罪づくり
ある日の民宿「しろすな」の昼過ぎ。
今日も雅彦が自販機の補充に訪れていた。
そこに階段から降りてきた渚が声をかける。
「大月さーんこんにちは」
「ああ、渚ちゃん。こんにちは。この前はありがとうね」
「いえいえ、お二人が来てくれて凄い楽しかったです。この前は途中で寝ちゃってすみません」
この間泊まっていた時の話である。
部屋で雅彦と一緒にゲームをやっていた渚は寝落ちしたのである。
なおその後雅彦によって起こされ、寝ぼけ眼でベッドに入った。
「いやいいよ。付き合わせた俺たちが悪いし…」
「でも私も久しぶりに知ってる人とゲームができて楽しかったです」
「そっか。それならよかった。渚ちゃんは普段ゲームそんなにしないのかい?」
「そうですねー出かける日はあんまりしないかもしれないです。逆に一日も外に出ない日はずっとやってるかもしれないです。でも、前ほどやらなくなりましたね」
「へぇ、昔はもっとやってたんだね。まあ、咲希さんがあんな感じだし、そりゃそうなのかな?」
「こっち来てから生活リズムが整ったので、すぐ眠くなっちゃって、やりたくてもやれないって感じです」
「それはまあ、人としてはよかったんじゃないかな?いやでもやりたいことやれないのもストレスたまりそう…?」
「ああ、全然ゲームやれないのはストレスじゃないですよ。他にもやりたいことも増えたし、そんなにゲームやりたい欲が無くなったので」
「ははっ、咲希さんとはえらい差だね」
「確かに咲希姉は今でも普段からずっとやってますからね」
「咲希さんからゲーム取り上げたらどうかなっちゃいそうだし」
「どうなんですかねぇ…あの人何するんだろう…私にもちょっと分からないです」
「姉妹でも分からないことあるんだね」
「そうですね。意外にいっぱいあるかもしれません」
「…あーでもうちもまあ美船の考え全く読めないから似たようなもんか…」
「美船ちゃんって結構直感で動いてる感じありますよね」
「考えるって言葉があれほど似合ってない人間も知らないよ…」
…」←重複
「確かに。そういえば自販機の補充は終わりそうですか?」
「ん、そうだね。もうそろそろ終わるかな。意外と消費されてて驚いてる」
自販機のいくつかは売り切れになっている。
結構買っていくお客は多い。
「最近はお客さんが来るようになったので割と使われている気がしますね」
「ということは繁盛してるんだ?」
「生活できるレベルには、なんとかって感じかもしれないですけど」
「とりあえず生活はできないと困るもんね…」
「困りますねぇ…それでも前よりはお客さん増えてきてるので何とかなるかなって思いたいです」
「流石に宣伝は出来てもお客さんは連れてこられないからなぁ…ああでもこの前の悠太が友達連れては来るかもしれない…」
「それはとてもありがたいですね」
しばらく作業をつづける雅彦を横で見る渚。
数分したところで雅彦が息をついて手を止めた。
「…よし、終わり」
「お疲れ様です。そういえば、大月さん今日は何の日か知ってますか?」
「今日?…えーっと何日だっけ今日…14か。…ああ、バレンタインか」
「そうですよ!バレンタインですよ!何で忘れてるんですか!」
「え?いやー恥ずかしいんだけど、義理すら貰ったことがまともに無いから関係が無さすぎて…」
若干遠い目になる雅彦。
「えぇ?美船ちゃんとかくれそうじゃないですか?」
「ああまあ美船はくれるよ。ただ家族だし、バレンタインじゃなくてもなんかくれたりすることあるから特別感無くてさ…」
「あぁー確かに美船ちゃんってなんだかんだブラコンですもんねー確かに特別感は無さそう」
「いいように使われてるだけな気もするけどね」
「でも美船ちゃんと話してると大月さんの話ちょこちょこ出ますよ?」
「えっ、あいつ変なこと言ってない?」
「え?別に何にも言ってないですよ。しいて言うなら凄いよく見てるなって感じです」
「ああ…ならいいか。あること無いこと叫ばれると困るから…」
と、そこで渚がふと思い出したかのように美船から聞いた話を雅彦に聞いた。
「あ、ちなみにクリスマスの時咲希姉に見惚れてたってほんとですか?」
その言葉を聞いた雅彦が固まる。
「え゛!?…余計なことをぉ…!」
「あーほんとなんですね」
「あー…はぁ、ほんとだよ。嘘言ったところでもうばれてる気がするし」
もう諦めた感じでそう言う雅彦。
自分でもわかるほど動揺したので仕方ない。
「でも分かります。あの時の咲希姉は綺麗だと思いましたから、むしろ見惚れない方が男として終わってると思います」
「…渚ちゃん言うね?」
「私はズバズバ言うんです。どうでもいいことは、ですけど」
「あの時は割といきなりだったのもあってほんとに目がそっちいちゃってたからね…というか本人にも確実にばれてるだろうし…」
「でも聞いてください大月さん!あの後から咲希姉全くあの格好してくれないんです!勿体なくないですか!?」
大きな声でそう言う渚。
まあ渚的にはかなり残念なのでこうなるのだが。
