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看板娘始めました  作者: 暗根
本編
106/177

寝過ごし

3月初め。

渚は電車に揺られて離れたところまで春物を買いに行っていた。


「あっぶな。危うく終電を逃すところだったよ。終電が10時前とか前だったら絶対考えられなかったなぁ」


今現在民宿「しろすな」がある場所の最終電車は10時前である。

前渚が梛だったころは12時過ぎくらいまであったりすることもあったので、その時と比べると考えられないくらい早いのである。


「咲希姉が夕飯のこと聞いてこなかったらほんとに忘れてたかもしれないし、あっぶな」


8時30頃。

帰ってこない渚に対して咲希から電話があったので、終電のことを思い出した渚である。


「時計見る癖つけないとなぁ流石に」


渚は腕時計を持っていない。

一応携帯の時計あるしと咲希も大して気にしていないが、携帯の時計を見る癖は渚には無いため今が何時か分からなかったようである。


「あーでも何して暇つぶそっかなぁ。携帯アプリ入れてないし、音楽とかはイヤホン持ってないから駄目だし…あんまり画面見てると疲れそうで嫌だし、あーこんなことになるなら、読みかけのラノベ持ってこればよかった」


と言いながら、やることが無いので外を眺める渚であった。

その状態でしばらくすると、眠気が来たのかうとうとし始める渚。

頭がふらふらしている。

しばらくはそのままギリギリで踏みこたえていたようだが、頭が後ろの窓にもたれかかり、完全に意識を飛ばした。


□□□□□□


ぶーぶーと何かが鳴る音で渚の意識が戻ってきた。


「あれ、寝てた…あれ、咲希姉?」


既に乗っていた車両の中には渚以外誰もいない。


「ここどこだろう…ていうか今何時だ…?」


スマホで時刻を見てみればそろそろ11時に差し掛かる頃合いである。


「え、待って!」


時刻を見て一気に意識が覚醒したのか周りをきょろきょろと見渡す渚。

電車は相変わらず走り続けている。


「え、ここどこだろう。つ、次の駅のアナウンスを聞いて、そ、それから決めればいいかな」


とりあえず咲希に返信を送ろうとしたあたりでアナウンスが流れる。

聞き覚えの無い駅名であった。


「え?全然知らないとこだ…えっと、検索して…」


と言って返信より先に場所検索をする渚。

とりあえず本来降りるべき駅を通り過ぎたのは間違いなかった。


「え、どうしよう。寝過ごしちゃった。とりあえず降りよう」


丁度駅に電車が到着したので飛び降りる渚。

辺りに人の気は無い。


「うわぁ、全然人いない。どこなんだろう。とりあえず咲希姉に連絡しないと」


そう言って電話をかける渚。

すぐに咲希が応答した。


「もしもし咲希姉!ごめん寝てた!」


「は?寝てた?どこで!?」


「電車!」


「え、今どこだよ」


地名を叫ぶ渚。

その辺まで話したあたりで背後の電車が走り去る。

先ほどまでは電車の明かりがあったからよかったものの、電車がいなくなった駅はぼんやりとした明かりのみで、静まり返っていた。


「え、どこだそこ。え、ちなみに帰ってこれるか?」


「多分あるけば帰れると思う。時間はかかると思うけど」


「やめろ。今何時だと思ってんだよ」


「11時でしょ。大丈夫スマホに明かりあるし充電もあるから帰れるよ」


「そう言う問題じゃ無いって!この辺り山だらけだし、お前今女の子なんやぞ!」


「え、でもさ、周り真っ暗だしさ、ここだけなんか明るくて薄気味悪いっていうかあんまり長居したくないんだけど」


「周りどうなってんのそこ。駅より明るい場所あるならそこに避難とかできん?」


「なんもない!雪!山!あと、あと、線路!」


「クッソ糞田舎がよっ!とにかくそこ明るいんだよな?そこいろ!迎えに行くから!」


「でも咲希姉も車も免許も無いし、結局歩くなら私歩いてもよくない?」


「よくねえよ!それで襲われたらこっちまで死ぬわ!大丈夫誰かに車出してもらうから」


「そんなの迷惑じゃん!私がやらかしただけだから大丈夫歩いて帰れる!ちゃんと気を付けて帰ってくるから大丈夫だって!」


