩が逆にいかれた気がしなくもない」
咲希が肩をごきごきしながらそんなことを言う。
だいたいいつもマッサージ器に座った後なんでやったんだろとなるところまでがセットである。
「け、結構肩持ってかれますね」
「あれ、雅彦さん大丈夫です?」
「あはは…マッサージとか久しぶりにやったせいで肩がおかしくなりそうです。結構こってたのかなぁ自分」
そう言いながら立ちあがる雅彦。
立ち上がって肩をぐるぐると回している。
それに次いで咲希も立とうとしたが、起き上がれなかった。
「あれ、立てね?」
「咲希さん?」
「すいません、ちょっと手借りても?」
「え?ああ、俺でよければ」
雅彦の手を取る形で立ち上がる咲希。
「よっ…ああ、すいません。ありがとです。立てなくなりそうってほんとに立てなくなっちゃいました。あはは。足もついでにやってたせいかなぁ…」
「はは。大丈夫ですか?歩けます?」
「そこまで貧弱じゃあないですよ。大丈夫です。お手数おかけしました。あ、ごめんなさい」
そこまで手を握りっぱなしだったのでスッと手を引く咲希。
雅彦の手が空中で一瞬静止して、引かれた。
「じゃあ行きましょうか?私が引きずり込まれたばっかりに時間取られちゃったし」
「え、ああそうですね。行きましょうか」
咲希がそう言って歩き出す。
少々名残惜しそうな表情をした雅彦が後を追った。




