お出かけ
「…あーもうそろそろ準備しないとなー」
民宿「しろすな」ある日の土曜日。
昼過ぎにお客を見送ってしばらく部屋の布団の上でダラダラやっていた咲希が時刻を見て起き上がった。
最近は美船が外に連れ出すことも無かったため、チョコを買いに行って以降まともに自分で家から出ることなく、日光を浴びていなかったためもやし化していたのだが、久しぶりに外出の予定である。
「まあ格好は適当でいっか。相手も相手だし。雅彦兄貴なら問題ないっしょ」
クローゼットを覗いて一応着ていく服を選ぶ咲希。
一応前美船と出かけた際に半ば無理矢理買わされた時の服もあると言えばあるのだが、結局それ以降着たシーンはまともに無い。
結局いつも通りTシャツにダウンジャケット、ジーパンに落ち着く。
「別に荷物持ってくもんも特に無いし…まあ財布ありゃそれでええやろ」
手荷物らしい荷物も持たず、財布と携帯を適当にポケットに押し込み、渚に外出することを伝えるとそのまま1階へと降りて、外へと出た。
「うーん…流石にもう昼間はあっついなおい。…まあ夜は冷えるんだろうけどさ」
そう言って玄関口で適当に壁を背にしながらスマホをポチる咲希。
今日は相手とここで待ち合わせである。
数分したあたりで車の音が聞こえた。
「お、来たかな」
お客が帰ったことで空いた駐車スペースにそろそろ見慣れ始めてきた車が止まる。
ドアが開いてこれまた見覚えしかない人物が顔を出した。
大月雅彦である。
「すいません、待ちましたか?」
「いえー勝手に早く待ってただけなんで気にしないでください。というかまだ集合予定時刻前だし?」
「いや咲希さんならもう待ってそうだなって早めに来ました」
「おやよくお分かりで」
「結構何度も迎えに来てますしね。分かりますよ」
「ばれてましたか。あ、横失礼します」
「どうぞどうぞ」
今までも何度も美船関連で迎えに来るシーンがあったので、もう雅彦も慣れたものである。
「じゃあ準備は大丈夫ですか?咲希さん」
「はーい。と言っても準備するようなものが無いだけなんですけど」
「鞄すら持ってないんですね?」
「身一つで十分です。まあ今日は行くとこも行くとこだし準備っていってもなぁって感じですよねぇ」
「まあイベントって言っても内容が内容ですもんね」
外出時の咲希はだいたいこんな感じである。
そもそもポケットに入れて持っていくものくらいしか普段持ち歩くようなものが無いらしい。
だいたい財布とスマホとティッシュくらいなものである。
さらに今日はオンゲのイベントではあるものの、何か必要なものがあるわけではないので猶更である。
「というわけで問題ないです」
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
というわけで雅彦の車に乗せられて、また遠方の地に連れていかれる咲希であった。
まあ今回は自分の意思でついて行っているので問題はない。
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「そういえば咲希さん、昨日早く寝てましたか?」
「え?なんでです?」
「ああいや、オンゲの方にいなかったのでどうしたのかなって」
「え?ああ、いや昨日はお客さんが来てたのでやって無かったんですよね」
「ああ、お客さんがいたからですか」
「いやまあ普通のお客さんだったらそこまで気にせずやるんですけどね。なんか物凄い神経質な感じのお客さんだったんで、あんまり変にうるさくするとキレられそうだなぁと…」
「そういうことですか…いろんなお客さんいるでしょうし大変ですね」
「まあ覚悟の上ではありますから…いやでも声出すの制限されるのは辛いなぁ…自分、誰かとゲームやってると声勝手に出ちゃうんですよね。抑えようと思っても所々で声が大きくなるというか…」
「ああ、でもゲームやってると声出ますよね。分かります」
