白い方
昼過ぎの民宿「しろすな」
やることもある程度終わり、自室にて咲希が一息ついていた。
別に眠いわけでは無いがベッド上で横になってスマホを片手にぬいぐるみをふかふかしている。
「うーん…スマホゲーはやることがねえなぁ。かといって金出す気にもならんしなぁ。やっぱゲーム的にはダメだな」
ぶつぶつ呟いてスマホをいじる咲希。
どうやらスマホゲーをやっていたようである。
が、これといって本腰を入れたいようなものも無かったようである。
そうやって無駄に時間を使っていると、スマホにメッセージが届く。
雅彦からであった。
「ん、雅彦さん?」
『こんにちは。今から『しろすな』に出向こうと思っているんですが、大丈夫ですか?』
「え、今から?あれ、今日は自販機も大丈夫だしお酒とかも大丈夫なはずだけど…」
何か予定あったっけと日付を確認する。
3月14日であった。
「…あ、そういや今日ホワイトデーなのか」
咲希にとってのホワイトデーは割と空気イベントである。
バレンタインデーは自分用のチョコを買う日としてなんだかんだ貰うことが無くても覚えていたのだが、ホワイトデーはお返しする相手がそもそもいない上に、自分用に何か買うこともしなかったため、本当に関係が無かったのである。
「そういや雅彦さん、お返し渡すって言ってたなぁ。いかんいかん、完全に忘れてた」
『大丈夫ですよー。お待ちしてますねー』
そういえばバレンタインデーのお返しを渡したいとか言ってたなとそこで思い出す咲希。
渡すだけ渡して完全に記憶から吹っ飛んでいたが。
お返しとかそう言う概念あることを忘れていた。
ただ文面上は忘れていたことを悟られないように普通に返す。
「というかわざわざそのためだけに来てくれんの雅彦の兄貴。律儀すぎへんか。たかが義理チョコやぞ。…それとも俺が経験なさすぎて知らんだけでこういうの普通なんか?」
頭をひねる咲希であった。
□□□□□□
「あ、こんにちは咲希さん」
「あーどうもー雅彦さん」
それから十数分後。
連絡通りにたどり着いた雅彦がチャイムを鳴らしてきたので、応対する咲希。
入り口から入って来た雅彦は手に何か袋を持っている。
「あ、とりあえずこれを。お返しです。チョコ、ありがとうございました。美味しかったです」
「ああ、ありがとうございます。美味しい言ってもらえれば渡した意味もあったってもんですね」
そう言って雅彦が手渡してきた箱を受け取る咲希。
咲希が渡したものと同程度のサイズの箱が包装されていた。
箱を渡した後に雅彦がばつが悪そうな顔で口を開く。
「すいません、お返しとかするの初めてなんで、中身がおかしくてもある程度許容してもらえると…」
「ああ、いやいや大丈夫ですよ。普通に嬉しいですし、わざわざお返し持ってきてもらって文句なんて言うはずないじゃないですか」
「そう言ってもらえると助かります。こういうことやったこと無いものでお恥ずかしながら…」
「まあ私もお返しとかもらうの初めてだし…」
「え?そうなんですか?」
「え?ああ、渡すようなことほとんどなかったんで、お返しも当然来ないよねっていう感じです」
当然咲希になってからは初ホワイトデーなので以前の記憶である。
チョコを貰うことも渡すことも無かったのでその逆も当然ないというわけであった。
が、それを聞いた雅彦は驚いた表情になった。
「ん、何ですかその顔」
「え、あ、いや、チョコ貰った経験あるって言ってたし、咲希さんこういうこと慣れっこかなって思ってたので…」
「あー…まあ、貰う方は経験済みですけど、んー慣れっこどころかほとんど初めて?バレンタインデーとホワイトデーはほんとにまともに両方とも何かあったって言えるの多分今年初めてですよ?」
「そうなんですね。いや、てっきり上級者かと思ってましたよ」
「買い被りすぎです。そもそもバレンタインデーでもチョコは自分で食べるためのものとか言ってる奴ですからね」
