前日
『渚、渚、今ちょっといい?』
夜お風呂上がりの渚の下にメッセージが届く。
稜子である。
『別に大丈夫だけど、どうしたの?』
『ちょっと相談したいことがあって。電話かけてもいい?』
『うん。全然いいよ』
電話がかかってきたので電話に出る渚。
相手は当然稜子である。
「あ、もしもし、渚?」
「もしもし、どうしたの?」
「あ、えっと、えっとさ。な、渚、明日何の日か覚えてる?」
「うーん、何だったかなぁ、聖人バレンタインが死んだ日?」
「そうそう…いやそうだけどそうじゃなくて」
「あれだよね。チョコあげるバレンタインってやつだよね。分かってるよちゃんと」
「そ、そう。分かってるわよね。ならいいんだけど…その、チョコ、買った?」
「うん、買ったよ?稜子ちゃんにも渡そうと思ってる」
「え?私?」
素っ頓狂な声を上げる稜子。
考えてなかったといった感じである。
「そうそう、義理チョコ義理チョコ。お世話になったし。仲良くしてもらってるし、そのお礼もかねてかな」
「そ、そうか、義理チョコ。やばい完全に忘れてた…」
小さな声でつぶやく稜子。
残念ながら音声は思いっきり入っていたが。
「大丈夫だよ稜子ちゃん。私は別に気にしないから。私があげたくてあげるだけだから気にしないで」
「い、いやでも貰ってばっかりじゃ悪いし…ホワイトデー、ホワイトデーに返すわ」
「分かった。じゃあ楽しみにしておくね。それで、本題はそれじゃないでしょ。どうしたの?」
「あ、うん、そう、そうなのよ。な、渚誰に渡す?」
「とりあえず咲希姉と、稜子ちゃんと、後知り合いの人何人かと、あと、神谷君とか、一応啓介君にも渡そうかなと思ってるけど、それがどうかした?」
「えっ、啓介渡すの?」
明らかに慌てた様子を見せる稜子。
「安心して、本命じゃなくて義理チョコだから。それにちゃんと私、ちゃんと稜子ちゃんが渡すことも考えて選んできたし」
「えっ、あ、いや、私は、いや、渡すけど…」
「あぁでもそっか。明日平日だっけ。稜子ちゃんと啓介君には当日渡せなさそうだから、後日になっちゃうかもしれないけど」
「それは、全然、別に大丈夫よ」
「だから、私が誰に渡すかなんて多分気にしなくていいと思うけど」
「あっ、その、そういう意味じゃ…」
「え?違った?え、私が誰に渡すかほんとに気になるの?」
「…その、さ、本命、いる?」
「本命…かぁ、特に考えてなかったかなぁ。特に好きな人がいるわけでもないし」
「あ、そ、そうなの」
「うん、でもそれがどうかしたの?」
「…あぁ、もう!駄目だ、無理。はぁー…ごめん渚、単刀直入に聞かせて。本命チョコの渡し方教えて欲しいの」
一呼吸入れて、言いたかったことを全部吐き出す稜子。
聞きたかったことはこれらしい。
「えぇえ゛!?本命チョコの、渡し方!?ん、んー…普通に渡せばいいんじゃないの?」
渚は思いっきり叫んだ。
そんなことの相談とか想定外である。
「それじゃなんか義理と区別付かないじゃない!教えてよ渚。今までそういう経験あなたなら多分あるでしょ?」
「えぇ!?そういう経験!?待って、待ってね。ええっと、ええっと、やっぱり普通に渡されたけど…あ、違う、普通に渡したけど。しいて言うなら、一言添える、とか?」
「ど、どんな感じの?」
「ど、どんな感じ!?ええ、えぇ!?言わないと駄目?」
強制的に渚的には羞恥プレイのそれに近いことを要求してくる稜子。
うろたえまくる渚。
「お願い教えて!もう私頭真っ白で何にも思いつかないの!」
私だって頭の中今ので真っ白だよ!と思わずにはいられない渚。
当然である。
「稜子ちゃんが言ってるのって、付き合う前の本命チョコの渡し方、だよね?」
「そ、そう」
「んんー…中に手紙入れるとか?確かそう言う感じの渡し方かなぁ…」
「て、手紙!?え、何書けばいいの!?」
「え、そのままの気持ち?」
「そんなの書いたら二度と学校行けないわ!」
「でも本命チョコ渡すんでしょ稜子ちゃん!本命チョコ渡した時点で手紙も何も無いと思うんだけどなー」
「だから悩んでるのよ!どうやれば分かってもらえる範囲で私が羞恥心的に死なずに済むか!」
「じゃあ、これ義理チョコじゃ無いからって言って渡すとか」
「友チョコと勘違いされそう」