「え?あ、そうなんだ。ああでも普段こんな格好しない的なことは言ってたような気がするね確かに」
「宝の持ち腐れって多分ああいうこと言うんだと思います」
「持ち腐れって…いや、綺麗だったけどさ」
「でもあの格好で見惚れた人は普段の格好と生活を見たら多分幻滅するんじゃないですかね。普段の咲希姉、働くこと以外は食べて寝てゲームやるだけの人ですから」
「幻滅されるのかなぁ…俺はあんまり…」
小さな声で言いよどむ雅彦。
渚がそれに突っ込む。
「ああ!大月さん、まさか…!」
「え!何がまさか?」
「えぇー?何でもないです。気にしないでくださーい」
「気になるよその言い方!」
「えぇ?ただ大月さんが咲希姉に惚れてるのかなって思っただけです」
「惚れっ!?…」
「だから別に気にしないでくださいって言ったのにーあくまで私の主観ですから」
「気にしない方が難しいよ!」
「え、その反応って本当にそう言うことなんですか?」
「…一緒にいると楽しいのは確かだけどね。経験が無いからこれ、そう言うことなのかなぁ…」
「それをどう思うかは大月さん次第だと思います。でも経験が無いならゆっくり考えた方がいいと思います」
「そうするよ。渚ちゃんが言うなら猶更ね」
「なんで、なんで私が言ったらそうなるんですか?」
「え?いや、経験って意味では先輩じゃないかなってさ」
「私、何も言ってないですよね。え?」
「え?いやいやまさか渚ちゃんが彼氏一度もいなかったとか…無いよね?」
「え、じゃあちょっとだけ私の話置いといて、咲希姉には彼氏いたと思いますか?」
「いたと思ってるけど…?」
「ああ、了解です。分かりました、納得しました」
「何を?え?」
「というわけで、内緒です」
「ここまで話して!?」
「ほらだって大月さん見た目しか見てないじゃないですか。それで判断されても困ります。決めつけは良くないですよ。いたかどうかは内緒ですけど」
なお梛として相手がいたことはまあある。
渚としては無い。
つまりそう言うことである。
咲希の方は全くない。
「はは、まあそうだね。ごめんごめん。じゃあ、俺はこの辺で…」
「あ、待ってください!あの、ちょっと、渡したいものがあって…」
「え?渡したいもの?」
「そうです、今日じゃないと渡せないものです…」
「…?何かな」
「大月さん…」
渚が思わせぶりな雰囲気を醸し出しながら雅彦に接近する。
「これ、受け取ってくれませんか?」
「え?…これ、俺に?」
「はい、大月さんにです」
「…あっ、バレンタイン」
「気づくの遅くないですか?さっき言いましたよね」
「途中の話で全部飛んでたよ。え、貰っちゃっていいのかな俺が」
「むしろ、今このタイミングで渡してるんだから、貰っちゃっていいに決まってるじゃないですか」
「じゃぁ…ありがとう。普通に嬉しいよこれ」
「…あ、待ってください。ちょっと待ってください。すみません。それ義理チョコなんです」
その一言にキョトンとした顔をする雅彦。
「え?そりゃそうでしょ?分かってるよ」
「え!?今の渡し方は本命っぽい渡し方を意識したつもりだったのに!そこは勘違いしてくださいよ!いじりがいが無いじゃないですか!」
「流石に今本命チョコ渡されるのがおかしいことくらいは分かるって。それに渚ちゃん、こういう小さいいたずらみたいなこと好きだから猶更」
「なんでしょ、なんだか無性にムカつきます…!いや、私が悪いんですけど、もうちょっと自信を持ってくださいよ大月さん!」
「あはは、流石に渚ちゃんみたいな子に本命本当に貰ったら俺倒れちゃうって」
その一言に罪悪感を刺激されたのか渚が謝り始めた。
「なんか、ほんとにごめんなさい。ほんとに出来心でこんなことしてすみませんでした」
「いいよいいよ。いや義理すら貰ったこと無いから嬉しいことに変わりは無いし。ほんとありがとね渚ちゃん」
「あぁあああ!やめてください!そんな良い人オーラ出さないでください!消えます!私消えちゃうので!」
「えぇ!?ちょ、そんなことで消えないで!」
「でもその義理の義理は本当ですから!ちゃんと有難く食べてくださいね!」
「分かってるよ。大事に食べるからさ」
「いや-ほんと、大月さん良い人すぎます。私もなーもうちょっとなーもうちょっと普通だったらなー」
「普通って…?」
「ああ、こっちの話なので気にしないでください。とりあえず、いつも私のこんないたずらとか些細なからかいに付き合ってくれてありがとうございます」
「いいって。楽しんでるから俺も」
「じゃあこんどからも積極的にいじりにいくのでよろしくお願いします」
「どうぞどうぞ。また次来た時になにするのか楽しみにしてるよ」
「じゃあ私買い物行かないといけないので、失礼します。終わった報告は咲希姉にお願いします」
「ああうん、それじゃあまたね」
そう言って渚は手を振って雅彦と別れた。
「このこと悠太に言ったら今度こそ刺されそうだな…」
ぼそりと呟く雅彦であった。