「ほんと。いやまだソロゲームならいいんですけどね。オンゲとか誰かと通話してる状況だと必ずどっかのタイミングで声大きくなっちゃうので…しかもうちの宿って防音性に関しては最悪なので、大きな声とか出すと結構響くんですよねぇ…猶更お客さんいる時はやりたくてもやれないです」
実際階下で出された大きな音は上まで響いてくる。
当然上で出た音も下まで届いていると考えて差し支えないのであろう。
「雅彦さんは逆に大丈夫なんですか?家族の方いるんでしょ?」
「ああ、まあそうなんですけどね。俺の親は寝るの割と早いのと、睡眠が深いタイプなんで多少騒いでも問題ないんですよ。あとまあ妹は知っての通りなんで…」
「ああ、まあ美船は気にしなさそう」
「という感じなので。自分の家は大丈夫だったりしますね。俺も結構夜遅くまで遊んでるタイプなんでその点は助かってます」
「夜遊ぶ民には最高ですねその環境…うちも基本はそうなんだけどなぁ…宿だからなぁなんせ」
ため息をつく咲希。
それを見て雅彦が咲希に問う。
「咲希さん、宿には乗り気じゃないんですか?」
「んー…まあ正直すっごい好きかって言われたら多分違いますよねぇ。色々と見よう見真似だし、環境が整ってるからやってるってのはありますけど。あ、でもまあ嫌いってわけじゃあないですよ。私メインでやってるからある程度好き勝手やれるし。渚ありきな感じはありますけど。あとまあ、やらないと渚も私も路頭に完全に迷うので、やるっきゃないですよねぇ」
「へえ。はは、なんかものすごいぶっちゃけてくれましたね?」
「まあ別に雅彦さんならこれ聞いて悪評広めるタイプの人じゃないでしょ?その辺はほら、信頼してますから」
軽く笑ってそう返す咲希。
既に付き合いが発生してから半年以上。
そう言う意味で信頼して大丈夫ということは咲希が重々承知である。
「はは、ありがとうございます」
「そういえば、仕事と言えば、雅彦さんはなんで今の仕事を?」
「ん、ああ、あれ実家がやってた仕事なんですよ。まあ継ぐ形に今はなってるのかな?」
自販機の補充は俺がやり始めたことですけど、と付け加える雅彦。
「へー。じゃあある意味うちと似たような感じなんだ?」
「まあ確かにそうかもしれないです。ただ最初から実家を継ぐ予定だったわけじゃ無いんですけどね」
「あれ、そうなんですか?てっきりここにずっといるのかと思ってました」
「あれ、そう見えてました?」
「そうだと思ってました。すいません失礼ですねこれ」
「いやいいですいいです。でも最初は自分も都心部で働いてたんですよ。IT系で」
「ああ、IT系。あ、パソコン強いのって」
「ああそれの名残です。自分昔はそっちの方面しか考えてなくてそっちに進んだんですけど…まあ、その、体壊しましてね?」
「ああ…まあ黒いとは聞きますもんね…」
「ええ…自分の入ったところも結構ヤバくて、それで結局体壊しちゃって、その時に家族…というか美船に全力で引き留められまして、結果実家出戻りみたいな感じで今に至る…みたいな感じです」
実際倒れるところまでは行ったようである。
生真面目な性格が災いしたようだ。
「ああ…すいません、聞かなくていいこと聞いちゃって…」
「いやいいんです。実際あのまま向こうにいたら本当に壊れてたと思いますし。それになんだかんだあの時の技術とか使って咲希さんの手助けとかも出来てますし、全く無駄でも無かったんで」
「いやもうほんとその節はお世話になりました。今もお世話になりっぱなしですけどね。この前とかも」
実際この前渚が駅を通り過ぎたとき雅彦がいなかったら本気で困っていたので間違いではない。
「いやもうほんと気にしないでください。俺も咲希さんにはお世話になりっぱなしですから」
「もう、なんかこういう話題になると毎回それ言って濁してませんか?私ほんとに何にも雅彦さんに返せてないですよ?」
「あはは…性分なもので。でも、本当に咲希さんと話してる時間は俺、好きなんで。それだけでもうなんか十分ですよ」
「ちょ、こっぱずかしいこと言わないでくださいよ。全く」
「はは、すいません」
そんなことを話しながら車は目的地へと向かって走って行った。