「じゃあ、友チョコでも義理チョコでも無いからっていう?」
「結局本命チョコじゃないそれ!」
「恥ずかしさは減ったと思うんだけどなぁ」
「そうだけど、そうだけどぉ!」
「んーでも本命チョコ渡すの恥ずかしいもんね。もうそれこそ声出しながら渡すのはきつくない?手紙が一番渡しやすい気がするけどな私は」
「渡したその場で開けられて見られたら二度と顔見れる自信ない…」
「渡して家に持って帰られて後で読まれても変わらなくない?むしろ、学校行きたくなくならない?」
「それは…そうだけど」
「本命チョコ渡す時点で諦めるしかないんだよ稜子ちゃん。それとも稜子ちゃんは啓介君が他の人に取られちゃってもいいの?」
「だめっ!」
「ならさぁ、最後くらい勇気を出した方がいいんじゃないかなって私は思うよ」
「っ~~!うぅ、もういっそバレンタインなんて滅んでしまえ…」
とてつもなく小さな声でうめく稜子。
「ちなみに稜子ちゃんはどういう渡し方が一番理想的だと思う?」
「分かってたら聞かないわよ!」
「一応、一応だってば」
「…人目付かないとこでこっそり渡す」
「なら啓介君にラインでも送って、人気のない場所に呼び出したときに渡せばいいんじゃない?啓介君ならきっと来てくれると思うよ」
「それこそ告白に思われそう…」
「告白、しないの?」
「え」
「え?だって本命チョコあげるんでしょ?告白、みたいなものじゃない?それ」
「い、い、言うなぁ!考えないようにしてたのに!」
叫ぶ稜子。
スマホの向こう側で涙目になってないか心配になる声色である。
「ご、ご、ごめんなさい」
「告白はっ!あいつからしてもらう予定なの!というかそれ以外なんか受け付けないからっ!」
「え、えぇ…?確かに憧れではあるかもだけど…ん、んー…成程。あ、じゃ分かった。手作りチョコはどう?」
「えっ」
「ああ、流石にこの時間からじゃ間に合わないかも」
その言葉を聞いた稜子が小さくそれに答える。
「…す、既に作ってるわよ…」
「じゃあもうそれ普通に渡せばよくない?あれ?戻ってる?」
「うー…もう、分かった!覚悟決める!行ってくる!」
ここまでの会話で吹っ切れたらしい稜子がそう叫ぶ。
「え、あ、うん。頑張って。応援してる、から」
「…あとさ、その、一応参考までに聞いておきたいんだけど…渚、過去どれくらい本命渡したり、貰ったことあるの?」
「へ?」
「いや、その、やっぱ気になるじゃない…」
なお渚は本命チョコを渡したことは無い。
一応貰ったこと自体はあるが、厳密には渚の現在の中身の凪であり、渚ではない。
つまりどう答えればいいか分からないのである。
「な、無いよ?」
「え、でもさっきあるって!」
「んんんんんー…話が難しいというか、なんというか…なんていえばいいんだろうなぁ…あるんだけど、無いっていうかぁ…えぇええ?」
「ど、どういうこと?」
「どういうことなんだろうね?」
「私に聞かないでよ…渚のことでしょ?」
「記憶があやふやというか…なんというか…渡した記憶もあるけど他人のことだった気もする…」
「…相手覚えてないとか、そう言う感じ?」
「へ?覚えては、いるよ?」
「え、え?なんで疑問形なのよ」
「…」
どういえばこの場を乗り切れるか分からなくなって口をふさぐ渚。
頭を必死で回すが残念ながらよさげな言い訳は出てこない。
「あ、ごめん。そんな言いたくない感じの記憶だった?」
「うん、ごめんね。話がややこしくて、上手く伝えられ無さそう」
「ご、ごめん!私ばっかヒートアップして余計なこと聞いたっ!ごめん渚!」
「気にしないで!私もうまくちゃんと言えなくてごめんね」
「い、いや謝るのこっちだから。じゃあ、ありがと渚、何とかやってみる!」
「う、うん、頑張って。私応援してるから!」
「じゃあこんな遅くにごめん。切るね。お休み」
「うん、お休み、力になれなくてごめんね」
そう言って電話を切った渚。
思わず深いため息をつく。
「はぁああ…嘘をついてきたしわ寄せがこんなところに来るなんて…でもほんとどういえばいいか分かんなかったんだよね…まさか、男の時に貰ってましたなんて言えるわけないし…言ったところで信じてもらえるとも思えないし…絶対変な子だって思われたよね…はぁあああ…」
1人落ち込む渚であった。