「そう言って行方不明にでもなられたら本気で俺が死ぬぞ!いいからそこいろ!自分の身の安全だけ考えとけ!」


そこで咲希が一方的に電話を切った。


「ここにいろっていってもさぁ…ここ、無人駅なんだよなぁ…あ、しかも漢字読み方間違ってた…」


誰もいない駅でポツンと取り残される渚であった。


「誰も、い、ないですよね…」


駅の中を少しだけ歩いてキョロキョロする渚。

だがどれだけ見渡しても人は一人もいない。


「明るいとこにいると目立つしやだなぁ…改札出ても大丈夫かなぁ…」


辺りは季節の問題もあって雪まみれである。


「だめだぁ、歩けそうにないや。というかなんでスカートで来ちゃったんだろう…寒いぃ…」


雪こそ降ってはいないものの、先日までの雪はまだ積もっているうえに、寒いことに変わりは無い。

周辺に壁になるようなものもほとんどないため、寒さが直に体に刺さる。


「やだなぁ、熊とか出てこないよねぇ…お化けはさ、いるわけないけどさ、なんか出そうな薄気味悪さがあってやだなぁほんとに」


薄ぼんやりした電灯を除けば後は全て闇である。

待合室はあるようだが、あいにく電灯がついておらず真っ暗である。


「もうなんでぇ、寝過ごしちゃったんだろう…待合室…あったかいのかなぁ…開けたくないなぁ…」


そう言いながら待合室の扉から離れ、明かりからも少し離れた位置で待合室の壁に張り付いた。

そこでしばらく経った時、どこかで何かが落ちる音がした。


「~~~~っ!」


全速力で先ほど離れた待合室の扉を開けて中に飛び込んだ上で扉を全力で閉めるとしゃがみこんだ。

中はほとんど先が見えない暗闇だがそんなこと構ってられない。


「へ、へへ、へへへへ、び、びっくりするなぁもう!な、なんなんだろうなぁ雪かなぁ、雪だよねぇ!?」


暗闇の中で胸辺りに手を当てながらなんとか息を整えようとする渚。

心臓の鼓動がやばいレベルで早くなっている。


「ほんとさぁ!こういうのやめてほしいんだよね!」


その辺でまたどさっと何かが落ちる音が響く。


「~~~~!…」


暗闇の中でしゃがみ込んだまま、口を押える渚。

しばらくそのままでいた後に、ゆっくりと扉に近づき、目だけ出す形で外を覗いた。

なお、外は変わらず雪とぼんやりとした明かりだけである。


「咲希姉、いつ来るのかな…」


そう言いながら部屋の角隅でしゃがみ込んで咲希を待つ渚であった。


□□□□□□


「ちょ、あいつ、マジで何やってんだ…!」


場面変わって咲希。

そもそもあまりにも帰りが遅いので心配していたのだが、やっとつながって少し安堵したら今度はどこおるねん状態である。


「いったい何本先まで行ったんだ…?」


検索してみると、読み方の違う駅が表示された。

実際渚が言い間違えているのであっている。


「え…ここか?読み方ちげえけどいつもの電車のラインではあるな…ってめっちゃ遠いしっ!ここ歩いて帰るのは流石にやべえって…」


県をまたぐほどではないものの、少なくとも徒歩で帰るような距離ではない。

というか雪が積もった山中を夜中に歩いて帰るなど自殺行為である。


「とにかく誰かに頼んで車を…」


そこでつけていたパソコンに届く通知の文字。

タイミングがいいのか悪いのか分からないが雅彦からゲームのお誘いであった。

しめたとばかりにメッセージに返信を打ち込む咲希。


『すいません、ちょっとゲーム今できないんですけど、急遽相談したいことがあって、個人通話いいですか』


『構いませんよ。どうかしました?』


それに返信はせずに通話をかける咲希。

正直相当慌てている。


「あ、もしもし雅彦さん、急にすいません」


「いえ、全然大丈夫ですけど、どうしました?」


「すいません。こんな時間なんですけど、今すぐ車出せたりしませんか」


「え?車ですか?一体何があったんです?」


「すいません…渚が最終電車で寝過ごしたみたいで、ここから何本か先にいるみたいなんです。流石に一人で帰らせるのは怖すぎるんで迎えに行きたいんですけど、足が無いもので…無理言ってるのは承知の上なんですけど、お願いできませんか」