「はは、そういえば通話で何度も言ってましたねそういうこと。いやでもそんな咲希さんから貰ったチョコは確かに美味しかったですよあれ」
「ですよねですよね。あれ美味しいんですよ。あ、若干ビター風味だったと思いますけど大丈夫でした?」
「全然。むしろ甘さがしつこくなくて丁度いい感じでした」
「いやそれならほんと良かったです。甘党に振り切れてる人だと多分あれ苦いって感想来ちゃうんで…」
「個人的には最高でした。ほんと、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、わざわざそれのお返し持ってきてもらっちゃって、ありがとうございます。…あ、そうだ、すいません、これチョコですか?」
貰った箱を指さしてそう聞く咲希。
「え?ああ、何にするか迷ったんですけど、チョコです」
「ああならちょっとそこ座って待っててください。溶ける前に冷蔵庫に入れてきます」
「ああ、ここ温かいですしね」
「暖房ガン付けなんで…というか、それ、渚の分ですよね多分」
「え、ああ、はいそうです。後で渡そうと思ってたんですけど」
「そういうことならついでなんで呼んできます。というわけでちょっとお待ちくださいね」
そう言って咲希がキッチンに引っ込み、出てきたと思うと2階へと渚を呼びに行った。
雅彦がその間にロビーのソファーへと移動した。
「すいませんお待たせしました。そのうち渚も来るはずです」
「いえいえ。ああ、お構いなく」
「一応今日は客人扱いだし?みたいな」
そう言ってお茶の入ったコップを雅彦の前に置く咲希。
「ありがとうございます」
「気にせずー」
出されたお茶を少し飲んで再び話を再開する雅彦。
「ああ、そういえば渚ちゃんと言えば、渚ちゃんこの間大丈夫でしたか?」
「ああ、いやあの時はほんとご迷惑を…全然、本人は寒かったのを除けば体は元気なもんでしたから大丈夫でしたよ。流石にあそこで一人はいろんな意味で精神的には来てたみたいですけど…」
「あそこほんとに暗くて静かすぎるんですよね…むしろよく渚ちゃん大丈夫だったなぁと思ってたんですよ。俺だったら半狂乱になってそうです」
「正直私もあそこいたらなりますよ半狂乱。むしろある意味待合室の中で縮こまっててくれて助かったというかなんというか…」
「ほんと、無事でよかったです。もう少し電車の本数が多ければこんなことも無いんでしょうけど」
「無くなるの早いですよねーここ」
「早いですねーほんと。昔はここしか知らなかったので何とも思ってなかったですけど、一度でも都心部の時刻表見ちゃうとスカスカ具合に笑っちゃいます」
「ほんとですよね…あれ、雅彦さんもこっから出たことあるんです?」
「ええ、大学が遠かったのでその時からしばらく都心の方に行ってたもので」
「へぇそうだったんですね。いや、失礼だとは思うんですけど生まれたときからここからほとんど出たこと無いタイプかと思ってました」
「ああ、今俺がいる酒屋自体は実家なんである意味そうと言えばそうなんですけどね。結局戻ってきちゃったので」
「大学出てすぐ戻ってこられたんです?」
「ああ、いや、一度は都心の方で企業就職してたんですけどね。職が肌に合わな過ぎて、ノイローゼ気味になっちゃって。体壊してまで働くなー!って美船に怒られちゃったんで、戻ってくることにしました」
「ああ…すいません、なんか余計なこと聞いた気がします」
「ああ、大丈夫ですよ。気にしないでください。実際あの時学んでたことは全く無意味になったわけでもないですし。ほら、『しろすな』のページとかで生きてるんで」
「え、ああ、そっち系だったんですか?雅彦さん。だからパソコン系詳しいんだ?」
「ああはい。途中折れしましたけど元々そっち方面進んでた人間だったんで」
「そうだったんですね。通りで、手慣れてると思った」