「分かりました。どこにいるかの検討はついてるんですよね?」


「ああはい。どの駅にいるかは聞いてるので分かります」


「じゃあ今すぐ『しろすな』前まで行くので、外に出る準備だけお願いします」


「分かりました。本当にありがとうございます」


「いえ、じゃあ準備だけお願いします!すぐ行きますから!」


そう言って通話を切った雅彦。

ふぅと一息咲希が息を吐く。


「助かった…」


□□□□□□


しばらく後、車の接近音が待合室まで聞こえた。


「…」


それを聞いても動く気が無い渚。

完全に生気が抜けている。

そんな渚をしり目に、車が止まり、足音が待合室に接近した。


「…」


足音に警戒したのか、その足音の聞こえる方向から見えない位置に移動する渚。

次の瞬間扉が開いた。


「あれ、ここじゃないのか…反対かな」


見知った声が響く。


「さ、咲希姉!…かぁ」


「うぉ!?どこにいるんだよ!」


「へ、変な人が来たんじゃないかってちょっと警戒してた」


「そこに隠れてるお前が一番変な人だよ!とりあえず大丈夫だったか?それこそ変なやつ来なかった?危ないこと無かったか?」


「うん、来てないよ。ありがとう。本当に。もうダメかと思った」


「いや、ここにいなかったらそれこそどうしようかと。開けていなかった時心臓止まりそうだったんだからなやめてくれよ」


「本当にごめん。あぁ、なんか安心したら力が抜けた」


そう言ってまた座り込む渚。

気力が抜けた。


「ちょい、大丈夫か本当に。歩ける?」


「ちょっとだけ待って、力はいらないから」


「おっけおっけ。とりあえず立てるようになったら帰るぞ。こんなクソ寒いところに長居したくないしな」


「うん、分かった。本当にありがとう」


「いいって。歩いて帰るって言った時が一番怖かったけどな」


「ごめん、ちょっとパニックになってて適当なこと言った」


「…まあここに取り残されたらパニックにもなるよな」


「久しぶりに自分がチキンであることを実感したよ」


「とりあえず生きてて安心した」


「なんとか生きてました」


そう言って渚が立ち上がった。

そこにどたどたと近づくもう一つの足音。

少し遠くから男の声が響く。


「あ、咲希さん。いましたかー?」


「ああはーい!大丈夫です、いましたー!」


雅彦であった。

そのまま咲希と渚の前までやって来る。


「ああよかった。無事でしたか」


「大月さん?咲希姉大月さんに連れてきてもらったの?」


「知ってる車出せる人が他にいなかったし…丁度通話かかってきたとこだったから。申し訳ないと思いつつ頼らせてもらった」


「そうだったんだ…ほんとに、ごめんなさい」


「ああ、いいっていいって。渚ちゃんが大丈夫ならそれで」


「なんか夜中に私のせいで車まで出してもらっちゃってすみません」


「まあ突然叩き起こされたり、車出せって言われるのは慣れてるから気にしなくてもいいって。だけど、この辺の電車で寝過ごしは気を付けた方がいいと思うよ。本数少ないから」


「はい、次は寝ないように気を付けます」


「じゃあとりあえず乗って乗って。送ってくから。寒いだろうし、早く帰ろう」


そう言って雅彦の車に乗り込む2名。

ようやく本当に一息つけた。


□□□□□□


民宿「しろすな」前。

雅彦の車に乗せられてようやくたどり着いた。

時刻は12時近かった。


「ほんとにこんな時間にありがとうございました。助かりました」


「いーえ。渚ちゃんが無事でよかったです。じゃあ俺は帰りますね。それじゃまたー」


そう言って雅彦は去って行った。

後には渚と咲希が残された。


「とりあえずお帰り」


「ただいま」


「ご飯食った?食ってるわけないか」


「ほんとにごめん咲希姉」


「いや無事ならとりあえずいいから。カップ麺でいい?作るべ」


「うん、大丈夫」


「意気消沈しとるやんけ!いいってとりあえず無事なら今はなんも言う気無いから」


「ほんと、寝ないように気を付けるよ」


「はい、気を付けてちょ。とりあえず話はあと。腹減った」


「家の明かりって暖かいんだね」


「ばあちゃんか何かかお前は」


「咲希姉もあの暗闇に一時間いれば多分分かるよ」


「発狂するわそんなん」


そうしてなんとか家に帰れた渚であった。


□□□□□□


そして次の日の朝食後。


「あーそういや渚」


「何?」


「お前当分一人行動禁止」


「え、どういうこと」


「いやだって寝過ごして遥か彼方に飛んでくやつそのままにしとけないし」


「え、だからつまり、どういうこと?」


「電車乗るなら誰かと行け、以上」


「ご飯買いに行くときも?」


「うんまあ当分は」


「咲希姉ついて来てくれる?」


「行ける時はついてくけど?」


「じゃあ分かった」


「とりあえず3か月くらいは見るから、よろしく」


「え、長くないですか」


「いやだって寝過ごしに関しては割とプロじゃんか」


「プロって何、プロって。そんなプロになった覚えないんですけど」


「ここに来る前はしょっちゅうだった気が」


「う…」


実際前は寝過ごし常習犯ではあったので何も言えない。


「まあ大丈夫そうだったら無くすから、当分は友達あたり頼れよ」


「りょ、了解であります」


足枷を付けられる渚であった。


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[一言] きさらぎ駅……
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