その辺で渚が階段から降りてきた。
雅彦と目があったくらいで会釈をする。
「こんにちは」
「こんにちは渚ちゃん。ごめんね下まで呼び出して」
「全然大丈夫ですよー特に何もしていなかったので」
「まあ確かに部屋開けたらベッド転がって動画見てただけだったけど」
「そういうことです。なので別に気を使ってもらわなくて大丈夫ですよ」
「そう?ただ、用向きはこれを渡したいだけなんだけどね。はいこれ」
「ありがとうございます!これバレンタインデーのお返しですよね?」
「うんそう。この前はチョコありがとうね。美味しかったよ」
「美味しかったですか?それはよかったです。でもまさかこんなしっかりお返しが帰って来るなんて思ってなかったので、すごく嬉しいです。ありがとうございますっ」
「日頃お世話にもなってるからね。そのお礼も兼ねてってことで」
「お世話したことありましたっけ?むしろお世話になってばっかりな気が…」
「でも、ここに自販機補充してる時に退屈しないように喋りに来てくれるでしょ?」
「ああやっぱり自販機補充一人でやってると退屈なんですね。邪魔だと思われてなくてよかったです」
「まさか。だからまあ、そう言うのも含めてのお返しってことで。いつもありがと渚ちゃん」
「いえいえ、むしろお世話になってるのでこちらこそありがとうございますって感じです。ちなみに中身は何か聞いてもいいですか?」
「ん、ああ、えっとチョコだよ?」
「あ、チョコなんですね。いいですね。ありがとうございます。咲希姉も一緒?」
「え、チョコとは聞いてるけど一緒かは知らんぞ。一緒なんです?」
「ああ同じものですよ」
「らしいですが」
「そうなんだー、一緒なんですね。お揃いだねぇ」
「どうした急に、そう言うの気にするタイプだっけお前」
「ううん、別に気にするタイプじゃないよ」
そう言いながら雅彦の方をちらっとみる渚。
「ま、まぁ2人から義理で貰ってるのに格差付けたらまずいかなって思って」
それを聞いて少し焦ったようにそう返す雅彦。
「成程ぉ…確かにそれもそうですね!ホワイトデーのチョコだからホワイトチョコなんですか?」
「ああ、えっと、ホワイトチョコも入ってると思うよ。何種類か入ってる奴にしたから」
「色々入ってるんだぁ、へぇー。開けるの楽しみになって来ましたぁ。本当に貰えると思ってなかったのでありがとうございます」
「いいって。また今後ともよろしく」
「はい、よろしくお願いします。じゃあ私そろそろ買い物の準備しないといけないので失礼します」
そう言って渚は会釈をして消えていった。
そうしてしばらくどうでもいいこと含めて駄弁り続けた2名。
そのままゲーム話題に差し掛かった時に、雅彦がふと思い出したかのように口を開いた。
「ああ、そういえば咲希さん。2週間後の土曜日って空いてますか?」
「え?2週間後です?なんかありましたっけ?」
「えっと、なんかオフイベあるらしんですよ。ゲーム内報酬出るタイプの」
「あーはいはいはい。なんかそういえば告知ありましたねー」
「それ、丁度暇が重なってるのでやろうかなと思ってたんですけど、咲希さんもどうかなーと」
「んー…ちょっと待ってくださいね」
そう言うとスマホで予定を確認する咲希。
なお確認するとは言ったものの、予定表は客の予定を除くと真っ白である。
書く習慣はない。
「多分大丈夫だと思います。私も行きますよ」
「お、助かります。ありがとうございます」
「あ、ちなみに、ランポさん来るんですか?」
「ああ、あいつも呼んだんですけど、その日無理!って言われちゃったんで…現状俺と咲希さんだけですがいいですか?」
「ああ、そうなんですね。了解です。無問題です。じゃあ、ごめんなさい。いつものように足をお願いいたします」
「お任せください」
オフイベの約束を取り付ける雅彦であった。




